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PLANT-プラント-  作者: 千羽稲穂
第一章『青春と葛藤と恋愛と…』
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第二話「夢(➃)」

 朝になり、先月になっていたカレンダーを捲った。


 今日の日付には小さく『バイト』の文字が書いてあった。今日は休日だったが、バイトが入っていた。明日の日付にはバツ印が記されていた。もうそんな時期なのだと確認した。知っていたのに、どこかまだ受け入れられない。


 準備をし、部屋の電気を消した。忘れ物がないかを最終確認して、ドアを閉め、鍵をかける。自室のアパートから出発しようとすると、隣の部屋のドアが開いて立ち往生してしまった。中からは商人が登場する。


「誉、おはよう」俺に気付いた商人が方言交じりで挨拶を交わす。


 商人の身なりは昨日出会った時よりも綺麗だった。目線が自然と上えいくが、今日はスカートなんだと思うことで気を紛らわした。商人の背は女性なのに高いが、目には疲れ皺が刻まれているところを見ると、やはりこの人は若くはないのだと悟った。


「今日は手ぶらだ」

 俺は素っ気なく挨拶代わりにぶつけてしまった。


「花をな、買いに行くねん」


 人に花を上げるなんて粋なことをするような人には見えなかったが、こういう一面もあるのだな。


「どこまで」


「隣町。ここら辺の地理、随分変わってしまって花を買おうにも花屋さんの場所分からんくて、隣町まで行ってんねん」


「それはご苦労様です」

 昨日のからかい返しに皮肉たっぷりに告げた。


「そうやろ」物ともしていない。


 嫌な人だけれど、この人はこの人なりに一本筋の通ったところがあった。なんだかんだ藤村についても詳しく教えてはもらった。そのお礼もある。それに、こんな時、父さんなら道案内を申し出るだろう。偶然にも、俺は花屋の場所を知っている。

 普段はしたくもない事だけれど、名乗り出るのは筋な気がした。


「良かったら、この街の花屋まで案内しましょうか」何故か敬語になった。


「嘘っ」信じられないとでも言うように商人は手を振った。「無理せんでええって」


「無理はしていない」語気が強くなってしまった。


「何で怒ってるん?」怒ってない。


「低血圧やねん」

 話を逸らそうと、商人の方言を真似てみた。


 商人は住宅街に響くほど大きな声で大げさに笑い、小言を二三個挟む。「発音がちゃうで」「大人をからかったな」とか。


 上手くからかい返して、しかも話が逸れた。このからかいは成功したのだと、俺は心の中でにっこりと笑った。


 だが、気分よく歩き出そうとした時、


「でも、私の前で嘘はあかんで。私は嘘か、本当か、見分けられる。特に誉は顔に出やすいからバレバレや」


 笑えていたのに、笑えなくなった。



 ***



 支部のフロントに着き、受付に立ち寄る。今日は珍しく受付に人がいた。受付嬢に許可証を見せると「お疲れさま」と返してきた。


 俺は恥ずかしくなり、小さく頷いた。


 バイトは同行してくれる魔法使いが居なければならない決まりだった。時々その魔法使いはサボって同行してくれないこともあるが、その時は俺一人で対応だ。


 バイト内容は簡単で、街の見回りだけだ。見回っている最中にPLANTを見かけたら、即時破壊。だから、プロの同行は欠かせない。バイトから魔法使いになった人の方が大半の世界だ。藤村のようにスカウトなんて珍しい。


 そうして魔法使いになった人も大概変な人ばかりだけれど。


 今日同行してくれる魔法使いとの集合場所は支部の二階。二階は一部の魔法使いに提供される寮のようなものだ。それなりの功績を積めば二階の一室を分け与えられる。しかし、与えられた部屋は空室ばかりだ。魔法使いは出張が多いのと、支部に留まらず自分の家に帰る魔法使いの方が多かった。


『201』の表札が掛けられているドアをノックする。静まり返る二階のフロアにノックが入る。こんなのはただの形式だ。中の人は気づいていないに違いない。有無を言わさず、ドアを開けた。


 中は物が散乱していた。いつ見てもこんな感じだ。服や、プリント、魔法石まで間に挟まっている。中でも多いのは大量の書物。積んである物もあるが、整理するのを諦めてページが開いたままのものもある。ページが折れるのもお構いなしに本の上にコップが四個置いてあったりもした。本に失礼な部屋だと思うが、ここの住人である魔法使いは本のことなど気になんかしないだろう。書物が山になっているのが三つ四つとこの前来た時よりも山の数が増えている。反対に綺麗に積まれた本の塔が一つ減っている。


