第三話「誉(裏)」
誉の叔母(雪華)視点
墓には毎年、甥っ子の菊が供えられていた。
それは決まって黄色い菊で義姉さんが好きな色だった。
私は甥っ子が心配だった。一緒に居てあげられないのに、こんなことを言うのは自分勝手かもしれない。心配なら、一緒に居てあげる方がいいのは百も承知だ。だけど、あの子の前だとどうにも気恥ずかしくなって、他人のように接してしまうのだ。まだやりたいことも出来ていない中、職を辞することもしたくない。こんな叔母である私にあの子は失望するだろう。
今更愛している、かわいいなど情けなくて言えるはずもない。
義姉さんや兄さんはあの子を愛していたのに、本当に情けない。
それに兄さんのことを心底尊敬しているあの子に兄さんの本当の姿を知られるのも嫌だった。兄さんはあの子が思っているほどできた人じゃなかったから。私が兄さんの妹だと知ればあの子は必ず兄さんのことを聞いて来るだろう。それに答えたくはないし、あの子のキラキラした目を壊すことに繋がるから。
そんな私がしてやれることは、あの子が倒れた時タオルをかけてやることぐらいだ。あとは遠くで見守っているだけしかない。
あの子が倒れたと聞いて、誰も居ない時を見計らって、タオルを掛けに行った。
あの子の濃い茶髪に生意気そうな細いほっぺた、小さい体を見て、安心してしまった。大事はなかったみたい。良かった。
時折倒れるこの子、なら次倒れた時は? 大丈夫??
そっと頭を触れて、撫でてみたり。
「そんなに心配なら傍に居てあげたらいいのに」
私がそうしていると背後からシロが意地悪くしゃべりかけて来た。
シロの質問に答えたくなくてそんなに似ているの?と逆に質問をした。
「似てる。きっと先祖返りね。顔があなた達の先祖にそっくりだわ」
シロも傍によって、この子を眺めた。
「でもね、中身はあの人とまるで違う。性格も、見ているものも、魔法の大きさも」
シロは過去に捕らわれている。昔のご先祖様にそれほど愛着があったみたいだ。それ以上は聞かずに私は誉の耳元で囁く。
「誉」
叔母として名前を告げるのはこんな時ぐらいだろう。
「誉に関する情報なんて、価値なんてないのに、本当にいいの?」
黒木香奈が私の提示する情報に疑問を口にしていた。
そんなことはない。私にとって甥っ子の情報は喉から手が出るほど大事なものだ。私の持つ魔法使いの情報などその引き換えチケットなら安いものだった。
「いいけど。そろそろそんな職業引退して、あの子の傍に居ればいいのに、お金を工面しているのもあなたでしょ」
兄さん、義姉さんの保険金と私が時々振り込むお金があの子を工面しているんだよ、と訂正したらまた香奈の小言が返って来た。
本当は居てやりたい。でも、やりたいことが残っているんだ。見つけたい人がいるから、その人が死んでいたとしても、辞めるわけにはいかない。
そういう旨を言うと、黒木香奈は呆れて溜息をつかれた。
隣のシロは彼を愛おしそうに見ている。私が電話を出た時、真っ先に聞いて来たのもあの子のことだった。シロは、過去の先祖様を追っている。それ以外見えていないほどに。私だってそうだ。
身勝手に振る舞ってしまうのは血筋だ。ここで止まるわけには行かない。諦めがつかない。あの子に自分の正体を明かすわけにはいかない。
仕方ないでしょ。
私はもうこう言う生き方しか出来なくなってしまっているのだから。
大嫌いな、大嫌いな兄さん。今年も私はあなたが愛したあの子を見守ることしか出来ない私を墓場まで懺悔しに来ました。義姉さんはこんな私を見たら叱るでしょうね。でもいつかはあの子に全て告げるつもりだから。その時になったら、私の生き方も投げ捨てられるようになってるはずだから。あと少しは、ほんの少しだけあの子を遠くから見守らせてほしい。
唇を柔らかく噛んだ。
あの子のこと私も大好きなのは変わらないのに、私は情けなさ過ぎる。
「こんにちは」
甥っ子が墓の前に佇む私に挨拶した。
今日はやけに来るのが遅かった。
私も甥っ子に挨拶し返す。
甥っ子の手には鮮やかな菊が握られていた。
「ここへは何しに?」
ここに私がいることが意外だったのか、甥っ子が驚いて目を見開いていた。
「ちょっと昔に縁があってな」無難に返す。
「そうっすか」
理解したのか甥っ子は頷く。
なんだかえらく気分が良さそうだ。いつも黄色い菊だったたが、今日は甥っ子の好きな白色の菊だ。顔も心なしか吹っ切れたように明るい。いい事でもあったのだろうか。
甥っ子は慣れた手つきで白い菊を墓に供えた。
「そう言えば、商人の名前を俺、忘れてしまって教えてもらえますか」
唐突に呼ばれたから焦ったが、なんだそんなことか。名前ぐらい言っても分かりはしないだろう。
「“雪華”や“雪”の“華”と書いて雪華」
「雪華」と甥っ子が私の名前を反芻する。
「そう言えば」
余り意識させてしまったら甥っ子に兄さんの妹と気づいてしまうかもしれない。話を逸らそう。
「今日は一人やろ。一緒に帰らへん?」
「いえ」
甥っ子が首を横に振る。そして、義姉さんのような笑みを浮かべた。
「もう大丈夫っす」
目尻が赤く腫れていた。




