閑話③(節分)
幼なじみの三人の特別編です。
これはまだ三人が小学生になる前の話……
鬼を追いやり、幸福を招き入れるのが節分と言う行事だ。しかし、彼ら三人の間ではその行事でさえ争いごとに発展してしまう。
この豆まき戦争が始まったのは彼女のこんな一言からだった。
「今日は豆をまく日なんだよ。いっぱい巻いた方が、幸せになれるんだよぉ」
彼女、盾倉矛月は決して競争をしようと言ったのではない。ただ、幸福にどうしたらなれるのか、を考えた結果のこの一言だった。だが、幼なじみの男二人、鳥羽誉と唐崎祐はそうは捉えなかった。
「「多く巻いた方が幸せになれる?」」
そうして、豆をまく袋を買い漁り、この日を迎えた。
駄菓子屋の前で三人は佇む。手には大豆の袋を大量に。
それは小さな子供ではありがちな喧嘩の一間。彼らが次の年にはピカピカの小学生になるそんな前日譚。
「どうしたの?そんなに買いこんでぇ?」
舌足らずな彼女、矛月の喋りに、他の二人が反応する。
「俺の方が幸せになるんだ」と誉。
「僕の方が幸せなんだ」と祐。
同時に矛月に押しかける。
「それじゃあ、鬼役いなくて、できなくない?」
その一言に二人は凍り付いた。
子供ながらに、考えが浅く全く彼らは気づいてなかったのだ。
「しょーがないなぁ。わたしが、鬼役やるぅ」
駄菓子屋の前は森が広がっている。そこでは他の子供が、既に豆まきを始めていて、誉や祐は取り残されている状態だった。矛月は早くやりたくてうずうずしている。
「待って、矛月がするなんて、ダメだよ」
祐がそんな楽しみにしている矛月を制止する。
祐は矛月のことになるとすこぉしだけ、甘くなる。彼は幼心に矛月のことを大切に思っていた。だから、この時も矛月へ向けて豆まきなんて出来るはずもなく、矛月を止めに入ったのだ。当然矛月は良い気がしない。
「何で? 私も鬼役、したいぃ」
駄菓子屋で買った矛月特製の鬼の仮面は、リアルで普通の女の子なら震えあがるほどの恐ろしい出来だ。矛月はそれを平然と見て、「かわいい」と言葉を漏らし、豆まきでこれをつけることを楽しみにしていたのだ。
「矛月がそんな役しちゃダメだ。そんなのはね、誉がするべきなんだよ」
突然振られた役どころに誉が「は?」と眉間にしわを寄せる。
「意味わからない」
祐の言った意味が分からず、誉は持っていた大豆のはいった袋を力いっぱいに開けて、大豆をまき散らした。丸まった黄土色をした大豆は足元に転げ落ちて、草むらに紛れてしまう。
「レディーファーストって言うだろ」
祐の言い分に誉は頭を傾げる。小学生前の彼にはいささか理解しがたい事柄だったようだ。
「そんなこと言うなら祐がやれよ」
「俺はお前より豆をいっぱい持ってきたじゃないか。この豆を自分自身にまかれるなんて嫌だね」
祐の豆はどれも市販の豆よりも値段が高い物ばかりだった。それは祐の家庭が他の家庭よりも裕福であることを示していた。しかし、子供である彼らはそれに臆することなく、祐に歯向かう。彼らの間に家庭の優劣などなかった。
「喧嘩?」
矛月が割って入る。その顔には既に鬼の仮面を被られていた。仮面の鬼形相に誉は引き、子供の中では比較的大きな体躯を、縮こまらせた。恐ろしい形相の仮面に誉は臆して、祐から目を逸らす。祐は平然として、可愛らしい物を目にするがごとく矛月へ微笑んだ。
「喧嘩じゃないよ? ただ役割を納得しない誉が意気地なしなだけだ」
祐は似合っているね、と矛月に頭を傾げながらに口説いた。矛月はえへへ~と小首をかしげている。その仮面の下は満面の笑みだ。
「ひ、ひひ卑怯だ!」
使い慣れない言葉を誉は恐る恐る言い放つ。
「どこが?」
祐が鬼気迫る表情で誉に詰め寄った。彼はただ矛月と豆を投げ合いたいだけだ。
「二対、一だ」
「豆まきも二対一だ」正論を説き、祐は誉を負かせようとする。
