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PLANT-プラント-  作者: 千羽稲穂
第一章『青春と葛藤と恋愛と…』
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第四話「狂気と葛藤して(黒猫)」

 駄菓子屋の前に二三の大木が生えていて、森の外からは駄菓子屋の全貌が見えない。草がさわわと揺れてる。


 ここまで綺麗にプラントと普通の植物が分けられて、綺麗な景色として残っているのは実は対策支部の下請けの花屋さんの腕前が相当なものだからだ。「都会の下請けは、植物なんかいらねぇ、景観? 緑があると心が豊かになる? そんなものより人の命が先決だ」とか言って植物を全て刈るから、美的センスもない殺風景が広がる。あたしが住んでるところもそう。夜はコンクリートと電気の灯り、時たま起こる暴走族の魔法石の光だけ。光が照らす緑はない。


 この街は良い。

 居心地がいいから、神社で時々、家出先にもさせてもらってるしね。


 駄菓子屋の木の中の一本にむぅちゃんが迷わず歩み寄る。太い幹に体を預けて、幹の先の光景を覗き込んだ。ただ尻尾は幹からはみ出ているので、隠れてはいない。結構可愛いんだけど、今はそんな褒め言葉より幹の先の出来事が気になる。すぅちゃんは幹の先に行くことすらしない。


 一体先に何があるんだか。


 むぅちゃんの後に続き、幹に体を預けて顔だけ先に出す。


「お前かわいいな」

 デレデレの声が聞こえて来た。


 うわっ。らしくない。


 その先には黒い猫が気持ちよさそうに耳を萎れさせていた。頭を撫でてているその手に身をゆだねている。


 そんなにそいつの撫でている手が気持ちいいの?


 ぷっと背後で小さく誰かが噴き出した。そっと振り返ってみると、石田が肩を小刻みに震わせている。いつものつまんなさそうなあくび一つせず、目を細めている。

 あたしは陰に隠れて猫をめでるあいつに気付かれてしまうのが嫌で、石田をきっときつく睨んだ。


 バレるだろうが、ばか。


「どうしたの?」

 むぅちゃんが怒りもせず、石田翔に尋ねる。


「いやあ、何でもない」まだ笑ってる。


 すると、石田は気後れせずに、ずかずかと踏み出し、あたし達なんか尻目にして、大木の先へと進んだ。あたしが睨んでいるのなんかお構いなし。石田は普通の顔をして、猫を撫でる鳥羽誉に声をかけた。当然、誉は飛び上がらんばかりに驚く。体を縮こまらせる。


「お前、いつから此処に」


 ああ、いつものぶっきらぼうな声だ。


 足元の猫は目を丸めて、お利口さんなのかきちんとお座りしている。


 バレてしまったなら仕方がない。隠し事に少しだけ敏感になっていて、名乗り出るのは億劫だけど、今は今、あの時はあの時だ。猫も気になることだしね。



「誉が猫にデレデレになっていた時から」



 あたしもいつものように、意地悪な感じに言い放つと、誉の前に参上した。シュタっとヒーロー並みのかっこいい登場の仕方をすると、笑みを浮かべた。本人不在の中、隠し事を知ってしまった引け目で笑みが引きつる。悪魔みたいになってなきゃいいけど。


「何なんだよ、お前ら」

 誉は照れて、猫を後ろに隠した。けど、あたしは見逃さない。


「その後ろの見せてよ?」

 猫の尻尾が見えてるよ?


