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PLANT-プラント-  作者: 千羽稲穂
第一章『青春と葛藤と恋愛と…』
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第四話「狂気と葛藤して(部活動はだらだらしてたい。)」

 魔法使いを辞める時、お父さんとお母さんは凄く凄く険しい顔つきであたしを止めた。それはあたしがまだ辞めたくないことを知っていたのかもしれない。でも、お父さんの見せるあの顔はどっちかって言うと魔法職に縋ったものだった。身内から魔法使いが出るのはそれほど誇らしいことだし、誰にも出来ない職業だったから。それがどんなに危険なものでも、あたしなら安心して送り出せたんだと思う。


 それなのに、あたしは全てを裏切った。


 そんなお父さんを説得してくれたのはお母さん。お母さんはあたしのしたいようにやれと、そう思っているのか言いだした時何も言わず力強く見つめているだけだった。裏でお父さんと話し合っていたのだろうか、最初は頑なに「いかん」とか「ダメだ」とか言ってたお父さんは私のわがままに折れてくれた。


 お父さんはお母さんの押しに弱いからなあ。


 そんなこんなで今は普通に高校に通っている。魔法を人並み以上に使えることは秘密にしてはいる。誰にもあたしが魔法使いだってことも知られたくないから。あたしにとって魔法使いであったことは、汚点みたいなものだから。ただ知っちゃってる人も居るわけだけど、それはそれとして。






 四月も後半になりそろそろ部活に入らなきゃなあ、と考えていた時体育館で部活紹介された。その時前にその部活の人が出て来るんだけど、ある小さな部活が出てこない。確かにその部活は高校のしおりの背表紙に名前が載っているのに。だからもしかしたらこの部活には人が集まりづらいかも。それは穴場を意味してるんじゃないかなって気づいた。


 あたしは自身の力を気づかれたくない。それに部活はだらだらしていたいって思いがあった。


 中学の時はだらだら部活するどころか逆に「藤村さんって魔法使いなの?」みたいな連中が付きまとって部活どころじゃなかった。



 この部活はもうけものだなと思い、とりあえずその放課後その部活のドアを開けた。


 窓が開いてる。そよそよと白い薄い布地のカーテンが揺れていた。続いて香って来るのは、魔法石とプラントの甘く腐った匂いだ。全部混ぜ合わせたミックスジュース。鼻につくし匂っていて好い気はしない。窓の傍に立つのは青白い顔のほそーい体の男。線の細い体は魔法使いだったあたしにとっては好みのタイプに入らない体形だ。


 こんな男達が魔法使いになっては去っていった。去っていかなかった者は今じゃ墓の下だ。


 部室にはそいつ以外誰も居ない。ホワイトボードが備え付けてあったり、本棚が形だけ置いてあったりする。中には英語の辞書と国語辞典そして英書が並べられている。そんなに大きくない部室だった。中央に教室と同じ机が四個くっつけてある。椅子も四つ。それで部室はぎゅうぎゅうになっている。


 本当はあたしという部員一人で部室を占領しようと思ってたんだけどなあ。ESS部にまさか、もう一人入部希望者がいるとは。


「石田?」


 窓の傍でぼんやりと椅子に座っていた石田翔に話しかけてみた。


「うん?」石田は何が何かも分からずとりあえず頷いていた。


「石田~」


 今度ももうちょっと強く言ってみた。


「ああ」薄ぼんやりとした瞳でゆっくりとした瞬きを繰り返している。


 それでも反応がないので

「石田翔」半ば叫び気味に名を呼んだ。




「アヤカ?」




 え?


