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PLANT-プラント-  作者: 千羽稲穂
第一章『青春と葛藤と恋愛と…』
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第四話「狂気と葛藤して(彼女は何者?)」

 倒れてる。


 いやいや、あたしじゃないよ。あたしはお腹空いてないし、倒れるにしても、場所を選ぶし、場所選ぶって……なんだそれ。でも、生まれてこの方倒したことはあっても、倒れたことはないから。


 倒れてるのは女性。ひょろひょろの体に所々黒く汚れた白Tシャツに灰色の長いパーカーを羽織っている。もう一歩も動けませんと言うように街の道端で俯せになってた。袖から出ている白い肌には血の気がない。手首には黒いリストバンドがしてあった。しかも両腕。


 今から隣町まで帰ろうとして、改札口を目の前にして、血の匂いがしたから振り返ってみると、この女の人がひゅ~ばたんって倒れるところだった。黒い染みが浮かぶTシャツからか、少しだけ匂うからか、駅に行きかう人は彼女を知らんぷりして駅の改札口に入っていった。しかも、元から行きかう人が少ないからか、駅員さんも気づかない始末。


 どうしましょ。


 あたしは改札に飲み込まれるのをやめ、ちょっとだけ女性に寄ってみた。


 鼻がぴくぴくと動く。あたしも匂いを感じ取る。この鼻ぴくぴくはあたしの癖だ。こう言う意味ありげな匂いがすると察知したかのように動く。つまりは、プラントとか、石田翔みたいな変な匂いに対応しているって訳だ。


 この人もそうなら、意味ありだ。


 周りを見て、あたしがこの倒れた女性に近づいていることを気にしていないかキョロキョロと観察してみる。どうやら、みんな無関心なようだ。

 もっとこの女性の意味ありげな匂いを嗅いで、その正体を探ろうと近づく。もうちょっと、何か掴めそう。


 くんくん。


 この女性も石田翔同様に懐かしい匂いがする。でも、あいつよりかはもっと身近な匂いだ。同類とでも言うべきか。


 もうっちょっと、足を引きずるように近づく。


 くんくん。

 おや、この匂いは…



 刹那、ガシっとあたしの右足首を掴まれた。


 おや…?っと恐る恐る目線を下に移すと、倒れた女性の右手があたしの足首を掴んでいた。足を動かそうとするが、力強く握られていて動けない。白い手があたしの足をまるで地獄の底の亡者のように掴んで離さなかった。


「PLANT対策支部まで、連れてって」


 今度の亡者は声まであげて請うた。


 恐ろしや~。恐ろしや~。


 あんなとこ、あたしが行くわけないじゃん!!嫌だし!なんて言うのは流石に狂ったあたしでも、出来ない。と、言うか、足を掴んで離さないのを見ると、連れていくまで離さない気だ。こんなところで魔法を使って、この女性に蹴りを一つ入れて逃げ去るなんてことも出来る。いやいやいや、流石にそれもちょっと。魔法をこんな場所で使うとか、あり得ないから。


「分かった。支部まであんたを連れてけばいいんだよね」


 白い手の亡者は何も返してこない。はいって受け取っていいんだろうね。そうと決まれば、こんなひょろい体を担ぐなんてお手の物だ。誉でさえ担げたんだから、こんな細い体を背負うなんてちょちょいのちょいだ。


 まずはしゃがむ。足首に絡まる白い手を取り、引きはがしてから手荒だけど、そのまま肩に手を掛けた。それだけでも、女性の腕は折れそうに思えた。細すぎて、力を加減しないと木の板みたいに折ってしましそうだった。肩に掛けると、もう一本の腕も肩に掛かる。女性が気を回した。そして、一気におぶり、立ち上がるとその体重のなさに驚き、バランスの重心を見失った。すぐに、体重を意識し、なんとかその場に留まれた。にしても、軽い。