 山を飛び越え、部屋の真ん中にある、ソファまで近づいた。ソファには体を投げ出して寝る男の姿。これで眠り姫みたいな女の子ならまだ聞き分けがあっただろう。


 息を吸って、大きく吐いた。


「陰田先輩、起きてください」


 これだけ近くで声を張り上げても起きない。


 この人が起きるのは自然と目が覚めた時と目覚まし時計がなった時だけだ。仕方なく、部屋のあちこちから時計を救い出すべく探すことにした。


 が、土台無理な話だ。書物の山を探ろうとするも、書物の雪崩が起きてしまう。他の場所は書物の塔が遮って行き着くことが出来ない。


 いい大人が仕事の時間なんか気にせず、ぐーすかと寝ている。全くこの人が本当にプロなのかと疑うレベルに部屋は汚い。明日にはここは迷路になってそうでもある。


 けれど、この人の魔法の才能は本物だ。事実支部を守る要として、全国に派遣されずにこの支部に留まっている。嘘としか思えないが、この人魔法を目の当たりにした今ではそれも当たり前だと理解するしかない。


 さて、どうするか。


 目覚ましの代わりになるものはないか。手元を探る。魔法石はこんなしょうもないことに使いたくはない。あと持っているとしたら、携帯ぐらいしかなかった。


 そう言えば、何でこんな簡単なことを思いつかなかったのだろうか、携帯のアラーム機能で起こせば良かった。すぐに実行に移そうと、携帯のアラームをセットし、音量を最大にする。


 鳴るのは三秒後。

 しっかりと携帯を握りしめた。




 3………2、1



 ジリリリリリリリリリリリ


 耳をつんざく不快な音が手元から鳴り響く。


 すると、眠っていた陰田先輩が勢いよく飛び起き、手元にある本を不快感の原因である俺に目がけて投げつけて来た。俺には慣れたことなので軽く避けられた。本は背後にある壁に叩きつけられ力なく山の一つと化す。



「うっせーぞ。潰してやったのにまだ生きてんのか、時計」



 切れ気味の暴言が挨拶代わりに返ってきた。また時計壊したのか。


「おはようございます。ってか、もう昼っすけど」

 陰田先輩は目を細めて、俺の言葉に意識を向けていた。



 暫く放心。



 続けて、目を大きく開け、顔を真っ青にする。


「誉、今何時だ」


「12時」


 陰田先輩は安心して頭を振った。


「あと一時間ある。良かった」


 陰田先輩はサボることが多かったけれど、香奈支部長の小言が苦手で、パトロールをしたと言う事実を作るのにいつも熱心だった。事実、パトロールをしたと見せかけて、していないことが大半だ。


 見せかけるにも、起きていなければ出来ないから、陰田先輩は現在起きれたことに安心して居るのだろう。


 しかしそういうところがなければ、モテそうなのに、損な性格だ。何でも出来るし、魔法使いとしても一目置かれている。香奈支部長のように未来視は出来ないにも関わらず、勘だけは鋭い。まるで未来を視たように勘が当たる。


「てか、誉今日は来るのがやけに遅いな」

 また勘が当たっている。


 いつも俺が此処に来ているのか知らないだろ。陰田先輩の部屋に来てから、先輩を起こすまでが長いのに。


「知り合いを下請けの花屋まで案内してたんすよ」


「あんな下請けのところまでか。今時花を買うなんて珍しい知り合いだな……あっ」


 何かまた勘が働いたのかもしれない。


「何すか」と聞いてみた。

「墓に供える、とかか」

 陰田先輩の勘も案外外れることがあるのだな。


「知り合いに上げると言ってましたよ」


 勘が外れたことがそんなに嫌だったのか、先輩は不機嫌そうに舌打ちした。


「知り合い、か」

 先輩は物臭そうに体を持ち上げ、ソファから腰を上げた。床に足をつけるが、そこには本が敷き詰められていて必然的に本の上に立つこととなった。

「まあ、いい」


「先輩、本を踏むのは……片づけていないと怒られますよ」


「いいの。いいの。大学卒業してからは好きにしていいって言われてっから」


 この会話も何度目だろうか。実際には卒業せず、卒業目前で先輩は大学を辞めている。目の前で大学を辞めるだのなんだのをこの部屋で香奈支部長と言い争っていたのは記憶に新しい。