 石田がいきなり名前を呼ぶもんだから、ドギマギする。目が高速で瞬きする。


「冗談だ」


 その言葉で、あたしは翔に再び焦点を戻した。翔はゆっくりと部室中央の椅子に腰かけた。椅子に軽くもたれ掛かったその背中は曲がっている。彼もまた、あたしを見ていた。


 不思議な奴。で、気持ち悪い奴。


 あたしのことを覗いてるみたい。黒木さんや、皐月ちゃんと一緒だ。あたしの知らないことを知ってるみたいで心が抉られる感覚がする。


 翔がじっと見つめ返してくる。その視線が背中に冷汗をかかせる。

 今度はどんなことを言う気だろうかって。


「知り合いがさ、友達を作るためには下の名前で呼べって、言ってたんだ」


 それって、完璧騙されてんじゃん。


「また冗談だったんだなあ」


 石田もあたしの反応から悟ったんだね。うん、絶対冗談だよ。


 でも、下の名前で呼ばれるのは嫌いじゃない。苗字だとどこかよそよそしい。あたしは敬語やら、尊敬やら、上下関係があんまり好きじゃないから、あだ名とか気軽に呼ばれるほうがいい。


 だったら、お返しだ。



「翔」



 にんまりと笑い、石田の反応を見る。徐々に翔の顔は強張る。


 どうだ、驚いたか?


「どう反応したらいいか分からない」


 翔は強張った後でコテンと頭を前に小さく倒した。


「何なの、それ。もっと『えっ!?』とかないの?」

「俺、そう言うの疎いからな」

「疎すぎでしょ」


「何で絢香は此処に?」


 突っ込み疲れて返す言葉もない。もうこのノリについていくのは諦めよう。


 部室に入って、後ろ手にドアを閉める。手前にあった椅子を引き、そこに座った。自然と翔と対面して座ることになった。床に鞄を置き、机に頬杖をついた。


「此処、何の部活か分かってる?」

 逆に質問してみるけど、翔の顔はいまいち動かない。


 ああ、もう。


「あたしも、ESS部に入ろうと思ってきたの」


「なるほど」


 薄い。猫の時はあんなに笑ってたのに、何でこんなに薄いの? 逆に何が翔にとって興味があるものなのか気になる。これを見てると誉が「翔は一体何者なんだ」って言ってた意味が少しだけ分かる。翔には影がないんだ。黒木さんとか皐月ちゃんみたいに何かを隠してる素振りはあるのにそれとは全く異なってる。そう、こいつにはキャラの濃さがないんだ。気取ってるわけでもない、出ない。消してる。奇妙過ぎて怖い背景が滲み出てる。