「大丈夫?」


 女性が背負われた後ろから心配して声をかけてきた。そんな、大丈夫なんて言葉さえいらないぐらいだ。


「はいっ! めちゃくちゃ軽いです」


 元気よく返してしまった。


 あっと匂いが近くなって気づいた。この匂い、血の鉄臭い匂いとプラント特有の甘い匂いだ。つまりこの人はこんな成りをして、一端の魔法使いなんだろう。



 街で倒れる魔法使いなんて聞いたことないけど。



 □□□



 商店街を通らなければ支部には辿りつけない。


 だから我慢だ。我慢。


 商店街を歩いていると、嫌でも行きかう人たちの目が突き刺さってくる。あぁ、痛い。見られるのは慣れてるけど、変なものを見る目でじっと見てくるのだけは慣れない。きっとこの先一生慣れないだろうな。


 妖し者を殺した時の目は格別に心に来たけど、浮浪者を背負ってる変な人って言う目も苦手だ。


 そんな視線が行きかう商店街を抜け、人がいないゴーストタウンのエリアの入り口の踏切に差し掛かると、負ぶわれた女性が後ろでもぞもぞしだした。


 えっと……おしっことかないよね。


 そもそも、あたしよりいくつか年上に見えるし、もしかしたら皐月ちゃんの一個上かそこらだと思うんだけど、そんな人がこんなところで言わないよね。……あたしなら言うけど。


 女性のことが気になって仕方ないので、踏切を超えたところで立ち止まった。


 目の前には静けさが漂ってる整然と並べられた建物の数々。人を引き寄せるぐらい可愛い容姿ではなく、隣町と同じような黒い屋根や白い壁の家々が凛として立っていた。もうちょっとこんな平凡な容姿の家じゃなくておとぎの国のようなファンシーな見た目の家だったら此処に人が集まるのに。


 あっ、でも、それでも無理か。


 ここは十年以上昔に一度超大型プラントが近くまで来たところだから、みんな怖くて寄り付かないんだった。そのプラントは生きたまま核である魔法石を取り出されて今は支部の一部として組み込まれている。周辺の家は修繕されたけど、現在の通り誰も住み着かなくなった。


 うん、やっぱり目立つなあ、あのプラントの死骸。


 ゴーストタウンを取り締まる首領ドンみたいに飛びぬけて光がある。しかも、大きな大木が刺さっている。あの大木がプラントの死骸。襲わなくなったプラントはああして今も息づいている。葉を宿らせ、その太い枝で支部を守っている。


 ゴーストタウンは支部へと道が続いていた。道には点々と灯りが灯っている。

 もうそんな時間だった。


 暗闇に目が慣れていたのか気づかなかった。さっき誉達と猫で遊んでいたのが途端にはるか昔のように思えて来た。


「あ、あ」もぞもぞとまだ負ぶわれたままで女性は動いてる。「ありがとう、お嬢ちゃん」


 でも、自分で歩く気はないんだね。肩に掛けられた女性の腕はそのままだったし、動く気配はなさそうだから。


「どういたしまして」


 ちょっと怒り気味に返してみたけど、女性にはなにも気にしていないようだ。


 あたしはまた歩き出した。支部に向かって今まで以上に早歩きで。


「いやぁ、ごめんね。相方とはぐれたみたいで、貧血起こしちゃって、で倒れちゃって」


「魔法使いなら、もっとしっかりしなきゃ」


 あたしは自然と小言が口から零れていた。下手すれば、この人よりあたしは魔法使いの歴が長い。先輩として、あの支部のトップに君臨してた身として言わなきゃならないなんて反射的に思っていたのかもしれない。冗談でも、そんな癖が染みついていることに嫌悪を感じる。


「お嬢ちゃん、藤村絢香でしょ」

 背後から縄で首を絞められた感覚に陥った。


「だって、田沼と同じ匂いするんだもの。血と肉を好んで線上に立つ、殺人思考主義者特有の狂った香りが」


 足は止めなかった。代わりに押し黙った。軽いと思っていた女性が今では重く感じる。大きな石を背負わされている感じだ。


「しかも高校生の制服。こんな匂いを漂わせている高校生なんてこの辺りじゃ、藤村絢香しかいないよ」


 見事に当たってる。


「私、何の取柄もない一般市民だけど、片割れ、ああ、相棒の田沼って奴の傍に居るとさ、こういう鬼の匂い分かってくんだよね」



 あああああああ、うざったいいい。



 あたしは気持ちのなすがままに、背負っている手を放した。女性は「あ」っと拍子抜けした声を出し、背中からコンクリートの地面へと体を打ち付けた。


 ご愁傷様。あたしを怒らせるとどれだけ怖いか思い知ったか。

 はっと一瞥してやった。



 □□□



 支部に着くとフロントで黒木支部長と大柄の男が言い争っていた。


 片や痩身の体の女性。もうすぐ四十路そこら? 年齢相応に目の下には隈と共に皺が薄く刻まれている。この人はいっつも何かお小言を言ってる印象しかない。誰かの世話を焼くのがそれほど好きなのか、それとも単に他人に自分の完璧を求めているのか、でも、狂人だらけの魔法使いをまとめているのに、唯一まともな心の持ち主だから信用している。黒木支部長いつもお疲れ様です。


