第二話「夢(➀)」
苗字と名前がごちゃっとなって誰が誰か分かりづらいと思うので本名を記載しておきます。
盾倉矛月……獣っ子 藤村絢香……ヒロイン?
鳥羽誉……主人公(笑) 石田翔……謎
唐崎祐……イケメン 黒木翠……清楚系女子
初めて俺達六人が出会い、同じ帰途についてから三週間経った。
あれから、六人で石田が紹介してくれた場所に放課後、自然と集合するようになった。
最初の一週間は俺や矛月が、祐の野球部が終わるのを待つ集合場所にと、紹介してくれた場所を使っていたが藤村にそれがばれ、「帰りたくないから」とやって来て、一緒に待つことになった。すると、二週間目から何故か「暇だから」と石田が駄菓子屋から現れ居座り、藤村が翠を連れてきて、現在に至る。
此処でやることなど待つことぐらいで暇なのは変わりないのだが、それでも性懲りもなくこうして集まっている。
きっと集まることで、誰かが居ることで、安心感を得ているのかもしれない。少なくとも俺はそうだから。
俺はと言えば最近、以前よりゆっくりと考えることが多くなっている。朝になると思うだけにしているものが鮮明に映像としてフラッシュバックすることが増えた。恐ろしくなって、やめよう、とめようと思い留まろうとするが、無意識に楽な方へ進もうと流され思い出してしまう。全く吐き気がする。
「今日もユウは部活?」
藤村が木陰から、赤い光が差す集合場所に訪れた。当たり前のように俺達の前に腰を下ろす。
「今日も残って練習だよ」
矛月が不満げに口を横に引っ張る。
矛月の頭上には神々しく光が舞い降りていた。
昔はこの時間帯に赤い光が矛月に降りかかるのが怖かった。今も気を抜くとすぐにも息が詰まりそうになる。矛月は平気そうに笑っているから、なんとなく安心するようにはなってくるが。
「そろそろ部活決めなきゃだね」
矛月が俺に向けて、目配せした。
周囲に迷惑をかけることを出来るだけしたくないので、曇った顔を背けながら俺は不器用にも呟いた。
「そうだな」
「絢ちゃんはもう決めた?」
矛月が藤村に聞き返すが、藤村がびくっと体を一瞬震わせた。
「決まってねぇみたいだな」と俺が茶々をいれると藤村は、
「うっさい誉」
ふくれっ面を見せるので、しめしめと俺はにやついてしまった。
「そう言う誉は、どうなの。ぶ・か・つ決めた?」
「別に俺達の高校は部活、強制じゃねぇし、決めなくても良くね?」
「誉は中学の時も帰宅部だよね」
矛月が俺の言葉を翻訳するように割って入ってくる。そんな丁寧に言ってやる義理もないのに、矛月の人に対する甘さは治っていない。
「それに、誉は…」矛月が言いかけて止まる。
その言葉の先は俺が「変わることや、人と関わることが苦手だ」とでも言おうとしたのかもしれない。
そうだなあ。俺は無意識にそうするところがあったかもしれない。矛月や、祐のようにこれ以上迷惑をかけたくないから、いや主に矛月のことを思って変わらないようにしていた。
「違う話しよっか」
矛月が苦笑する。俺に申し訳なさそうに小さく頭を下げた。俺にとっての嫌な話題をふったことへの謝罪だろう。
いささか腫物扱い過ぎるが、そこが矛月の弱さでもあるから、責めることは出来ない。弱いものいじめのようなことは感に触る。
「ふーん」と分かっていないように藤村が納得した。こうなると藤村の切り替えは早い。
「そう言えばさ、入学式の日ってさ、祐の親とか来てたの?」
「来てたよ」
矛月が慣れたように答えた。
あのイケメン君の親がどんな人なのかどうやら周りは興味があるらしい。藤村もそれは例外じゃないみたいで、興味津々に目を光らせた。
「あいつの所は親じゃなくて、妹が来てた」期待通り応えてやった。
「妹?」何で?と藤村は考えるが、深く考えるのをすぐに止め、続けた。「名前は?」
