第五話前編「猫を探して(依頼②)」
むぅちゃんが部室から去っていき、次に来る子を待つ。正直気が重い。あの子にそこまで興味があるわけでもない。しかし、さっきは助けてもらったし、そのお礼もある。
受けなきゃならないよね。でも、内容にもよるし、内容次第では断ってもいいから、待つだけ待ってみよう。
うんうんと頷く。
「何してんだ」
翔がそんな私のことを見て、不審者を見ているように、尋ねてくる。 同じ向きでさっき席座ってたから、今も仕方なく対面じゃなくて隣どうしに座っている。単純に距離が近い。
部室には机が四つに、椅子も四つ。四つ組み合わせて置かれてて、これで部室いっぱいになっている。あたし達の後ろは窓であたしの左側は翔。翔の向こう側に英語辞書とか置いている大きな棚がある。
ちらりと翔のことを伺う。やっぱり、彼は居続けている。そのまま席を動こうとしていない。
「翔こそ」
いつまで居座るんだか。
机に置かれた瓶が夕暮れの日の光で照りかえって、あたしの見ている世界の色を変えていく。
ほしくてたまらない物だから、こんな目の前に置かれちゃ、取ってしまいたくなる。力づくで、しかも魔法ありきで。あたしなら翔に勝てるから。魔法であたしは負けたことないから、しようと思えばできる。
……でも、しないけど。
「俺は此処に居座るつもりで居たんだ」
ぐでっと机に身を投げ出す。また寝るつもりなのかもしれない。
「そんなに居座れば今日のプリント担当に、追いつかれちゃうよ?」
「それはないだろ。こう見えて、逃げることには自信がある」
伊達に何日もの間、あたしと誉の追跡を巻いただけはある。その余裕っぷりが前より増してる気がする。いい気なもんだ。今日のプリント係は違う人だっていうのに。
「今日のプリントは誉じゃないよ」
「なら、大丈夫」
こてんと、机に突っ伏していた頭を落とす。
あの子を応援したくなってきた。本当はあのプリントを渡すのに、名乗り出たことを後悔してほしかったけど、この余裕綽々ぶりを見ていると、何だか腹が立ってくる。あたしの方が強いのに、見下されてるみたい。あたしだって、逃げは上手い。鬼ごっこで捕まったことない。
……ずっと鬼だったから。
「しくじれ」
小声で呟くと、同時に勢いよく部室のドアが開け放たれた。 これが部室のドアを開ける合言葉ですとか、流石にない。もっと静かに入ってほしい。いけない。このごろ口が悪くなっているなあ。
「こんにちは!!」
元気よく入ってきた子は案の定あの子だった。 小麦色の肌に、元気の良い笑顔を表情にも感情にも滲ませて、楽しそうな声音で挨拶をする。どちらかと言えば今は「こんばんは!!」な気がする。
「石田君、これ」
入って来たと同時にこちらに対し、その子はプリントを翳して来る。真っ白いプリントの中にはいくつかの問題が印刷してある。黒文字が数文と、あとは白い余白。これ埋めるのはあたしでもきついかもしれない。
なんだなんだと、嵐がやってきているのに呑気に翔は顔を上げる。その顔から見る見るうちに血の気が失せていく。もともと白い翔の肌だから、他の人には分かんないと思うけど、あたしには分かる。今、確実に翔は焦ってる。
翔はすばやく立ち上がり、後ろの開けっ放しの窓へ体を向ける。
――しかし、あたしは先回りして窓を閉めた。
どうだ、と体を向けていた翔に得意げに笑いかけると、翔が一層焦る。今回はどうにもならないから、翔は目に見えるぐらいに苦笑いを含ませた表情になった。口角がぴくぴくとひきつっている。そんな顔しても、あたし通さないから。
「観念しなさい」
怪盗十八号!