 そして片や大柄の若い男。服の上からでも筋肉が引き締まっているのが分かる。その肩に黒い刀袋が引っ提げられている。この男もよくよく見ると服に血がついている。血が乾いて黒くなっているから見えにくい。でも、これで分かった。この男も魔法使いだ。そこはかとなくプロの魔法使いと言う同類の匂いが伝わって来るのも気のせいじゃない。


 あたしの背には気絶している女性。名前聞き忘れちゃった。あたしがわざと落とした後、ずっとこのままだったから、起きるの待つのも面倒だし、その前に背負ってここまで来た。背中でぐっすりと女性は眠っている。


 黒木さんの声で起きそうなものだけれど、そんな気一切しない。ついでに黒木さんと大柄な男もこっちに気付きそうな気もしない。


「あのぉ」


 こんなところに長居するなんて魔法使いと一緒にされそうで居心地悪い。早くお暇したいから、あたしから魔法使いのお二方に近づき、黒木さんの小言に割って入る。二言、三言大柄の小言を言い放った後、黒木さんはゆっくりとあたしの方を振り向いた。


「えっと…落とし物ですよ…?」


 なんとなく後ろの女性に目をやると、黒木さんは驚いて目を徐に開き始めた。


「それ、どこに落ちてたのかしら」


 明るい声色で聞き返してきた。この女の人は荷物なんだね、なんて頭に浮かぶが何も返さず、とりあえず端的に述べたかったから「駅で」と返しておいた。


「探してたの、流石は絢香ちゃん」目を細めて、あたしのことを好意的に見てくる。こういう媚びた瞳って嫌いなんだよね。あたしの力バリバリ欲してるみたいでさ。「ほら、あんたも謝って」


 次に黒木さんは大柄の男に目配せする。男は突然かけられた返事に体を仰け反らせ、あたしのことをすぐに鋭い眼光で射た。


「これが、あの藤村か」


 男は何を思ったのか口元に笑みを含ませている。まるで獲物を得た狩人のようだ。しかも嬉々として獲物を刈ろうとしている。それは、どこかの誰かがプラントを見つけた時のように。


「そんなこと、後でいいから、今は謝る」


 黒木さんのご鞭撻は今日も冴えてる。変人揃いの魔法使いたちに一から教育を施すのも一苦労だろうなあ。そんなことしなくてもいいのに、黒木さんは魔法使いに子供の母親じみたことをしている。楽しいのかはさて置き。


 男はけっと吐き捨てると、頭を軽く下げた。ぶっきらぼうにもほどがあるその乱暴な態度はこの男に似合っていた。職業からも、その裏に滲み出る黒い何かからもこの男はこんな性格なんだって感じ取れた。


「あんたが、田沼さん?」

 つい先ほど女から聞いた名前を復唱してみた。


「ああ……は?」大柄の男、田沼はあたしの問いかけに反射的に答えて、気に食わなそうに顔を顰めた。「何で、お前が俺の名前知ってんだ。お前に会ったことなんてねぇのに」


 この人は、威圧的な態度の中に、良い敵が現れて喜んでいる色が隠せてない。あたしもちょっと感じた。この人、それなりに強くて、皐月ちゃんじゃ飽きちゃったあたしの相手をしてくれるかもしれないって。簡単に言えば、魔法でこの人、田沼と戦いたい。力はどの程度なのか、もしあたしが強かったらコテンパンにして田沼の上に立ちたい。