「うっせぇ」

 誉が口をへの字に曲げる。


「誉、私も気になるなあ…とか思ってたりして」

 おずおずとむぅちゃんがあたしの後ろから顔を出す。


「矛月、てめぇも居んのか」


 驚いてる、驚いてる。


「一応私も居ます」

 今度はすぅちゃんが静かに、隣に立っていた。

 わっと誉が声に出す。


 そんなことより、気になるのは…


「猫だよね」

 猫、猫とあたしの期待が上昇していく。

 むぅちゃんみたいな動物すごくタイプなんだよね。犬とか、猫とかかわいいじゃない。


「猫だねぇ」むぅちゃんが頷く。

「猫ですよね」さしずめ、不良が猫を拾う可愛い一面を見せる意外な一場面ですか、と穏やかによく分からない言葉をすぅちゃんは紡ぐ。


「何で、此処知ってんだ」まだ誉はしらをきるつもりらしい。


「つべこべ言わず、見せろ」

 押しに押そうと思って強く言ってやったら、誉が歯を剝いた。また何か言い返して来るぞ。


 にゃー


 途端に、鳴き声が聞こえて、誉の反論そっちのけで頭をそっちへ傾けてしまった。

 そこには傍観を決め込んだ石田がいて、その足元にすり寄り、甘い声を出す猫の姿があった。黒いお耳はピンと立ち、しっぽはだらんと草が生える地面に垂れている。猫は目が金色で、闇の中でも光り輝いてよく見えそうな色をしていた。


 うん。

 かわいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!


「猫だあああ」

 あたしの歓喜の声と共に、誉は恥ずかしさが極まり、地面に芋虫みたく蹲った。



 □□□



 黒猫は不吉だって言うけど、あたしはそうは思わない。


 にゃ~にゃっ


 頭を撫でるだけで、こんなかわいらしい声が聞けるんだもん。不吉なんて誰が言ったか分からないけど、かわいいにゃんこに罪なんてものありはしない。絶対。


「かわいい、かわいい」


 あたしが繰り返し猫に告白していると、すぅちゃんが、恐る恐る手を猫に近づけて来た。


「すぅちゃんも、猫派?」

 あたしが聞くとすぅちゃんは苦笑した。


「どの動物も好きですよ。でも…」撫でようとすると、すぅちゃんの人差し指を黒い猫は一かぷりした。「こういう動物に私は好かれないんですよね」


 むぅちゃんが慌てて鞄からバンドエイドを出して、すぅちゃんに渡す。


 すぅちゃんの白い肌の指先に一筋の赤い線が入る。こんな傷慌てるようなものじゃない。そのうちにすぐに収まる。なのに、目の前の誉とむぅちゃんは心配そうにしてる。


 ほんと、バカみたい。


「ありがとうございます」すぅちゃんもそれが分かってるのか、むぅちゃんのバンドエイドを受け取らず、人差し指をぺろりと舐めた。


 そんな中、猫は相も変わらず石田に引っ付いている。


「ずるい」

 石田に向けて、渾身の睨みを利かしたのに、石田は無反応。むしろ、猫に興味ないのか、辺りの草を一抜き、二抜きする。


「誉はこの猫、いつから此処にいるって知ってたの?」

 あまりにも反応なさ過ぎて標的を変えてみた。


「さあ、いつだったか忘れたけど、たまに来てみると居てた。このごろこいつ此処に入り浸ってるみたいでさ」


 また誉は顔を背けた。耳まで真っ赤になってる。そんなに恥ずかしいことなのか疑問だけど、これはこれで面白い。


 石田が今度は抜いた草を猫へとやる。

「っちょ、何してんの」

 あたしは石田の手を抑えると、石田は首を傾げた。「こいつは何でも食べる」


「猫は食べないよ」

 むぅちゃんが髪を逆立てて言った。スカート下から伸びる尻尾はバタバタと騒ぎ立てている。


「猫が食べれる草もありますよ」

 翠が横入りする。


「そういうことじゃねぇだろ」と誉と共に

「そういうことじゃないから」あたしも一緒になって切り出した。


 何で毎回言葉が同時に出るのかなあ。どうやら誉も同じ気持ちらしくむすっとお互いを睨みあった。


「ネズミは、草食べんのが上手いんだ」

 そう言うと、石田が手に持つ草を猫が触れられないぎりぎりを見越してかざした。猫が届きそうになると石田は草を少し上へ動かし、猫が疲れて下に崩れると、石田も草を下に動かす。意地悪だ。食べさせる気なんかなくて安心したけど、これもこれで嫌な感じがする。


 ん?でも今何か変な事を石田が口走った気が…ネズミ?


