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PLANT-プラント-  作者: 千羽稲穂
第一章『青春と葛藤と恋愛と…』
34/67

第五話前編「猫を探して(いつもの始まり)」

 聞きなれたチャイムが鳴った。


 ノートには何やら分からない文字の数々。あたしの文字なのに、何を書いているんだか分からない。黒板の文字を板書してたはずなんだけど、途中から眠たくなって、気づいたら、こんなありさまに。ミミズみたいな文字がのたうちまわっている。文字ってこんなんだっけ? とはてなマークを頭に浮かべるほどの出来になってしまっていた。


「絢ちゃーん?」


 終わったと同時にやって来るのは、盾倉矛月たてくらむつき、あたしはむぅちゃんって呼んでいる子。ぐったりとしたあたしは、ノートを前にして俯く。


「死ぬ~」とりあえず唸った。

「死なないで~」


 むぅちゃんは優しいからのってくれる。


「死にたい~」

「だから、死んじゃダメだって」えへへと笑った。


「だいたい、さ」がばっとあたしは起き上がって、ノートを見せつける。「いらないでしょ! 歴史なんて! 将来使わないって。あたしには必要ない!!」


「そうでもないですよ」


 割って入って来たのは黒木翠くろきすい。その青い目がきらりとあたしの疑問を射抜く。黒く長い滴る髪は品があり、お嬢様みたい。その話し方もお嬢様じみてるのが、気に障る。

 同じ学年なんだから、もっと気楽に話したらいいのに。あたしが何度注意してもそんなんなんだから。


「例えば、第二次PLANT殲滅戦は仕事に就くにあたって、試験として出されますし、今でも色濃く戦争の影響がみられる企業もあります。大昔のこの“平成”と言う時代は、今と似ています。この歴史から、これから魔法と言う文明がどう発展していくかなど……」


「どうでもいいや~~~」


 あたしにはすぅちゃんが何言っているのか分からないや。だいたいそんな大昔と今と比べて何がしたいんだか。知っても意味ないでしょ。楽しくもない。

 むぅちゃんもすぅちゃんの発言には苦笑いしてる。ぜんぜん覚えてないからかな? それならあたしと仲間だ。ちょっと親近感持つ。高校最初のテストはむぅちゃんと良い勝負するんじゃないかな、なんて思っちゃう。


「確かに、私も空白の時代から先しかいらないって思っちゃうなあ。それより前なんてえっと…」むぅちゃんが頭の中で思い浮かべる。

「平成」とすぅちゃんが補った。

「そう“平成”とかさ、その次の雅号とか面倒くさくて覚えてられないや。文化とか意味わかんないよね。本とか多すぎだよね。一つに絞れって思うよね」

「ちなみに、空白の時代とは“世界亜紀”のことですね」


 すぅちゃんが有能過ぎだ。何でそんなぽんぽん歴史の名前が出るんだか。暗記強すぎ。すぅちゃんには絶対次のテスト見せない。『ふっ、こんなことも出来ないのですか?』とか嘲笑される光景が目に浮かぶ。あぁ、ヤダ、ヤダ。


「勉強なんて大っ嫌いだあああ」

「嘆いても来月にはテスト来るよ?」


 むぅちゃんがあたしの顔を伺う。その『どうしたの?』とでも言いたそうな顔にぐっとくる。顔は至って美人でもなく普通の女の子なのに、むぅちゃんのこういう仕草ひとつひとつ可愛い。

 見た目だけならハーフが入り混じった顔つきのすぅちゃんの方がモテそうなんだけど、敷居が高のか、すぅちゃんにはまだ告白の一つすら来てない。そろそろ来る頃だとは見込んでる。


「ていっ」と分かっていることを言われて、内心ボロボロなのでむぅちゃんのお腹をつつく。


「ひゃあっ」


 むぅちゃんの学校指定の制服のスカートの下から、尻尾が覗く。黒い毛並みの尻尾がちょろっと出てきて、お尻をむぅちゃんは抑える。恥ずかしさに耳を真っ赤にさせた。


「もう、絢ちゃん!」怒った表情を見せるんだけど、あたしは得意げに、にやにや笑う。

「いけませんよ」すぅちゃんには本気で怒られるけど、知らんぷり。


 まあ、こんなことあたし達の仲だから許されてるみたいなところあるからね。獣交じりを無理にださせるなんて、本当は避けることだから。

 すぐにむぅちゃんはブレザーのポケットに入っている魔法石をホワイトブルーに光らせて獣の黒い尻尾を引っ込めた。


「もったいない。だんだんと白くなるところとか、可愛いのに」

「可愛くないよ」むぅちゃんは苦笑いして見せた。


 あたしがこんなことするのが嫌なら、怒ったらいいのに。いつもこんな感じ。周りは怒るのに、ね。これがむぅちゃんなんだろうけど、何かいつもの感情を狂わせられた気がして、あたしの感情もはぐらかせられちゃう。いいのかな? こんな感じで。むぅちゃんは、いいのかな?