 ここで「卒業してないっすよね」なんて言えばいつもと同じように軽くあしらわれるので噛み殺し、「家に帰らなくていいんすか」と聞いてみた。


「いいんだよ」


 なんだか答えの仕方がいつもと変わらなかった。


 支部長には何回も「帰れ」と言われているのに陰田先輩は此処に住み着いている。そこに何があるかは分からない。俺なんかは小言をこうしてからかう種にしていた。


「それより、見ろよ。この筋肉。ちょっと育ったろ」

 どこか得意げに、陰田先輩は腕に力こぶを作り見せつけてきた。


「そうっすね」語尾が上がる。


 この人は元から体つきがいいのにまだ力を付けようとするのか。


「だろ。これで他の奴らに馬鹿にされずに済むな」


 陰田先輩を馬鹿に出来るなど、他の魔法使いがどれだけ凄いのか分かる。魔法使いの中では先輩は華奢で、痩身の方だから、プロは恐ろしい。



 ***



「なあ」先輩がフロントで立ち止まり俺に声を掛けた。


「今日、PLANTはでないぞ」


 先ほど勘が当たらなかったことが余程悔しかったのかまた根拠のないことを言う。


「その根拠は」と敢えて聞いてみる。

「ない」やはりなかった。


「ないなら、仕事はしないと」


 フロントでこんな大声で陰田先輩が勘を披露できるのは、この人の勘が相当当たっているからだ。しかし、サボるために勘を使うならもっと別の所に使ってほしい。


「誉は真面目過ぎんだよ」


「真面目は長所だと、言ってたのは陰田先輩っすよ」


「そんなこと言った覚えはねぇ」


「この前サボった時の言い訳として言ってましたよ」


 その時の記憶が蘇る。

「誉は真面目だから、この後の仕事もしてくれるよな」と無理やり仕事をけしかけ、自分は早々と支部に帰って行ったっけ。


 陰田先輩が押し黙る。言い返せないらしい。


 少しは仕事をしてくれ。


「そういや、ちょっと用があったんだ」

 今度は何の言い訳かと思い、何かの台本のような陰田先輩の言葉を聞くことにした。「先、駄菓子屋寄っていいか」先ほどの台本のようなセリフとは違って真剣な声色だった。


「その」根拠はとまた言おうとしたが、陰田先輩の言葉が遮った。

「支部長があそこの婆さんの具合を気にしてたんだ。俺もちょっと気になってな」


「それは仕事の後ではいけないんすか」


「今行かないと忘れそうだ」


 言い訳がましく聞こえるが、俺もあのおばあちゃんとは顔見知りだ。具合が悪いとなれば心配にもなる。仕事は陰田先輩を見張っていれば、後でも平気だろう。


「いっすよ」



            *



 意外にも陰田先輩とバイト以外で歩くことも会うことさえなかった。


 先輩は支部に引きこもりっぱなしで、暇があれば本を読み、惰眠を貪っている。外出が多い俺は陰田先輩と会うなんて、ましてやこうして歩くなんて思わなかった。


 陰田先輩のことを何か知れる良い機会だと思ったが、先輩の口は開かず、期待外れだった。終始無言で歩き、着いた。


 駄菓子屋は二階建ての木造建築だ。森側にあるため、日が当たりづらく廃れているようにも見えた。外からは大きい建物のように見えるが、中は駄菓子を置いてある棚や台で通路が細くなっていて、店内は狭いように感じ取れる。


 中に入るのは久しぶりだった。

 レジは家の玄関を利用しているらしく、高い上がり框の前にはレジが置かれていて、玄関にはシロが腰かけている。シロの背後には石田翔の姿も見えた。シロたちの後ろに階段や畳の部屋が覗き、生活感が溢れていた。


「こんにちは」

 シロが笑顔で対応する。


「君達だけ? 婆さんは?」

 陰田先輩が彼らに慣れたように接する。


 知り合いだったのか。


(かなめ)なら風邪移すといけないからって奥で寝ているよ。」とシロが答える。


 あのおばあちゃんのことを『要』と呼ぶ人は少ない。てっきり爺さん婆さんぐらいだろうと思っていたから、シロがその呼び方をしてる事に驚きだ。


 駄菓子屋のおばあちゃんは、俺の世代やそのまた下は駄菓子屋のおばあちゃんで名は通っていた。おばあちゃんは街の仲介者として有名だ。陰田先輩と支部長の仲介にも入ってくれたらいいのに、と日々思っているがおばあちゃんも相当な年でそこまでは頼めない。