「『ネズミ』だ」

 あたしが知らず知らずのうちに声に出していた単語を石田が復唱する。


 ねずみ、ネズミ、漢字でどう書くっけ?じゃ、なくて。


「石田君、『ネズミ』って、もしかしてこの猫の名前?」

 むぅちゃんも疑問に思って、あたしより先に問いかけた。


 やっぱり気になるよね。『ネズミ』なんて変な名前で猫を呼ぶなんて聞いたことない。石田はよく分からないところがあるけれど、流石に言い間違いだよね。


 石田はむぅちゃんの疑問に答えず、猫と草で二三度戯れた。草は上がって下がってを続けると、そこでようやく止まった。


「こいつの名前だ」


 石田はいつも回答がおっそい。なんて面倒な奴なんだろうか。もう慣れたけれど、テンポがワンテンポ遅れているから、あたし達の反応も石田と同じように遅れる。


「か」誉が犬歯をくわっと剥く。「勝手に決めてんじゃねぇ」


 どーい、同意。そこは一致するなあ、凄く凄く憎らしいけど。


「こいつは野良だろ」

 と誉は続けるが、そこで「いえ」とすぅちゃんが割って入る。

「野良とは飼育されていない猫のことで、一概に野良とは断定できません」

「家猫の匂い、結構するよ」

 むぅちゃんがすぅちゃんの説を補う。


 むぅちゃんとすぅちゃんは一体どっちの味方なんだろうか。そして、むぅちゃんの獣交じりは匂いに特化しているのか、あたしが見分けられない範囲まで嗅いでいる。賞賛されることをこんなところで使うのが、またこの子らしいというかなんというか。


「『ネズミ』って言う名前で、うちで飼ってんだ」

 石田がとどめの一撃をかます。


 『ネズミ』、『飼ってる』その二単語にあたしと誉はノックアウト。かなり手痛い言葉だ。

 飼いたかったあ。

 誉なんかさっきの発言を悔いて、顔に恥ずかしいと書いているぐらいに赤くなっている。


「俺は知らなかっただけだし」

 誉の赤面にあたし達はにやついた。


「赤くなってるぅ」とむぅちゃんがいつものお返しとばかりに誉を指さした。

「お可愛いですね」とすぅちゃんはくすっと笑った。


 あたしは変わらずこいつのことがあまり好きでないので、はっと虚勢を張りつつ、「ガキ」って言ってやった。その後で、こいつの過去に少なからず触れてしまったことを思い出して、目を横にやった。「…じゃないかも」声が心なしか小さくなってる。


「なんだよ、気持ちわりぃな」

 そんなあたしの言動に誉はしかめっつらをする。


 あたしって、何でこんなに意地悪なんだろうか。猫の衝撃で、誉の過去とか傷つけたこととか吹き飛んでいた。本当は今、会った瞬間謝るべきだったのに。言えないし、言いたくないし、負けたくない、なんだかだんだん苛ついてきた。


「あたしは悪くないから」

 不本意に知ってしまっただけだ。あたしは何にも悪くなんてない。なに弱気になってたんだろ。


「意味わかんねぇ」

 誉が案の定、苛つきながら返して来る。


「何で分んないかな」

 あたしはそれに答える。


 何でこいつは分かってくれないんだ。間が悪いし、あたしのやってほしくないこと全部網羅してるのかってぐらい直球で嫌なことをしてくるのに、今は何であたしのこと気づいてくれないんだろう。前はあんなに大見えきって、あたしに叱りつけたくせに今はのほほんと何もなかったかのごとく猫を触ってる。確かに可愛いんだけど、そんなんじゃなくて、もっと、あたしに隠し事なんかせずにいてくれたら良かったのに。


 知らなかったんだよ、あたし、誉が妖し者で両親死んじゃってること。それなのに、あたし、妖し者を殺したことがあるって、しかもその感想が「普通だった」なんて言っちゃってさ、何で表情に出さないの。嫌がらないの。突き放さないの。