「ノート、私が見せますよ。勉強も分からなければ、付き合います」


 机に放り投げられた、ノートをすぅちゃんが拾い上げ、中身を拝見する。すると、無表情なんだけど、引いている感情が滲み出る。むぅちゃんは、いつもの無表情な顔しか読み取れないらしく、すぅちゃんに「どう?」って尋ねてみていた。

 あたしにとってすぅちゃんは無表情な子ではない。いつも喜怒哀楽様々な感情が滲み出ている。もしかしてあたしだけにしか分からないのかも?


「とにかく」こほんっと咳を一つつき、あたしにノートを返してきた。

「翠ちゃん、どうだった?」むぅちゃんが横入りしてくる。

「そんなことはいいんですよ」

「えー」


 不満らしくむぅちゃんは、口を歪ませる。いやいや、むぅちゃんそこは察してよ。あたしのあのノートだよ? 毎回の授業をうつらうつら聞いてるの見てるでしょ。


「放課後にノートを貸しますよ」無表情を破り、すぅちゃんはにっこりと微笑んだ。

「ありがとーございまーす」


 抱きしめたい勢いだけど、今はお預け。全部は後で。

 今日の放課後、と言ったら、またあの大きな木の下ってことだよね。

 あそこはすっかり放課後の憩いの場所になっている。そろそろ雨が降る季節になるんだけど、あそこの下なら雨風しのげるし、それに涼しい。良い場所だ。元々両親や姉弟の目がある家にあたしは帰りたくなくって、中学の頃は靖神社で時間を過ごしてた。それをあの場所に移して、むぅちゃんやすぅちゃんが居て、前よりずっと、もっと良い時間を過ごせてる。


「そろそろ授業始まるね」

 むぅちゃんが教室の時計を確認した。


 うん、そろそろだね。


 チャイムが鳴る前なのに、先生の姿はない。そして石田翔の姿も見えない。次の時間割を確認するためにごそごそと引き出しを漁る。


 なんだっけ?


「次は総合の時間ですよ」漁ってるのを見計らってすぅちゃんがまたサポート。グッジョブ。

「今日は、魔法かなぁ」むぅちゃんは嫌そうに言う。


 総合の時間は携帯の使い方とか、パソコンとか、電子機器の使い方、それにたばこの害悪性とか、当たり前のことを教えてくるの萎えるよね。

 むぅちゃんは魔法自体が嫌そうだし、授業が苦痛だろう。あたしが会ったほとんどの獣交じりは魔法に対してはこういった反応をする。獣交じりの人ってみんな魔法嫌いなのかもしれない。


「魔法だったら、いいなあ」


 あたしは反対に少しでも魔法に関われるならいいなって思っちゃう。だって、好きだからね。この力。


「絢ちゃんは使いすぎ。携帯も魔法も学校内では使うの禁止だからね」とむぅちゃん。

「そうですよ」とすぅちゃん。


 お二人とも手厳しい。ゼンソクや獣交じりみたいな一部を除き魔法は使用禁止、なのは分かっているんだけどね、使いたくなるのさ。


「禁止されるとつい使いたくなるんだよね」頭を掻く。


 総合の時間なら、やっぱり石田翔はサボりかな。魔法の時間になると翔はよくサボる。病弱とかそんなんじゃなくって、どこかあいつもむぅちゃんと同じく魔法を避けてる気がする。この間あたしの魔法で吐いたことと言い、魔法に対して良い相性じゃないのかもしれない。それでも、サボるなんて許せないけど。