「風邪か。心配だな」

 陰田先輩が珍しく本気で心配をしている。


「皐月も、誉も来てくれて感謝してるけど、あいにく今日は要に会えないの。要が移したら悪いからって、今日は誰とも会わないって」


「そっか」陰田先輩だけが答えた。


 もちろんおばあちゃんは心配だが、今、皐月と言ったことが気がかりだった。藤村の言っていた“皐月ちゃん”ってもしかして。


「他に誰か来たのか」

 陰田先輩が続けた。


「他には、商人に、郵便屋の人とか、夏目、ああ、そうだ」シロがちらりと目を俺に動かした。


「アヤカちゃんも来てた」


「絢香も、か」

「でも、大丈夫。大分熱も引いてきたみたいだから、明日にはまた此処に顔出せると思う



 ……誉?」

 思い詰めたせいもあるのかシロに心配されてしまった。陰田先輩も俺の目を見て目を丸める。


「どうした」


 そんな心配させるようなことではない。


「いや、ちょっと」ぼかして止めようとしたが、ここは聞いた方が気持ちもスッキリするから逆にいいのではないか。


「あの、陰田先輩って、藤村と知り合いなんすか」


「そうだが」返答が軽い。


 翔は知らないふりをして、そっぽを向いている。藤村のことはほとんど知っていたから納得はできたが、それならば、石田翔は何故陰田先輩と知り合いなのかの方が気になって来た。こればっかりは石田は答えてくれなさそうだ。「お前は何者なんだ」と聞いた手前、聞きづらくもある。


「そういや、お前ら友達だったな」

 陰田先輩の間違った答えを訂正する気も今はない。散々言われた誤解だ。訂正するのも面倒だ。


「そっか。そうだよな」

 陰田先輩が何か思いついたように声色高らかに頷く。


「おい誉」


「突然なんすか」嫌な予感がした。


「お前、今日のバイトはいい。俺がするから、お前の分までするから、だから代わりに神社行け」


 断ろうとしたが、畳みかけるように背中を力強く叩かれる。


「大丈夫、バイトもきちんとやるから。お前に任せた」


 何を任せられたのか分からない。むしろその条件なら任せられたのは先輩の方ではないのか。きちんとするなんて言って、言い逃れしているようにしか思えない。


「俺が仕事しないと思ってるようなら、支部長に告げ口していいから」


 なんだか、先輩が先輩らしくない。昨日の商人のように、この人らしくないことをしている。違和感しかない。居心地が悪い。


 仕組まれているのは分かっている。


「行ったらそのまま帰っていいから」


 叩かれた背中が痛い。背負っているものが重い。


 そんな期待したような目で見るな。


「わ、分かりました。行きますから」


 期待なんてしないでほしい。


 俺は父さんみたく期待には応えられないのだから。



 ***



 神社と言えば、春祭りのも使用されている靖神社だろう。


 神社、仏閣が立ち並ぶ街のこのエリアはPLANTの出現率が一番高く、街の人は恐ろしく立ち寄らない。つまりは、街の死角だった。


 何故先輩が此処に俺を来させたのか、昨日商人が何故あんな露骨なサインを出したのかは、大体理解はしている。


 俺はそれを断らないと考えていたのだろう。


 靖神社は春祭りで使われる他は年中ほったらかしだ。草は生え放題。境内へ上がる階段は体重を乗せすぎると踏み外しそうだ。建てつけの悪いお社の戸を引く。春祭りでは簡単に開くように春祭り前の一週間で社の建てつけを修復するが、今は何もされていないので引きにくい。力を込めなんとか開けた。


 そこに人はいない。


 安堵して溜息をついた。






「誰?」

 と、その時背後から聞きなれた声が聞こえた。


 どっと嫌な汗が滲む。これほど振り返りたくないこともない。しかし、振り返らなければ、先輩の言葉の真意に辿りつけないだろう。


 思い切って振り向く。


「誉? 何で此処に?」


 そこに立っていたのはやはり藤村絢香だった。


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