「空」
かわいいんだよと矛月が微笑むと、見ているこっちも安心感が湧いてきた。
昔から矛月が微笑むと祐の機嫌が良くなり、二人が笑うとここは安全なのだと俺は思えて心から笑えた。
本当は藤村がこうして此処に来てくれることや、教室で矛月と翠と絡んでくれることは感謝していた。それでなくとも矛月は孤立してしまうのだから。
此処に集まる女子達が教室でグループになる一方で、俺や祐、石田にはまるで教室では他人のように接することが多かった。だから、此処でこうして集まり、話し合っていることに新鮮味を感じた。
こうしていることが居心地良くなっている。前まで考えられないことがここにあるのは少しだけ嬉くはあった。
「すぅちゃんは?」藤村が質問の矛先を変えた。
すると、翠は恥ずかしそうに俯いてしまった。俺はつい含み笑いをしてしまった。答えたくないだろうなと思った。
「こいつの親さ」代わりに答えてしまう。「親ばかなんだよな」
あの二人の翠に対しての体裁の繕わなさは見ていて、恥ずかしくなりそうだった。
「黒木さんは、翠のことになると喧嘩みたいになんだよ。入学式の日もそうだった」
俺はただ本当のことを告げ、からかっただけなのに、翠はどうして良いのか分からず、ぽかんと口を開けた。
「あー。私、覚えてるかも」矛月が思い出したように手をうつ。「誉が見ていた人でしょ?奥さんがきつい言い方して、旦那さんがしょぼんとしたと思ったら、奥さんがなだめてた、あの夫婦だ。奥さん、結構若そうだったね」
「その人」正解と俺は矛月に指を指す。
「そっか」藤村が気まずそうに相槌をうつ。
「お前、知ってるだろ」
俺はダウトと言わんばかりに藤村に言い当てる。
矛月は何が始まるんだとばかりに目を瞬かせた。翠は未だに放心中だ。
「な、何を」藤村が的を射た答えに狼狽えた。好印象だ。
「魔法使いじゃないなんて嘘だろ」
「うう嘘じゃないから」
「あの、魔法石さ、矛月に上げたやつ。俺しか分からなかったけど、実はあれ、魔法使いにだけ流通されたものなんだよな」
「し、知り合いにもらったんだぁ」
「そういや、居るって言ってたな」
「でしょ」と助かったとばかりに藤村はため息をつくが、顔から分かりやすい程にそうでないと出ていた。
「だが、知り合いに貰ったとしても…」俺は続けて「それを10個持っているなんておかしいだろ」と言及しようとしたが、藤村が必死に話題を被せて来た。
「ほほほ誉は入学式の日、親来たの?」
「……」
その話の振り方に思わず怯んでしまった。その問いに俺は答えられない。
「石……田…君」暗雲たちこめる空気を切るように矛月が半ば叫び話を逸らしてくれた。「石田君は、親…と、か…?」
矛月は石田が居ると思った隣を見やるが、石田の姿はそこにはなかった。矛月が焦って周囲を見渡す。目を金色に濁らしていた。
後ろを見忘れている。俺の目には石田が矛月の二三歩後ろに寝転んでいるのを見受けられた。
「矛月、後ろ」と合図すると矛月が振り向き石田がいるのに驚いて固まってしまった。
「本っ当、影薄いよね。存在そのものが謎みたい」
藤村が皮肉っぽく言い放つ。本人が居る前で言うのは気が引けないのか、と疑問に思うこともしばしばあるが、藤村はきっと隠し事など出来ず、ずけずけと言葉にしてしまうタイプなのだろう。
矛月が動けるようになると、安堵の溜息をつく。「そう言えば、私、石田君のこと入学式の日に見なかったんだよね」
「彼は入学式に来ていませんよ」
翠がはっきりと告げる。この子は嘘をほとんどつかない。
「謎だな」呟いた。
入学式ぐらい風邪でも引かない限り来いよ、と俺は思う。風邪の場合もあるため押し黙ったもののやはりやつについては『謎』という言葉が一番似合っていた。
