本願寺の挙兵
信長は畿内に再上陸していた三好三人衆を討つべく岐阜を発つ。途中横山城に寄り三好三人衆が立て籠る野田・福島城に攻め寄せた。
四方を海や川に囲まれている両城は攻め難く、敵方の内応による場内への引き入れを狙うも警固な守りに阻まれて失敗に終わった。
しばらくすると将軍が着陣した。そう将軍が着陣した。俺も参陣している。大人しく引っ込んでろよ、相手は兄貴の敵だけども。将軍が軽々しく動いてるんじゃないよ。
信長は将軍と同じ本陣に移って、堀やら川やらも埋め立てさせた。それが終わると鉄砲を撃ちかけ足軽は城壁に取り付いた。相手も援軍の雑賀衆を筆頭に鉄砲を撃ち返した。
この銃撃戦に三好三人衆はたちまち疲弊して信長に和睦を申し込んできた。しかし信長は取り合わず殲滅戦を指示した。ここで鬱陶しい敵を減らしておこうと思ったのかもしれないが、今回は裏目に出てしまった。
このとき信長の布陣地と本願寺は目と鼻の先、この戦いが終わればそのまま本願寺戦に流用できる砦が築かれている。三好三人衆の次は自分達と思ったのか本願寺勢が織田方の砦に攻撃を仕掛けてきた。
信長は上洛後に寺社領の取り締まりをしている。信長の提示した条件を承諾した場合は保護もしていた。本願寺はこの時最大の門徒を抱える宗派である。既得権益を守ろうとしたのかもしれない。
しかしこれでも織田の優勢は変わらず、落城は時間の問題であった。ところがそんなに上手くはいかなかった。浅井・朝倉軍が京に向けて進軍を開始したのだ。