 人の詮索はしたくない。あたしもされたくないから。

 今はこいつが此処に居るだけって思ってればいいか。


「翔も入るの?」


「ああ、らくそうだったからな」


 翔は何を求めて部活に入部したいいんだろって思うほどあっけらかんな回答を返して来る。


「てか、それなら帰宅部にしたらいいのに」


 あたしが笑い交じりに言うと、翔は「それは、それだ」とぼかしてきた。

 こいつもこいつなりに考えがあるようで、ちょっとだけ生意気に思えた。


 また誰かから、指図されたからって言えば笑ってあげたのに。


「アヤカは?」


 翔が痛いところをついて来た。


「あたしもいいじゃん。勝手にご解釈くださいー」


 ちょっとだけ突っぱねたら、翔も苦笑い、あたしもにやにや嫌みな笑いを返す。


 なんだか、こいつとはやりやすい。誉ならそうはいかない。会話をスムーズに展開していく。居心地がいいって奴かな。でも、恋とかそんなんはないけどね。


「何か悩んでる顔つきだな」


 途端にずどんとした会話に翔は持ち込んできた。しかも唐突に。


 入部届見せあうのがそこは筋じゃない? 何で、ここで私の顔から分かんの。こいつは妙なところで勘が良い。何か知り過ぎってのもあるけど。


「何で、そう思うの?」あたしは尋ねると、翔は不思議と前のめりになった。


 細い体が大きく映る。近いのが気になってしまって、あたしは後ろに下がってしまった。


「顔にそう書いてある?から」


 疑問符を浮かべながら、ゆっくりと翔は返してきた。


「えっ!?嘘。顔に出てる?」


 わざとらしくテンション高めに返す。


 どうだ、これがさっきしてほしかった反応だ。けなしてさっきの発言を無くすのも絶好のタイミングだ。あたし、やるー、とか心の内でにやりと笑う。


「まあ、俺はいいが」


「って、突っ込んでよ」


 何で本気のテンションで返しているの。そこは突っ込むところでしょ。


「オレ、ウトイカラナー」


 そんな棒読みで言うな。


「ワザトデショ」


 そこですかさず、ESS部の入部届を鞄から出す。机に叩きつけた。こいつが居ても居なくても、入るのは変わらない。いや、翔なら、来ない可能性もあるかも。ほれほれと見せてやることで、あたしを嫌がって、来ない……かも?


 翔が当たり前のように、続いて机の上に静かに入部届を置く。


 そんな訳なかった。


「鳥羽もそうだったけど、顔に出やすいタイプが悩むと周りに迷惑かけるから注意しとけって言われたんで、言っただけだ」

 翔がさっきの答えを出した。


「それ、誰が言ったの」


「知り合い?」


「その知り合いさんに、今度言っといて」


「……何て」


「あたしは迷惑をかけない」かけるのは誉だけだ。


 翔がこくんと頷く。そして腕を組み何かを考え、暫くすると徐に口を開けた。


「知り合いと言うか、身内の場合はどうすれば」


 ぴんと頭に引っかかった。その身内さんてもしかして。あの人じゃないかな。いや、まさかとは思うけど。


「もしかして」と言いかけた。


 でも、そこで強烈な匂いがあたしの鼻に襲ってきた。甘ったるい匂いだ。発生したその時に、どの方向からその香りが漂うか。どんな姿なのか鮮明に浮かんでくる。


 この反応は魔法石を触った以前よりあった。魔法石を触ってからと言うものだんだんと鋭敏になってきている。小さい頃はぜんぜん遠くじゃ姿形までは分からなかったのに、今では香ってきた途端に勝手に姿形が頭に浮かんでくる。


 あたしはもう魔法使いじゃないし、関係ないのに。


 翔が頭を傾げる。あたしの止まってしまった、行動に待ってくれてる。なんだかんだ優しいのやめてほしい。鈍っちゃうじゃん。優しいのに浸っちゃう。


「何でもないし」


 唇を突き出して翔を一蹴する。こいつに気を使われるのが気持ち悪い。らしくないことしないで。


「何でもないわけないだろ」翔の目が射てくる。「何か、香ったか」


「何で分かるの」


 反応悪く翔が「何でか?」と聞き返してきた。


「ああ、いいって答えなくていいから」不器用な彼に分かるように言い切ってあげた。


 あたしのこと知っててもおかしくはない。あたしってば、なんでか超有名だし。


 翔はそうなの?とでも言いたそうな顔で見つめてくる。その瞳は澄み切っていた。こんな目で見られると、何か思い出す。大切だった何かがそこにある気がする。ちょっと笑ってしまった。そんなものあるわけない。あたしの気のせいだ。いろいろ考え過ぎだ。あたしらしくない。


 あははって声に出して笑って、翔をぼんやりと目を向ける。


「これ、顧問の渡しといてくれる?」


 机の上に置いておいた入部届を翔へ向けて突き出す。にやりと笑いかけると、翔はうんと頷いた。けど受け取らない。


「プラントのところに行くんなら、俺も行く」


 入部届けを差し出して来る。一緒に入部する、一緒に退治しに行く、と付け足された。

 そんな細腕で何ができるんだろう。来たって邪魔になるだけなのに、何で構ってくるのだろうか。下手したら死ぬのに。


「翔は何か知ってるの?」


 聞かずにはいれなかった。

 あたしに気があるわけ素振りを見せない。それなのに、翔は関わって来る。部活は偶然だったけど今回は違うでしょ。


「知ってたら、お前はどうすんだ」


 がたっと音を立てながら、立ち上がる。自分の入部届を掴もうとしただけなのに、机を叩いていた。ぐしゃっと紙を握る。


「どうもしない」

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