 なんて……


 背負っている女性をそっと降ろす。本当はさっきみたく乱暴に落としたかったけど、それじゃあ、納得できない気持ちがあった。


「あんたみたいな魔法使い一番嫌いなタイプ」


 田沼からは同じ匂いがする。染みついた殺戮欲に溺れて、自分の感情に素直に付き従う。そんな魔法使い独特の血と肉の匂い。本当は大好きな戦場の懐かしき香り。


 口元が緩んでしまうのを気取られないように、ぷいっと魔法使いの二人から体を背けた。いけない、やっぱり来るんじゃなかった。未練たらたらにあって、こんな強い魔法使いを見たら、思わずまた魔法使いします、なんて口走るかもしれない。それは、まだしたくない。


 何も言わずそのまま後にしようとしたら、黒木さんが肩に手を置いてきた。


「その、絢香ちゃんに何があったのかは知らないけど、私はいつでも待ってるから」


「やめて」そんなに優しくしないでほしかった。


 何で狂人揃いの魔法使いのトップがこんなに懐がでかい人なのだろうか。意地悪だ。世の中理不尽だ。


「今井、あっ、絢香ちゃんが拾ってきた人“今井”って名前の魔法使いなんだけどね、ここまで運んで来てくれてありがとう。助かったわ」


 あたしの拒絶の言葉さえこの黒木さんは優しく包み込む。もっと突っ返してよ。もっと突っぱねてよ。こんなの引くに引けない。


「もうすぐね、この支部で雇用している魔法使いを招集しての大規模な任務があるの。だから田沼も今井も遠征から帰って来てくれてる。絢香ちゃんも気が向いたらでいいから……」


 そんな面白そうな任務あたしなんかに言ったら行きたくて堪らなくなるじゃん。ずるい。甘い誘惑で釣って、あたしの悩みも何もかも吹っ飛ばす気だ。


「いい加減にして」


 肩に置かれた手を薙ぎ払った。黒木さんを睨みつける。そこにあったのはいつも通りの失望した顔だったけど、それでも言わずにはいれなかった。



「あたしが」

 口が笑ってる。

「あたしが、あたしが」

 なんだか分からないが目が熱くなってきた。


 あれ? こんなはずじゃなかったのに、笑いと一緒くたになって感情が言葉に漏れ出す。



「あたしが、狂ってるから、才能があるから、そうやって誘ってるんでしょ?」



 あははって笑い飛ばすのに、気持ちは真っ暗闇に落ちていってる。喉元が痛い。頭が言うことを聞かない。目の前がぼやけてきた。


 うう……

 なんだか顎が震えてる。笑ってるのに、目から小さな雨粒が滴っている。


 あたしのことなんか、この人になんか分からない。悩んじゃダメなの? 怒っちゃダメなの? 誉は悩んでいいって言ってくれたのに、魔法使いは直情的で、気持ちで動く人ばっかりで、あたしの理性なんかゴミみたいに扱う。こんな立場じゃなかったら、もっと選択もあったはずなのに、あたしの中の狂気が、周囲からの期待の才能がそうさせてくれない。


 誉みたいに何にもできないけど何でもできる立場になりたかったなあ。そしたら、まだ普通の女の子みたいに学校通って恋をして、友達とくだらないことで駄弁って、無為に過ごせるのに、あたしの道にはそんな普通さえないの?



 みんなが思うあたしって、結局何者なの?



 あたしはそんなこと出来ない。決めれない。悩めない。苦しいよ。


「いらない。あたしには、こんなものいらない」


 気持ちも丸ごとない物したのならどれだけ楽だっただろうか。


 とめどなく降り注ぐフロントの光があたしの肩に重く圧し掛かる。ふと血と甘い香りを漂わせた田沼を仰ぎ見ると、何が起きたのかさっぱり分からないようで平然とあたしを見つめていた。やっぱりどこまでも魔法使いとしての田沼はあたしと似ている。


 あたしも、人の心なんて、苦痛なんて知らないもの。


 冷たい床を蹴り飛ばした。黒木さんから背を向け、支部の外へ勢いよく駆け出す。外は暗闇に包まれていた。灯りのある道を行かず、あたしは暗がりの方へと歩みを進める。支部の周りは廃屋だけしかない。手ごろな廃屋を見つけ、ドアを肉体強化の魔法で蹴破り、埃と腐った床板の上で蹲った。じめじめとした空気にやられて目を閉じ、同時に重い涙を落した。

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