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PLANT-プラント-  作者: 千羽稲穂
第一章『青春と葛藤と恋愛と…』
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第五話中編「猫を探して(刑事二人)」

 蔦が絡まった建物があった。

 それは古びた建築物で、大きな木の森の中に、木に並んで建てられていた。草や花が生えているのはもちろんのこと、木の根っこも突き出るこの場にその建物は、無理に主張せず馴染んでいる。もともとそこにあったのかのように木や草に寄り添うように建てられていた。

 その建物には看板が立てかけられていて、『あまごや』とかすれている文字で書かれていた。書かれた文字は薄れて見えづらい。元は青色だった文字の色は今では白色にまで色剥げしている。その上森林の林間から漏れ出る光に照らされて、文字はほとんど見えなくなっていた。


 その建物の看板の横、つまりは屋根に俺は座っている。こうして家屋の上に居ることはよくある。とても心地が良く、日向ぼっこをするには最適な場所だ。掃除をしていないから寝転んだ後服が汚れるのがたまに傷だが、それでも心地よさからやめられない。


 この家の屋根の上と、そして神社の屋根、この二つは特にお気に入りの場所で、一日の大半はこの二所に居ると言っても過言ではない。


 この家、つまりは今俺が居候している家だが、今も昔も、変わらず駄菓子屋をやっている店だ。そこにいる人間も変わらない。大分年をくっている婆さんが経営していて、今はそこに居候していた。そこに一緒に住んでいるのは、俺と婆さんの幼なじみであるシロ。あと二人。どっちも帰って来るなんてことはほとんどない。それが気がかりではあるが。


 そんなことを差し引いてもこの居場所は落ち着く。


「翔」という名前も気に入っているし、居心地が良すぎて、少し前の荒れた光景を忘れてしまいそうになる。


 俺がそうして寝転んでいると、この駄菓子屋に来る人影が二つ見えた。遠くの方から近づいて来る。

 一人は四十代半ばと言った容姿で、背広が似合っていた。もう一人は足取りが初々しく、時々地面から突き出た木の根に躓いていた。スーツやネクタイがまだ着崩されていない。その足取りや、雰囲気から俺はその二人がすぐに刑事だと勘づいた。そういったやからとはよく合うことがあったから、分かるのだ。


 真っ直ぐに此処に向かってくるところを見ると、何か嗅ぎつけて来たのかもしれない。


 馬鹿だな、と頭の中で言葉が紡がれる。


 言葉を作る時、いちいち紡がれないと言葉を声に出せない、話せない。そう思うと、いちいち声を出す言葉が面倒くさく感じる。

 人間って難しい。よくこんな面倒な作業をして話しているものだ。しかもそれを一瞬で出来る。面倒くさいことを、どうやったらそんなに素早く対応させるのだろうか。いや、考えるだけ無駄か。


 刑事二人は俺が居る駄菓子屋まで来て、中に入る。ガタがきている扉は引くとひゅるるるると鳴った。刑事は閉めずに、中へ。


 なんと不躾なやつらだろう。来て早々閉めないとは。

 ここらは影を薄くできない。俺の行動は派手に人の目に写るだろうが、今は刑事二人以外誰もここにはいない。だったら平気だろう。


 俺はそれを閉めるため、一旦屋根の上から地面に降りた。降り立つと、草むらが痛む音が鳴る。その音同様に足が痛んだが、そこまで気にならない痛みだった。


 最近は痛みを感じることが鈍くなってきている。自己回復するとはいえ、この痛みを失ってしまっては化け物じみている。気をつけないと。


「失礼。私共はこういったものです」


 扉を閉めようとすると中の光景と声が自然と入って来た。


 やはり思った通り彼らは刑事だった。示している証はまぎれもなく警察証で、事情聴取する態度がまんま刑事だった。魔法使いに押しやられている行き場のない彼ら刑事が一体何の用だろうか。


 駄菓子屋の店番は、体調がすぐれない婆さんに代わって今日もシロがやっている。そのシロに刑事二人は詰め寄っているのだ。俺の方が良かったかもしれない、と思ったが、そう思うのも、行動するのも遅すぎたようだ。


「その刑事さんが一体何の用で?」


 シロは攻撃的な眼差しで刑事を見つめた。彼女はこういった手合いが苦手だ。根掘り葉掘り他人の秘密を侵すだけ侵して、去っていく。そんな彼らが嫌いだ。今の態度からも、言葉からも、それはもう、うんと伝わってくる。


