第四話「狂気と葛藤して(会話に隠し事)」
新章です。
この章終わっているころにはみんな主人公を忘れていることでしょう。
誰にでも出来て、誰にでもあって、誰にでも平等だったら、きっと誰かに何かを頼ることも期待することもないのかもしれない。なぁんて思ってしまうのは傲慢なんだろうな。
あたしは人よりも普通の暮らしで、他の人と同じような家族で、何一つ不自由なんてないけれど、ただ一つだけ、人とは違って得意なことがある。
この世の中、使えない人はほぼいない奇跡の力、魔法と呼ばれる力だ。
あたしは他の人よりも、この力が大好きだった。
今も思い出す。初めて魔法石に触れた感覚。指先に触れた冷たい石の感触は目に映る淡いピンクの桜吹雪が綺麗だと感じたように、感動的だった。もうこれ以上この石を嫌いになることなんて一生ありはしない、そう誓えるほどにあたしは魔法を起こせる小さな石の存在に惚れたんだ。
小さな石は魔法を使うたびにあたしの色を写す。
赤い色。
紅色。
真紅なんて呼び方もある。
真っ直ぐで凛とした赤い色を発しながら、私は運命的な出会いをした魔法石を通し奇跡の力を生み出す。これさえあれば、怖い物なんてない。こんな素敵な力はきっと誰かを救うためにあるんだ。
何の気なしに思っていた。
この力は何も悪くない。重要なのは、問題はあたし自身にあったことなんだ。
「絢ちゃん?」
盾倉矛月ちゃん、通称むぅちゃんが心配そうに声をかけてくる。
はっと気づいて、むぅちゃんをじろじろと頭の先から足先までを嘗め回すように見た。今はどこも獣化していない。匂いも強く獣の香りはしない。あの姿の時のむぅちゃんは可愛いから、つい期待しちゃうけど、今はそうでもない。
「あ、やちゃん!?」私がじろじろと見るのがそんなに恥ずかしかったのかむぅちゃんは頬に両手を当てた。「恥ずかしいよ」
「かわいいぃ」
かわいい、と言えばむぅちゃんは照れて、言葉に詰まる。この子を黙らせるには褒めるのが手っ取り早い。だいたい心配し過ぎなんだよね、むぅちゃんは。
影が遮る大きな木の下はあたし達が集まる集合場所だ。程よく草が生えていて寝るには最適な場所だ。これで木の枝から漏れる日さえあればあたしも周りなんてお構いなく寝るんだけれど、生憎と今日は曇りだから寝転ぶ気持ちにはなれない。
とか、何とかあたしは思っていつも寝転ぶなんてはしたないことはしないんだけど、こんな良い場所を見つけた本人はあたしやむぅちゃん、そして黒木翠ちゃん、通称すぅちゃんの三人がお喋りしている後ろで気持ちよさそうに横たわり、目を閉じている。いい気なもんだ。
そう言えば今日はお喋りが穏やかだ。普段なら噛みついてくる奴が噛みついてこない。最近雰囲気が変わったと思ったけど、流石に静かすぎる。
この場にいるメンバーを確認してみよ。
すぅちゃん、むぅちゃん、背後に石田翔。そして、あたし。
唐崎祐こと、ユウは部活で自主練してて、後から来るとして…やっぱり一人足りない。
「むぅちゃん、むぅちゃん」むぅちゃんとユウとあいつは長い付き合いみたいだから、あいつが此処にいない理由を知っているかもしれない。「誉は?」我ながらこんな不満そうな声がでるのかと驚くぐらい低い声だ。
「鳥羽さんなら」すぅちゃんが横入りして来た。「先に帰りましたよ」
むぅちゃんの顔色が沈んでいく。また心配しているんだろうな。でも、あいつを心配してしまうのは今のあたしには十分理解できた。
「鳥羽さんには、盾倉さんには黙っておくよう言われましたが、今のは藤村さんが尋ねていたので」
もしかして、むぅちゃんは知らなかったんじゃないの。
これはいけないと、むぅちゃんの顔を伺ってみる。でも案外動揺せずに平気そうにしてる。また別の理由で悲しんでるのかな。一応聞いとこう。
「むぅちゃん、大丈夫?」
「大丈夫だよ、なんとなく理由分かってるから」悲しんでいるのに、何故かちょっとだけ笑ってて、意味が分からなくなる。「と言うか、絢ちゃんの方が大丈夫?」
「ええ!?あたし?」
「元気ないよ」
誉のことだからだろうか、先日、目の前で倒れるまで気づかなかったこと、そしてあいつの両親のことを悟られなかったこととか、あの日から引け目を感じてしまってる気がする。あたしやっぱり人が傷ついていたり、苦しんでいたりを気づくのが遅いんだな。そう気づいていくあたし自身が少しだけ恐ろしい。気づいたら気づいた分だけ、落ち着いていくあたしが鬱陶しい。
違う。あたしは、魔法使いみたく化け物なんかじゃない。
絶対違う。
そうして思い詰めていると、唇に痛みが走っていた。唇を知らず知らずのうちに噛んでいた。そんなに悩んだって事実なんて変わらないのに、不安で堪らない。あの日あたしの中で無理やり踏ん切りをつかせていたもの全て誉が薙ぎ払ったせいだ。こんな感情いらないのに。
「ひとつ聞いていい」むぅちゃんが意味深な表情を向ける。
むぅちゃんの可愛らしい声に和む。うん、いいよーと気楽にあたしは返した。
「絢ちゃんって、誉のこと好きなの?」
ぶっと噴き出してしまった。
背後の石田が肩を震わせている。寝たふりしてるな、こいつ。
「そんなわけないから!!!!」