石田は見た目が病弱そうだったからそれもあり得るのかもしれないけれど。
「あれ?」翠がらしくなく素っ頓狂な声をだす。
「少し疑問に思ったのですが、先日藤村さんと鳥羽さん、それに、盾倉さんに、唐崎さん四人は春祭りで、知り合いになったはずですよね。
それなのに、ここ数日、始業式の日になるまで同じ高校だったのをまるで知らなかったかのように話されていました。気づかなかったのですか。
いくらクラス名簿が次の日の始業式に発表されたとしても、入学式はひとりひとりの名前が呼ばれるはずですよね。気づかなかったのは、いささか不思議に思えるのですが」
「そうだよね」
矛月がのんきに頷くと、俺に向けてちらりと意味ありげに目を向け細める。
俺のせいではあるが、視線が痛い。矛月の視線を外そうとすぐに白状した。
「俺の、せい、だ」
文句あるか、と言いたいのにあの時の痛々しい記憶が蘇って歯を抜かれた獣のように声が萎れてしまった。
「同姓同名ってことがあるだろうって、俺は頑なにこいつが同じ高校にいることを否定したんだ」
で、始業式に案の定クラス名簿を見て、あの藤村藤村だと分かったという訳だ。
「ひどい」
藤村の短い貶しが胸に鋭く刺さる。
「そう言う、てめぇはどうなんだよ」
「あたし?あたしはねぇ…」
藤村の口が次第に閉じられ、何故か分からないが全身から汗を滲ませた。
「あたしは、あたしは…えっと……」
これは弱みを握れるチャンスだ。
「どうした。答えられないのか」
「そんなこと…ないよ」
強気なのか、弱気なのか語尾が震えている。
「ただ、その……低血圧で…」
「絢ちゃんもしかして、寝…」
矛月が言おうとした瞬間、藤村が矛月の口を抑える。そして早口で捲し立てた。
「寝てないから。ぜんぜん寝てない」
「寝てたんですね」翠がいつもの無表情で言い当てる。
すると、諦めた藤村は矛月の口からあっけなく手を放した。突然吹っ切れたように胸を張りだす。
「寝てたよ。悪い?」
「いや、寝んなよ」
入学式だろ。俺は呆れて突っ込んでしまった。こういう奴を何て言ったっけ?と思案してしまう。
「絢ちゃん図太いね」
それだ。
矛月が純粋に言うと、翠も真剣に答えに乗っかって来た。
「感服いたしました」
恥ずかしさを隠すように藤村が「敬語ダメ!」と翠に言い当てる。
その時、背後から草を踏みしめる足音が聞こえた。
辺りの草は暗い赤色に染まっている。光の差さない木陰は影が広く伸びきっていて闇に覆われてしまっていた。俺たちの頭上だけが赤い光が注ぎ、もう帰る時間だよと告げていた。キラキラと強い光が差し迫ってくる。
背後の音は祐だろうと思い、俺は赤から逃げるように、早めに立ち上がった。もうすぐお開きだと感じ取ったのか、藤村が惜しそうな顔をする。
ズボンに付いた緑黄色の草を払いのけ、近くに置いていた学校指定の鞄を肩に掛けた。祐の方を見ようと身を翻す。
「××××」
まず耳に入って来た声はどこの誰だかわからない名前だった。次に入って来たのは、視界に写る祐ではなく、少女の姿。
同い年か、一つ下の容姿の少女は、俺を見た途端、俺の首に手を伸ばし、絡ませ、抱き寄せる。青白い陶器のような肌が頬に触れた。少女の着ている白いワンピースは日が暮れ、暗くなった森の影の中では薄ぼんやりと淡く青白い光を放っているように思えた。
「××××」
少女が耳元で再び同じ名を呼んだ。
その声は、嬉しそうでもあったし、悲しそうにも聞こえた。震える声で懐かしそうに親しみを込めるように名を呼んでいた。小さく笑みを浮かべながらも、小さく囁くように泣いているような気もした。
黒い伸びっぱなしの髪の毛がちくちくと腕を掠める。
俺はどうすることも出来ず、懐かしいこの行動を受け入れてしまっていた。