「ここ最近起こっている、連続殺人事件について何か気づいたことなどありましたら、お尋ねしたいと思いまして……」


 勇ましい声の先輩刑事が、シロに気後れせず尋ねる。その声には闘志が宿っていた。


「何も知りません。そんなことを聞きに来るのなら、帰ってもらえますか? そもそも、その事件はこの街には関係ないわ」


「おっしゃる通りです。ですが、証言を聞くためなら私共は、こういった場所を訪ね回るのも仕事なんでね」


 先輩刑事が不敵に笑っていた。となりの秘書はメモを取っている。この会話に一体どこにメモを取る要素があったのだろうか。たった一言二言交わしただけなのに、後輩刑事のメモ書きが止まらない。


 俺はただぼうっとその光景を見ていた。頭の中では焦燥感がたちこめてそれどころではなかった。俺は屋根の上で寝ている場合ではなかった。早く探さないと。そして見つけないと。


「ほんの些細なことで構わないのです」刑事がそれでも食い下がる。

「此処にはそんな証拠も証言もないわ。お引き取り願っていいかしら?」


 これでもシロは怒りを鎮めている方だ。怒ったら、シロは何をするか分からない。それこそ多くの死者がでるかもしれない。


「そうですか」


 しぶしぶと言った様子で刑事たちは引き下がった。俺は慌てて、ドアの前から二三歩後ろに下がった。メモを取っていた後輩刑事は胸ポケットにメモとペンを入れる。先輩刑事は大きなため息を漏らした。


 刑事たちは駄菓子屋から出ると、俺の姿に気づき頭を下げた。とぼとぼと帰っていく。その後に俺はちょっとだけついていった。駄菓子屋から十分離れたところで、「おい」と声をかける。刑事たちは、なんだとばかりに、ばつの悪い顔で振り向いた。先輩刑事はとても不機嫌そうだ。


「野次馬なら、邪魔なんだが」先輩刑事が後輩刑事に顎をくいっと俺に向けるて指示する。


 後輩刑事はきりっと背筋を伸ばし、こくんと頷いた。その行動ひとつひとつは律儀で、刑事にするにはもったいないと感じてしまう。もっとガラの悪い刑事ではなく、良い職業についたらいいのに。


「えっと……こっちは殺人事件を追うのに必死なんだ。野次馬するんなら公務執行妨害で逮捕することになる。分かったらとっととどっかいってくれ」


 後輩が引き継ぎ、俺に近づいて来る。その手にはメモがあった。俺から何を聞き出そうとしているのか、ペンを取り出し、メモを取り始める。俺の容姿とか、それとも言葉を書こうとしているのだろうか。そんなものに、何の価値なんてないのに。


 言葉なんて、嫌いだ。刃物に変換して、人を傷つけることしかできない言葉を、紡ぐ人間が愚かだ。今も何度も頭で再考して、ようやく文が完成したぐらいだ。


 よし、この言葉なら、大丈夫だ。分かりやすいように言ってやろう。


「あんたら、どうやって駄菓子屋をかぎつけたんだ?」


 静かな風が吹き、刑事のメモ帳の髪を揺らす。ぺらぺらと凪いだ髪と紙を見ていると、こいつが言葉の神のように思えてきた。言葉を瞬間的に紡ぎ、メモをする。風が吹き、後光がさしている。まさに神で今此処に降臨しているようだ。言葉に取りつかれたヒトとはこのこと。全く見習いたいね。


 どうしてこんなに言葉が苦手なのに、作ってしまうのだろうか。そんなことを思うと自嘲気味に少し笑ってしまった。


「あなたは、あの駄菓子屋に住んでいる方ですか?」後輩刑事が尋ねてくる。


 刑事の質問は確認作業をしているようだった。そのメモに本当の所、俺達についての情報は書かれているのではないか。それを確認したって、意味はないだろう。


「あんたら、どこまで知っている。俺の名前や、シロや石田要や……殺人鬼について」


 単語を羅列していくのは楽だ。それでいて、それぞれの反応を見れる。

 後輩刑事は、表情を変えずに俺が羅列した単語をメモしていた。片耳で聞きながらペンをすらすら動かしている。それは、こいつが何も知らないってことを示していた。


「あなたは、あの駄菓子屋に……」同じ文言を続ける気はない。

「いいよ。俺は、注意をしようとしてただけ」


「注意?」先輩刑事がぴくっと肩を震わせる。俺の言い方に何か問題があったのだろうか。もしくわここで『忠告』のほうが適切な言い回しだったのかもしれない。


 こくんと俺はうなずき、ちらりと駄菓子屋へ目をやる。


「あそこをあまり深く探らないほうがいい」やはり、この文言だと忠告のほうがいい。「どうしてもあそこに行きつく選択しかなかったとしても、今すぐにでもその選択を除外したほうがいい」