 これじゃあ、あたし悪者みたいじゃん。


「絢ちゃん、見て見て」と、その時むぅちゃんがあたしに和やかに声をかけた。


 あたしはそっちを反射的に振り向く。途端に視界が真っ暗闇に覆われてしまって、顔に温かい獣の腹が当たる。あたしの鼻がぴくって反応する。ちょっとだけ、変な匂いが混じってる。まるで魔法石やプラントのように甘い香りだ。どこかで匂ったことのある懐かしい匂いだった。それはあの石田から漂っていたあの匂いと同種のものだった。


「むぅちゃん?」とあたしは聞き返すと、むぅちゃんは「にゃ~」と鳴いた。


 いじらしくかわいい…


 あたしは、がしっとあたしの顔に押し当ててる猫を掴むと、むぅちゃんが力を抜いたのを機に引きはがした。両手で思い黒猫の体を抱えた。温かい鼓動が手のひらを伝って感じ取れる。そう、この猫は生きてる。あたしの血塗られた手の中にひっそりとその猫の命は握られている。


「絢ちゃん、そんないらいらしないで。そんなぴりぴりしてたら、猫だって怖がっちゃうよ」


 隣ですぅちゃんが誉を宥めていた。むぅちゃんはあたし担当ってことか…でもそれにしては手慣れてる。優しい言葉であたしの気持ちも落ち着いちゃったし、むぅちゃんは案外こういうところが凄い。いかつい名前なのに、性格穏やかで優しいって、なんだかおかしいなあって思うけどね。


「ちょろちょろうろつくから『ネズミ』なんだ」

 石田がどうでもいいところで会話に入って来た。

 いや、今そんな時じゃないでしょ。


 ぷっ


 噴き出しちゃった。小さく、でも、良い気分で、笑いだした。

 朗らかに笑うと、むぅちゃんが笑みを浮かべた。不安一色だった顔色に明るい黄色に染められていく。やっぱり、むぅちゃんはその顔が一番可愛くって、似合ってる。


「『ネズミ』かあ」

 なんだかこの猫にぴったりに思えてきた。


 つまりは、人にそれぞれ名前があるように、この猫の名前はネズミと言う名前が振られただけなんだ。あたし『藤村絢香』であるように、この猫は『ネズミ』なんだ。名前が奇を衒ったものだから、おかしく思えるだけ。石田も同じ。変な性格だから、あたしが笑えるんだ。


 猫を上に持ち上げて、猫の顔とあたしの顔と同じ目線に立たせる。


「こんにちは、ネズミ。これからよろしくね」


「もうすぐ日が暮れるけどな」誉が茶々を入れて来た。


「猫って人間の言葉分かりますかね?」とすぅちゃんが疑問に思い、


「どう思う? 石田君?」とむぅちゃんはいらないところで石田に話を振った。


 待って、待って。コメンテータ出来ないでしょそいつ。


「知らん」当然、石田は一言で区切った。

 ってか、むぅちゃん、話の進め方間違ってるよ。


 一言も二言も多いメンバーに疲れ果てて、猫を握っていた腕を降ろした。


 かぷっ


 と、そんな時猫が握っていた手の指を噛んだ。




 ……………痛い。




 その後、猫で二三回同じような会話を繰り返して、ようやく祐が来た。そこでお開きになったけれど、あたしはまだもやもやと心の中で何かが渦巻いていた。


 そんな中、帰りしなに誉が小さく「さっきは、ごめん」と呟きかけてきた。とりあえず謝ったみたいだ。あたしの報復が怖いからかもしれない。あたしが怖いからかもしれない。そんなことにまたいらいらしちゃったりして。


 でも、それ以上にあたしが感じているのは、あたしのことをやっぱり誉は何も分かっていないことへの失望だったかもしれない。


 あの日みたいに、悩んでいいよって言い当てたみたいに、あたしが誉の秘密を知ってしまったことを悟って噛みついてほしかった。そう、どこかで思ってたから。

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