大演説をするように、誉の前に立ち、身振りを大きく、体格差を埋める。祐は幼い頃、矛月より下手をしたら細く、背が小さい。矛月とどっこいどっこいの身長差だが、この大きな手振りと、大人のような物言いに誉をもしのぐほどの大きく体格を見せていた。
「豆まきは鬼一人に対し、村人全員、つまり大人数を相手に豆を投げる行為であって、卑怯と言ういわれはない」
祐の主張に何も言い返せず誉は言いよどむ。確かに、そのような行事ではある、と。だがその真意はその鬼に対して同情を寄せていた。だがしかし、それとこれとは別問題だ。
「私、したいなあ」
矛月がとろろんとした甘々の口調でねだる。彼女はお面をつけて、獣交じりである自身の姿を隠し、投げられる豆を食べられるなら、鬼役に従事しても良かった。あわよくば、完全に獣姿になり、いつも守られている二人に自身の勇ましい姿を見せたかった。
「矛月は黙ってて」
祐は厳しく叱る。彼は自身の言い出したことを曲げられない性分だった。
「黙ってって?」
矛月がしょんぼりするが、祐は気にしない。
「ちくしょう」
誉が悔しさのあまり、手に握られた残った豆を握った。このままでは、彼は悪者にされてしまう。そこに居座る気は毛頭ない。怒りのあまり、悔しさのあまり、その豆を祐に投げつける。
祐は驚きつつ避けるが、誉に信じられないといった表情を滲ませる。
「間髪入れずに投げるとか、どうかしてる」
呟くその言葉は、誉を一層苛立たせる。
「お前がいけないんだ」
憤慨した彼にはもう言葉は届かない。すぐに落ちている豆を拾い上げて、祐に投げつけた。祐は避けて、そっちがその気なら、と手に持つ豆のパックを開けて、手いっぱいの豆を握りしめて、誉に放り投げた。そんなに多くの豆を投げてしまうと当たらないものはなく、誉にどさーっと顔面から豆が当たる。
「ぶぶぶぶ」
当たった傍から誉の悲鳴に似た濁音が口から発せられた。
「ずるいぃ」
それを見た矛月はふりふりと頭を振り、頭に犬のようなとんがった耳を現れさせた。尻からふさっと尻尾を出す。どちらも黒色の彼女の髪と同じ色をしていたが、次第に毛先から絵具を垂らしたかのように白色に変色していく。
「あたしもする!」
お気に入りの面をはぎ、金色の瞳が光る顔を見せた。
「やったな」誉は、また落ちている豆を大量につかみ取る、と思えばそうではなく「この手は使いたくなかったんだがな」と少年漫画の敵のようなセリフを吐きポケットから最終手段を取り出す。
「祐、俺はお前の弱点なんかないって思ってた」
静かに誉は祐を見据え、最終決戦のような風を醸し出す。
「ああ、そんなものはない!!」
きっぱりと言い切るのも確かで、彼には苦手な食べ物はほぼなかった。
「だがな、俺は知ってるんだ…」ポケットから勢いよく誉は抜き取った。
「てめぇが、柿ピーを食べる時、ピーナツに何一つ手をつけてないことを!!!!!」
「なん…だと」
祐が怯んだ矢先に誉はポケットから出したピーナツの袋を全開にする。手を袋に入れ、がっつり抜き取って、祐に投げつけた。
「やめろっ」
珍しい祐の情けない声が響く。
「ピーナツだけはやめろおおおおおお」
目に涙を受べている祐が手に持つ袋ごと投げつけ、誉に対抗するが、ピーナツが彼の頬に当たる。
傍らでは矛月がいつの間にやら大きな白い狼姿になっていて、草むらに落ちた豆やピーナツを獣さながらの大きな口で頬張っていた。彼女の獣姿の白い毛並みは木々から漏れる木漏れ日で透き通るぐらい美しく輝き、その神々しさを映し出す。しかし頬張るのは散らかった豆やピーナツと言う可愛らしい物で、その姿とは相反してしまい、白い狼の外見の勇ましさは可愛さに蹴落とされてしまい、愛らしいものとなっていた。
その姿を祐も誉も知らず、傍らでは豆まき、いやピーナツ巻きを繰り広げられているのであった。
閑話④(バレンタイン)に続きます。