「そんなに強く言うのは……」


 後輩刑事が詰め寄ってきそうになるのを、先輩刑事が後輩の肩を掴んで後ろに下げた。さっきまで後ろで見ていただけなのに、今はとても怖い雰囲気だ。すごんでしまう。


「注意ありがたく受け取らせてもらう」先輩刑事の鋭い目が光を得ている。「これで確信がいった。あの駄菓子屋に血の香りがする理由が、な。こびりついて離れない、鉄の錆びたような気味の悪い匂い」

「におい?」


 アヤカぐらいしか俺達の匂いは分からないはずなのに、何故こいつはその匂いをかげるのだろうか。


 これは嘘?


 と、そこで先輩刑事の後ろにいた後輩がペンを止めて、

「先輩それは、刑事の勘ですか」


「黙れ」


 先輩刑事に一括されて、後輩刑事は目を伏せ、また再びメモを取る。


「カン」俺は呟き反芻する。この発音や響きが胸にすとんと落ちた。


 勘で動くやつは、何故かとても強い。感覚で動くから、次の行動が読み取れない。ただ、過信し過ぎて、知らないうちに泥沼にはまっているのを気づかない。俺はただ、親切にしているだけなのに、こいつは反対に捉えてしまっている。


「数年前俺の子供を殺したやつを探してる。そいつはまだ捕まってないが、もしかしたらお前かもしれないんだな」先輩刑事は続ける。


 野心に溺れ、復讐心に溺れ、感情に溺れ、そのままに突き進んでいく。その言葉だって俺にけしかけているだけだ。


「お前らの身辺をあらわせてもらう」


 ……


 俺の言葉なんて聞いちゃいない。



 刑事はそう言い残し、そこから足早に去っていった。その背中は燃えているのかと思うほど熱く炎を灯しているように見えた。後輩はその背中を追って、つまずきながらもついていく。その炎の中に飛び込んでいく。どうなったって、こいつはいいのだ。それが仕事なのだから。

 きっとあらった先で、刑事は消されてしまうかもしれないのに。馬鹿だ。人間なのだから、もっと賢く生きてほしい。命は大事なものなのに、そこまで無下にするのはどうかと思う。


 自己嫌悪して命を無下にしてしまう人を見ているような嫌な気持ちになる。何人もそういうやつを見てきた。返って来ない待ち人を待ち続け、ついには亡くなった奴。自己嫌悪を誰かの復讐で埋めていくやつ。誰かになろうと頑張っているやつ。


「忠告したってあの手の人は聞き入れないよ」


 茫然とその場に佇んでいたところ、歩み寄って来たシロが後ろから話しかけてくる。


「店番は任せてあるから大丈夫」


 黒い髪の毛に、黒い瞳。俺の顔を覗き込んだ時に見せる笑顔は、大人びていて品のあるものだった。その顔にぐっとくる。しかし、黒い瞳がどこかあの鳥羽誉に似ていて、心の中をかき乱される。ぷいっと顔を背けてしまう。


「あなたはときどき優しすぎる。あんなやつら、放っといたらいいのに。誰かが死ぬのは、どうせ当たり前なのだから」


 “あなた”と呼ばれて内心どきっとした。最近はそんな呼び名で俺を呼んだことはなかったのに、シロは名前を呼ぶのを徹底していたのに。それほどまでにあの刑事二入に何か思うことがあったのかもしれない。

 そうはいっても、俺は、この“翔”呼びがシロに呼ばれるのが苦手だったから、“あなた”呼びが少しだけ嬉しくはある。俺にとって彼女はお姉ちゃん以外の、何かだから。言葉にすれば……『恩人』?だろうか。


「情報を、もらった、から」俺はとぎれとぎれに、シロに話す。「お礼はするべきだと思って」

「そうだね」

「早く見つけないと」


 命を奪うあの所業が苦手だった。どんなやつだって、どんな場所だって、どんな状況だって、殺してはいけない。奪ってはいけない。それが命と死の間際にいつもっ立っていた俺だから分かるのかもしれない。


「どんなことをしても、見つけるよ」

 俺は決意を胸に刑事二人の去っていった道を眺めた。

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