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PLANT-プラント-  作者: 千羽稲穂
第一章『青春と葛藤と恋愛と…』
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第六話「悲しんで(老婆と真実)」

 少女が目の前で微笑む。黒い髪に金色の眼。きらめく白い肌は暗い森の中で妖し気に、そして淡く鈍く光っている。


 私はこの現実が嘘だと思いたかった。思わず、数回瞬きする。

 すると目の前にいる少女が黒い猫になってちょこんと座っていた。やはり先ほどの少女の姿は幻だったのだと思い込ませて、目の前の猫をじっと見つめた。その瞳は金色に輝き、首には鈴が取り付けられている。


 こんな戦場に運悪く迷い込んでしまったのだろうか。その猫は所在なさげにその場をきょろきょろと見回して、血だまりの中を行ったり来たりを繰り返していた。しかしよく見れば、その黒い毛並みに血の黒さが隠れていた。


 ああ、やっぱり……なんて悲し気にちらりと思ったが、今はそんなことよりもこの猫と言う思い込み、幻想に縋りたかった。


「猫?」


 と呟くとその猫は私の声に反応したのか、近寄って来た。すりすりと私の足元に体を白々しく撫でつけて来る。次に手もとへと体を起こしてきた。だが、すぐに離れてくるくるとその場を回る。その仕草がこの戦場においては何かの暗号だろうかと思わざるえなかった。


「どうしたの?」


 猫に優しく語り掛けた。


 私はこの時今傍にある死体も、血も、香りも全てをないものにしたかった。だから、逃げていたのだと思う。この全てを猫に注視することで、忘れようとした。


 猫はそれに答えるようににゃーと鳴き、背を向けた。その背はついてこいと言っているようだった。実際その姿はとても頼もしく見えた。まるでアキラが先に居て、私を誘っているようにさえ。


 血と汗が滲む額を拭い、私は立ち上がった。足に感じる赤い水滴を払い、猫についていく。

 私にはもう何一つ、そう何一つこの世に未練がなかった。この猫についていって、私が亡くなってしまうのなら、その方が良かった。その方が幾分か楽だった。


 猫に歩みを寄せると、猫の黒い毛並みが靡いた。その靡いた髪はどこかアキラが生きていた時靡いたあの短い髪をほうふつとさせた。


 彼はいつも傍に居た。第一次PLANT殲滅戦、世界戦争後、私の故郷にに帰った時から私を一人にさせまいと、必死になって一緒にいれる仕事を探した。結局見つけて来たのは、魔法関連の仕事だった。私もそれが適職だと思った。


 でもね、私は知ってたんだ。アキラはずっともっとずっと前から子供が好きでたまらなかったことを。だから、駄菓子屋をしようなんて、大きな提案した。これなら二人でできる。子共が出来なかったアキラにも子供と触れ合える機会が増える。


 それは一種の贖罪だった。私に縛り付けてしまう贖罪のつもりだった。でもそんなこと抜きにして、これからのことを話すことは楽しかった。提案した時のアキラの顔はこれまで見たことがない程喜んで笑顔だった。ちょっとだけ、私のことを思って苦笑いだった。


 もっとずっと前、アキラは私を迎えに来てくれたこともあった。


 森の中でぽつんと佇んでいた。あの時、私は弟がどこかにいるかもしれないと散々街を探し回った後だった。木の冠が裂けて、そこから光が舞い降りているところで立ち、その裂け目から、私は空を見ていた。木の間から雨がしとしとと降り注ぎ、私の頬を濡らした。一人、あそこはどんなところだろうかとぼんやりと憧憬を描いた。するとアキラが迎えに来てくれた。


 いつもアキラは傍に居た。


 それまで猫に注視して、茫然と感情をしまい込んでいた。でも、ここで、そこから目に涙が溜まっているのに気付いた。目が重く、瞬きが出来ない。頬がひりひりと痛み、早く早くと何か焦っている。


「アキラ」


 小さくかすかすの声で思わずつぶやいていた。

 ああ、アキラは死んでしまったんだ!


 足を動かすスピードが速くなる。猫は今までと同じスピードで歩くから、私はその度に苛ついた。どうすることもできないのに、苛ついていた。


 死体が並ぶあの場から少しだけ離れたところに、土が盛り上がった場所があった。それはちょうど大きな木の真下で、アキラがよくこの近くの木で居眠りしていた場所だった。


 猫はその土の山の上で円を描いた。


 その土の山は雨が染み込んだように茶色っ毛を帯びていた。周りの草より盛り上がったその様は、その場だけ異質な空間ではないかというような気がした。


「ここ?」


 猫に問いかけると、猫は再びにゃーと鳴いた。

 この猫は私の言ったことを理解しているとは到底思えなかった。きっと普通の猫で、ただその場にかすかに残る魔法の香りに当てられ、この場に移動したのだろうと考えた。


 しかし、これさえも蛇足な考えだった。今では、ただ私は愚かな考えをしていたのだと思えてならない。

 今の私にとってこの猫は普通の猫でなく天使のようで悪魔のような何か異質な場所から来た使い魔だ。


 私は手持ちの魔法石を使い、魔法でスコップを作ろうと頭でスコップの形を描いた。描いたスコップは、私の胸の前に水として現れた。水はふわふわと空中に水の玉として浮かび上がる。その水から、スコップの確かな形に変わる。ある程度の形が出来上がると、スコップはその場に落ちた。


 それを拾い上げ掘り出しす。


 そこまで深くない穴だった。二三堀進めていくと、中の何かに突き当たった。魔法石のかすかな感覚を私は五感で感じた。


 ここまでゆくと、これをしたのは彼だけだと推測した。ある程度個人の主観も入っていた。アキラがいつも居眠りしていた木の近く、そしてさきほど亡くなったショックにより私はそう信じてしまっていたのかもしれない。


