閑話①(翔と翠)
一話中の翠と翔の会話です。
本編のおまけなんで飛ばしてしまっても構いません。
「貴方が高校に来るとは思ってませんでした」
黒木翠は鳥羽誉や藤村絢香が言い争っている間に石田翔に話しかけた。彼女は翔に話しかけることさえも怯えているようであった。言葉が重くなっていた。だがしかし、彼女の勇気ある行動にも関わらず、石田翔は彼女のことを睨み返した。
「あんまり好きじゃないんだけどな。お前のこと」
彼らしくなく言い切る。普段の翔なら、嫌いとは言わずに「苦手」と告げたり、無視と言った行動をとったりするだろう。
彼の細く柔い体には不相応な睨みを利かせたことで翠は目を揺らす。話しかけてしまったことを内心後悔してしまっていた。しかし、話しかけてしまったのだから、この機に黒木夫妻の思惑の一部を伝えなければならない気がした。翠や黒木夫妻も石田翔と言う人物を気にかけていたのだ。
意を決して翠は重い口を開ける。
「黒木さん、多分あなたのために、藤原さんを同じクラスにしたのではないかと思います。彼女……」
と言いかけて翠は口を閉ざした。唐崎祐に聞かれて、絢香はあっけらかんと翔のことを「知らない」と言ってのけた後だった。直後に彼女は「覚えてない」など傷を抉るようで引けた。
「あいつと会ってないのは事実だ。あいつが俺の素性を知らないのもまた事実だ。そして、あいつが俺じゃない奴を好いているのも事実だ」
「好いているとは?」
翔がばつの悪い顔を写す。翠にいろいろと探られるのは乗せられているようで、気持ち悪かった。ただでさえ翠のことを嫌悪している翔なら尚更嫌な気がしかしない。
「まあ、俺は藤村のことをそんなに意識してない。覚えてなくて構わない。むしろ思い出さないでほしい」
「でも、それではあんまりです」
「仮に思い出したとする。俺の存在は、あいつの中では、お前と一緒だ。居ても居なくても変わらない。あいつにとって俺の存在はその程度だ」
「でも、それじゃあ何のために高校に…」
翠の記憶が正しければ彼は懇願して高校に入ったはずだった。いくら払ってもいい、何を捧げてもいい、そうして彼は高校に入学した。翠はその理由を絢香にあると思っていた。
「いちいち勘に触るな」
翔は切れ気味に翠を避ける。目さえ翠に合わせなかった。矛月に顔を向けていた。彼女を愛おしそうに見ていた。翔は彼女に何の感情も抱いていなかった。だが、彼女のことが気がかりではあった。
「分かったように口を聞くな」
翠にとってそれほど嫌な言葉はなかった。翔のような存在に言われてしまうのが怖かった。凍てついた表情が張り付く。
「どう」声がつっかえた。でも、言わずにいられなかった。
「どうして帰って来たんですか?」
暫しの無言の末、翔は目だけじろりと翠に向ける。向かった視線に翠は一歩引いた。
「どうでもいいだろ。出来損ない」
喉元が圧迫される感覚がしたが、翠はそれら全てを飲み込み、俯いた。彼のことを探れば探るだけ、一線を引かれる。翠は劣等感にいつも苛まれる。黒木夫婦は翠のことを受け入れたが彼は受け入れてはくれなかった。当たり前なのだろうけれど、翔自身はそれに一切の引け目など感じていなかった。
その二人の関係はそこに当然のごとく存在しているのだから。この関係は変わらない。
「そう、ですね」
翠の返事が虚しく二人の間を通り過ぎた。
ギスギスしてる~
ギスギスしてる空気って、はたから見てるぶんだと面白いですよね。