思いっきり大声で返す。
絶対の絶対に黒木支部長から何か言われてるんじゃないかってぐらいみんなから言われるのは腹が立つ。そんなにあたしとあの性格サイテーなチビをくっつけたがる意味が分からない。
「だって、この前から、誉の心配ばかりしてるし」
「それは…」言い返せない。
確かに心配してるけど、意味合いが違うって。
「誉の次に私の心配してるのも、よく分かんないけどね」
だから、それは、あたしが、あの日…
「馬鹿らしい」石田が雑魚寝しながら口だけ挟む。「はっきり言ったらどうだ。自分と口論して、鳥羽を倒れさせたって」
ああああああああああああああああああああああああああああああああ。
案の定むぅちゃん固まってるし。
何で石田は何でも知ってんだ。てか、
「知ってんなら、言うなあああ」今あたしの顔絶対赤く染まってる。
すぅちゃんが顔に笑みを滲ませる。あっ。この子も笑ってる。
「表情がころころ変わりますね」
すぅちゃん、そこは石田を叱るとこでしょ。
「笑わないでよ」
恥ずかしい。
こんなことであいつを心配するなんて、恥ずかしい。
『こんなこと』?あれ?これって『こんなこと』で済む問題なのかな。
「翠ちゃん笑ってるの!?」むぅちゃんの驚く声があたしの思考を遮る。「って!!誉また倒れたの?」あたふたと焦っている。頭の整理がついてないみたいだ。
「だだだだだだ大丈夫。誉はその後ぴんぴんしてたから」
大丈夫なわけない。苦虫を潰したような顔をして、あたしに「両親が死んでる」とか言っちゃって、大丈夫なはずない?よね。それは普通、苦しいってことだよね。
「絢ちゃん落ち着いて」むぅちゃんも焦っているのに、二人して宥めあってる。「大丈夫!」とあたし。「大丈夫?」とむぅちゃん。大丈夫って言ってるわりにまだ視線があっちこっち動く。
「なあ」と今度の石田はすぅちゃんとむぅちゃんの間に入って来た。「俺思ったんだけど、鳥羽って何で親がいないこと隠してるんだ」
心臓が胸を突き破りそうになる。
むぅちゃんは大丈夫と言った口が塞がっていない。再び凍ってしまっている。
「深呼吸しましょう」
すぅちゃんが笑いを含ませ、あたしとむぅちゃんの肩に手を置いた。
何でこの状況で笑っていられるんだろう。争いの中でもすぅちゃんはいつもほのぼのとしているから、きっとそう言う性格なんだろうけど、ちょっとだけおかしいよね。あたし達のこと面白がってるみたい。はたから見てたら面白いのかな。
すうううううう
はあああああああああああああああーー
息を整えて、とりあえず気を保った。むぅちゃんも大分落ち着きはらったような面持ちだ。
そして、恐る恐るむぅちゃんが口を開く。
「絢ちゃん、誉のこと知ってたの?」
あたしも怖々と言葉を紡ぐ。
「うん。倒れた後、聞いた」
「その時の誉、大丈夫だった?」
分からない。
「う、ううん」
どっちつかずの答えになってしまった。
あの時の誉は確かに苦しそうに見えた。でも、一方で話せて良かったってすっきりした顔もしてた。あたしは人の苦しんでる姿なんて疎くて分からない。どっちなんだろう。
「“妖し者”の話はされてましたか」
すぅちゃんが笑いも一切ない真剣な眼差しであたしに尋ねてくる。妖し者に何の意味があるのだろうか。
「したよ」あたしが。
「あの誉が…」信じられないと言った風にむぅちゃんが息を吸う。「両親が死んだ理由話すなんて」
んん。何か食い違ってる。
「私も彼とは古い付き合いですから、だいたい彼の言動は分かっているつもりでしたが、意外だとしか思えないです。よりにもよって、妖し者の話を」
すぅちゃんの言葉であたしは「ん?」とある可能性がちらついた。
「鳥羽家、ああ。あの事件か」石田は話の場に行き着いたのか鼻を高くする。「妖し者が出たやつだろ」
目がたじろぐ。
確かめるように記憶を探ると、誉は妖し者の話題を避けていたように思える。そんな中、あたしは「妖し者って知ってる?」と自分の知識をひけらかして、得意になって、悩みぶちまけて、いや、なんと言うか。
「でも、これですっきりした」むぅちゃんが安堵の溜息をつく。「隠し事してるみたいで嫌だったから。誉、すぐに顔に出るから、話題逸らすの大変だったんだ」
「隠し事、ですか」
すぅちゃんは頷く。
「隠し事なんてない方がいいのにね」
むぅちゃんがあたしに同意を求めてくる。バリバリ動揺しているのを顔に出しながら相槌を打った。
にやっと隣の石田が口角を上げる。あたしの動揺の理由を探られているみたいでドキッとする。
「なら、今日は鳥羽の奴、何で早く帰ってるんだ」
石田は全く違うことに着眼点を置いてる。気づかれてない、気づかれてない。
「それも、隠し事だよね」
あたしが切り出した。声が上ずってる気がする。
「そっか」むぅちゃんはすぅちゃんを、すぅちゃんはむぅちゃんを互いに見つめた。「そうですね」二人は理解しあっている。
「なら、彼の隠し事とやらを見に行きましょうか」
すぅちゃんが静かに微笑んだ。
「また笑ってる」と呟いてしまうと、むぅちゃんが「私はいつもの無表情にしか見えないんだけどなあ」と悔しがり、いつの間にかでていたふさふさの尻尾を揺らしていた。