あたしが大好きな昔懐かしい作品名を頭の中で、叫ぶ。翔はこの作品の怪盗みたいによく消える。それは魔法の副作用の作用がそうさせてるのは分かったんだけど、その作用がちょっと似てるんだよね、怪盗十八号が。
□□□
翔は降参したのか、元の席に座り、甘んじて彼女から提示されたプリントを受け取った。 それはもう悔しそうな顔をして、嫌々受け取ったものだから、彼女も気を悪くして向かいの席にふんぞり返っちゃった。ぐいっと顎を引いて、あたし達を見る。偉そうだ。
あたしもしぶしぶ元の席に座り、彼女に向かい合う。
「今日はどういったご用件で?」
変な空気になったところで、彼女から相談を受けない事には始まらない。徐に彼女を観察して見ると、彼女は偉そうになったのを笑ってごまかし、普通の顔つきに戻った。
「えっと、まずうちのこと藤村ちゃんは知ってる?」
「知らない」即答した。
ぐはっと彼女は頭を落とす。
「うち、藤村ちゃんとおなちゅーなのになあ」
「同じ中学って知ってるけど、関わりなかったし、それに同じクラスだったとしても名前なんて忘れるよ?」
「なんか悲しい」 正論を返すと、彼女は、それもそうだね、と頷いてくれた。
「うち、舞薗真夜。藤村ちゃんは中学の時、有名だったから知ってるよ。あの時いろんな相談事受けてたからね」
思い出すだけで嫌なことが多い。せいぜいあたしが魔法使いとして働いたのは中学始めまでなのに、どこから聞きつけたのか部活の勧誘、相談事はひっきりなしに来てた。魔法使いをしていたというどうでもいい称号が呼び寄せてしまっていた。
「で、今回は?」 あたしは急かした。でも、彼女は急かすどころか、ゆっくりと「藤村ちゃんはさ」と続けた。「殺人鬼って知ってる?」
「サツジンキ?」
その響きはどこかそそるものがあった。あたしが殺したい相手ベスト三位以内には入るほどのものだ。
「このごろさ、隣町でそいつが横行してるよね」
なんだ世間話か。
「それ、ぜんぜん相談と関係ないよね」
じっと彼女を見つめるけど、彼女の真剣な表情は変わらなかった。むしろ、さっきふざけて偉いブッていた時より、一層険しい表情をしている。何か不安なのか顔を曇らせて。
「……関係あるんだ」
あたしが察して呟くと、舞薗真夜は深く頷いた。
「うちの猫が、一週間前に逃げて、心配で。それに、殺人鬼、正確には猫と人を殺す殺人鬼なはずなんだけど、そいつが隣町にいるって考えると怖くて。そう思うと探せなくて。
みんなそのうち猫は帰って来るって言ってたけど、心配で、でも危険だから、どうすればいいか分かんなくて……」
えっと……と一泊置きあたしは尋ねる。「舞薗真夜?」もう真夜でいい気がしてる。「真夜は隣町に住んでるの?」
「うん」
「それで、猫が迷子で、でも、どこ行ったか分からない。だから、探してほしい」
「そう、それが相談内容」
あたしは万事屋か。相談事でも、この相談は、まるで探偵に頼むタイプのものだ。これなら、あたしに頼らず、探偵に頼ればいいのに。あたしの知り合いに居るから紹介した方がいいかもしれない。
「それじゃあ……」と断ろうとしたーー
「受けるよ」しかし、翔があたしの言葉遮って相談、言わば依頼を受けてた。「ちょうど俺も探してるやつがいるから」そして小声で呟いた。
「ちょっと勝手に…」あたしが慌てて訂正しようとする。
「本当! いいの? ありがとう!!」
舞薗真夜が感激して声を高くする。あたしの声も届かず、あたしの返事も聞かず、知らないうちに翔はのっそりと起き上がって、机に頬杖ついて彼女のことを見てるし、その顔にはしてやったりって書いてある。
乗せられた。してやられた。
「明日、休みだからアヤカと、部活動として、すぐに探してみる」
翔が矢継ぎ早に次々と会話を進めていく。まるで決まった展開を想定していたかのように。
「でも、明日中に猫が見つからなかったら手を引いてくれ。それなりに危険だから」
いつも以上に腰を据えて話す翔は珍しい。眠そうにしてない。
これは、もう仕方ない。
「あー分かりましたよ。やりますよ。やるやる」
「ありがとう藤村ちゃん」
真夜はやったーと喜び満面の笑みを見せている。そこであたしは真夜に指さした。
「ノー藤村ちゃん。絢香でいいよ」
こくんと真夜は頷く。
「絢ちゃん、石田君ありがとう」
仕方ない仕方ない。本当は殺人鬼の方が気になっているとは言えない。会えたらいいなあ。殺人鬼。 会ったら、あたし魔法をふんだんに使って捕らえるんだ。そうしたら、殺人鬼は魔法で返してきて、それは容赦のない攻撃で……そうなったら最高だ。
今から楽しみ…とか思っちゃだめだね。殺人鬼なんて会えるはずないし、そもそも今警察が動いているから既に殺人鬼が捕まるのも時間の問題だし、隣町なんて都会で、でかいから会う確率なんて低いに決まっている。
そうだよね。この期待が空振りしたら、期待も地に落ちるし、あんまり期待しないでおこう。