 しかたない。


 スコップに当たったが同時に私はそのスコップを放り投げて手で掘り出した。当たったのは軍から支給される安い水色の魔法石の数数だ。丸くなく、四角くない、ごつごつとした形の石。それが土の中に何かを守るように眠っていた。土は黒く湿っていたので、その石は輝いて見えた。石が取り囲むその中央に、幾重にもビニール袋が重なっているいくつかの手記が姿があった。その手記の数冊の題名に書かれた筆跡は間違いなくアキラの字だった。


 そう、推測したことは実際当たっていた。

 此処によくアキラが居たのはこれを守るためだったのだろう。


 土を手で堀ったため、手がぼろぼろだった。土で汚れてもいたし、爪の中に黒い土が挟まっていた。いくつかの爪は欠けている。きっと手記を手に取れば汚れてしまうだろうが、私はそんなことを気にせず、そのビニールから日誌を取り出した。


 アキラが書いたとされる手記の一冊目の一ページ目を見て、確信した。



 これは私宛でない、アキラの手記、そのものだと言うことに。



 ーーこの世界はひどい『虚構』の上に成り立っている。


 そう彼は詩人的に表現し、その後、その手記は続いていた。



 ーー『PLANT』について……



 私はひたすらに読んだ。彼の字を追い、このことについて様々なことを思いめぐらせた。最終的に、受け入れてしまった。アキラが残した思いを、アキラの敵を、私の敵だったものを許してしまった。私はそうすることでしか、彼の意志も、アキラの思いも引き継げなかったから。


 私の恨みはその時消え失せた。

 アキラは死んでいない。この手記に存在する。


 私は大事な手記を抱えて、誓ったのだ。アキラの思いを守ろうと。そのために、私の命を捧げようと。私はどうなっても構わない。だから、この大事な情報と共に生きよう。


「あなたは生きてるねんな。ここに。私が、引き継ぐわ」

 ぎゅっと数冊の手記を力強く抱きしめた。


 その後、私はアキラの遺体を埋めて、仲間の死を報告しに戻り、すぐに戦線を離脱した。

 脱走したの方が適切な言い回しだろうか。


 手記を見つけてくれた猫とともに、第二次PLANT殲滅戦を、仲間たちの戦いを尻目に逃げたのだ。



 □■□



 それからは、戦争はすぐに終わったものの水面下では続いていた。

 私はそれらの何からも全て手を引いた。


 私の故郷の街は今まで通り、ただ発展していったが、他の街ではそうはいかなかった。

 一言で言えば荒れていたのだ。人の生き死にが軽く扱われ、簡単に犯罪は起こる。一人一人の飢えもある。戦争で様々な人が死んでいき、また物資を投入されていったので、その反動が来たのだろう。物資が滞り、裏では手を血で染める稼業もあったと聞く。


 私にはそのどれも、他人事だった。

 私には最悪、駄菓子屋の運営にたる戦争資金のお金と手記があった。手記は政府にとって汚点で利点だった。流出するべきでないものだ。そして、政府にとってとても有用なものだった。流出したら最後、政府自体、いやこの国自体息の根を止めるだろうし、それが手に入れば政府はこれみよがしに使うだろう。だが、その手記がもし流出や消滅をしたらどうだろうか。きっとこの国の政府は焦るだろう。


 私には出来る。それが出来る手記がある。


 国にとって私と言う存在は厄介だっただろう。これがあれば言うなればこの国は戦後のような荒み以上にこの国は荒む。


 正直私はこの国も、私の命もこんな手記を持ってしまったがための秘密の枷も、どうでもよかった。私はただアキラに対してだけ優しくありたかっただけだ。いつも傍にいてくれたお礼に。それほどまでに永遠にアキラのことを愛してしまっていたのだろう。


 その後何人もこの手記を狙い声をかけられた。

 幼い年の子や、同い年の子や、ご年配の方まで。

 それでも心は揺るがなかった。実際の所、私が持っている手記を狙ってきた政府からの人がほとんどだったから。


 そんなやわな女じゃない。あの第一次も第二次も生き抜いた女だ。馬鹿にされたものだと一笑して追い払った。

 そんな男だけではなく、組織事私に関わって来たことがあった。しかしそういった積極的に介入して来ようとする組織があろうと、この手記の存在をそれとなくほのめかすとすぐに手を引いた。


「この手記を焼こう」


 たった一言だけで。

 それが滑稽でならなかった。


 そんな日々が過ぎていく中で、私も自虐的になった時期があった。時期と言うものにも波がある。誰かに八つ当たりしてしまったこともあるし、誰かと誰かの反発に仲介役として間に入ったこともある。


 そうして幾月もあの街の隅でひっそりと暮らしたものだ。あの街でひっそりと子供と関わる駄菓子屋を。たった一日も休まず、私は駄菓子屋で子どもを眺め続けた。どんな子でもすぐに大きくなって、街に留まるか、去ってゆくかして私の前からいなくなる。


 どうしようもなく孤独に支配される中で生き続けた。


『魔法使い』なんて職業や『商人』と言う職業が自然とできていることにも随分後になって知ったほどだ。何年も後の後気がつけば鏡から覗かせる私の顔は老いにより皺が克明に刻まれていた。


 いくつになったっけ?

 あれから何年?


 なんて途方もない数を数えるのも苦労するほどに。

 そんな時だった。


 あれもつい最近の話になるかもしれない。



 白と再会した。

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