「私は席に戻りますね、ではまた」


 楽しそうな雰囲気を漂わせて、すぅちゃんはあたしから背を向けた。まだ席替えしてないから、あたしの席からすぅちゃんの席は遠い。


「わ、わたしも!」

 むぅちゃんも帰ろう…としたが……

「あ、絢ちゃん、えっと…」

 すぐに向き直る。言いたいことを言えない状態って見てるとすこぉしだけイラッとくる。でもそんなことでいらいらとかしてたら、あたしの心がもたない。そして、喉も。ついつい、苛ついたら声でかくなって、声が枯れるのあたしの欠点だ。

 じっとむぅちゃんを見つめて、待つ。


「絢ちゃんって、魔法石とか……詳しいよね」


 これでもあたし元プロだから、詳しいのは当たり前なんだ。そんなこと口が裂けても言えない。商人とつるんで更に詳しくなったとか、こっちは言えそう。


「うん」元気よく答えた。


「じゃ、じゃあ、ちょっとだけ、後で相談乗ってくれない?」


「相談?」


 魔法石関係の相談とか受けたことないから、よく分からない。そんな相談あるとも思えない。あたしに相談するとしたら、何か悪い事でもしてるのかな? それはそれであたしの手に負え…な、い…負えるね。あたしが魔法使いになる! と交換条件出したら、きっと黒木支部長裏に手回ししてくれる。


「そんな大したことじゃないんだけど」


 そこで、チャイムが鳴る。先生も登場して、教壇に上がる。あたしは、ついそっちに目が移ってしまって、すぐにむぅちゃんの方へ向き直った。


「えっと、じゃあ、後で」


 くるっと一回転して、むぅちゃんは自分の席へ着く。

 一体何なんだろうか。面白いことだったらいいなぁ。



 □□□



 授業中に後ろからとんとんと小突かれる。


 総合は案の定魔法のことの講義をしていた。私の知っている、魔法の種類の講義で、正直退屈していた。

 渡されたプリントには“創造”、“破壊”、“修復”の三つが魔法の種類として上げられている。実はこれにはまだ一つ欠けている。


 にやにやと退屈を合わせてプリントを眺めていると、後ろからとんとん。それから振り返ってみる前に、後ろからにゅっと日焼けした手が伸びて来た。その手に掴まれた手紙にはあたしの名前。これは俗にいう、手紙が回しだな。なんて。


 受け取る。


 この名前、あたしは知ってる。中学が一緒だった子だ。と、言ってもクラスは一緒になったことはない。

 あたしは中学校始めにはまだ魔法使いをしていたから、中学ではそんな風に色眼鏡で見られることが大半だった。それにつられて魔法の相談とかされたり、「好きです」なんて魔法使いってだけで、告白して来た奴も居たりした。


 この手紙はその一つ。


 思えば、中学校の時は親とか回りとか本当鬱陶しくて、夜になるギリギリまで神社に居た。あそこ周辺の神社仏閣を探検して、得意げに魔法を使って、飛んだり跳ねたり、新たな魔法を編み出したり、ぜんぜん学生っぽいことをしたことがない。


 手紙は新鮮だ。この一通の手紙だけで青春の香りが漂っている。


 白いノートの切れ端には“藤村”と言うあたしの苗字があった。


『放課後、相談に乗ってくれない?』

 中身はそんなありきたりな事。ちょっとげんなりした。これで、『この授業退屈じゃない?』とかくだらないことだったらより良かったのに。期待したあたしが馬鹿だった。やっぱり、中学の時と同じような手紙の内容だ。


 またかあ、と呆れるんだけど、もう既にむぅちゃんの相談も乗っていることを思い出して、どうしたものかと考える。

 相談ってどんなことだろう。「これってプラント!?」とか、不安に駆られたものならいいんだ。魔法とはぜんぜん関係ない「魔法使いなら、これぐらい出来るだろ?」とか雑用押し付けるのは勘弁してほしい。


 うん、やっぱり断ろう。あたしはそんなことにつき合わせられるのは嫌だ。面倒事が増えて言って、また中学校の時みたく居場所をなくしてしまうのは嫌だ。


 回って来たノートの切れ端の裏に『今日は部活だから無理』と言い訳書いて返す。嘘っぱちなんだけどね。むぅちゃんの相談は受けて何でこの子の相談は受けないのかって、言われるといろいろ後に響くから。


 部活なんて行かなくても行っても関係ない部活だから、断るにはちょうどいい材料だ。

 後ろに手紙を返した瞬間、またとんとんとされ、後ろから手紙を渡される。


『じゃあ、部室まで行くね』


 これは新たな展開に発展してしまった。あたしの部活まで知ってるとか怖すぎでしょ。どうしよ。受けたくないなんて言えないし、むぅちゃんの相談も乗らなきゃならないし、部室行くとか今日は考えてないのに、後に引けなくなった。もうここは、部室に行って、むぅちゃんの相談も、この子の相談も受けるしかない。


 すぅちゃんには申し訳ない。今日はあの場所には行けなさそう。


『分かった』

 簡単に書いて回す。



「藤村」



 途端に先生があたしの名前を呼ぶ。

 驚いて、立ち上がっちゃった。クラスメイト全員の目があたしに集中する。突き刺さるようなこの注目に恥ずかしくなる。あたし、何かしたみたい。実際してたけど、それが知られるなんて恥ずかしいじゃない。


「立たなくて大丈夫だ、藤村。プリントの箇所を読んでほしいだけだ」


 焦ったぁ。

 すっと座る。あとは、箇所を読むだけ。


「あっ……」


 どこだろう?

 額から冷汗が噴き出す。


 ここで答えられないなら、この教室にいるクラスメイト全員からあたしは寝ていたことになってしまう。既に先生が訝し気にあたしの反応を伺っている。まもなくあたしに睡眠魔の調印を押される。どうしたものか。この状況は相談受けて、良いように扱われるよりも屈辱的だ。



 その時――



「一番下の段落、『魔法は未知な部分があり……』からだよ」


 小声で後ろの子があたしに告げ口してきた。

 後ろに目だけ動かすと、日焼けした細い目の女の子がにこやかに笑顔を浮かべていた。ショートカットの短い髪の毛はその活発な雰囲気に似合っていた。


「魔法は未知な部分があり、これ以外にも、種類がある、と、されている。未だに、その、分別は、されておらず、我が国、日本で、は、これを“特殊”としている」

 つっかえ、つっかえだったがなんとか言い終えた。


「そうだ。日本では魔法使いはだいたいこの特殊型を……」


 読み終わった後、はぁとため息をついた。


 助かった。


 後ろを振り返ると人懐っこい笑みを含ませた子があたしに親指を立てていた。


 中学時代、運動部だったの子かな。あたしを知っているのなら、それ経由ってこともあるかもしれない。高校になって流石になかったけど、あの頃はいろんな部活から応援を頼まれてたから、運動部の間で知らないうちになかなかの有名になっていたものだ。噂が出回って知ったことだけどね。

 あたし、魔法がなくてもそこそこ運動は出来る方だから。でも、そこにどんな子がいたかとは覚えてない。


「また、あとでね」


 ボーイッシュなその子にきゅんとくる。女の子ってやっぱりかわいいよね。どんな子でも、汗臭くても清々しさが漂ってる。


「う、ん」


 小声で答えるけど、何とも言えない気持ちになった。


 こんなにかわいい子に頼られるなんて、断るに断れない。しかも、もうオッケー出してる。これからどうするか、とか考えたら、やっぱりこの子の相談受けるしかなさそうだった。聞くだけ聞いてぽいっは、さっき助けてくれたのにあんまりだ。


「来週の総合の時間は実習だ。魔法を使うから、体操服持ってくるように」


 へこへこと気弱そうな男性教諭が弱弱しく告げる。

 知らない間にこんなに時間経ってたんだ。もう終わりに差し掛かってる。先生も、終わりたそうにしてたから、すごすごと、片付けに入ってる。まだチャイムは鳴ってないけど。


「あっ、誰か石田にこのプリント渡してくれ」


 先生がプリントを見せる。こうして先生が見せたのは初めてだが、これまでどうしてきたのかは知ってる。そのプリントはあらぬ人に行き渡り、未だに渡されていない。これで四枚目だね。



「はーい。うち、うち、うちが渡す、します!」



 そこで手を上げたのは後ろの女の子だった。勢いよく立ち上がると、プリントをもぎ取りに行く。ちゃきっと、しっかりと、サバサバしてる。


 まずあの石田翔に立ち向かおうとしている意気込みに拍手を送りたい。彼女はきっとこれから何週間も石田を追うんだろう。あたしも不可能だったその追跡を彼女に出来るとは思えないけど。


 先生があの女の子にプリントを渡している時、とことことむぅちゃんが近づいて来た。まだ放課後じゃないのだけど、お早いご相談だ。


「絢ちゃん」

 早く相談したいみたいだけど、ここは一旦引かなきゃ。

「ごめん、むぅちゃんーー」

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