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不吉な象徴。

金魚の恩返し

作者: 遼千 尹

風を不吉な象徴とした街の話。

誰かが死んだ時だけ、風が街へ流れていく。

風が吹くことは、別れを意味するのか。

 この街は人が死んだ時だけ、不吉な風が吹くと言われている。何故、そう言われているのか分からない。


 僕は金魚。ただ、狭く薄いガラスの世界を泳いでいる。


 あの夏の日、近所の縁日で僕を掬ってくれたご主人に飼われているから。


 ご主人は、家業と家族を失い、毎日の日銭を工場で稼いでいる。古い機械油と埃の匂いをさせて、物が乱雑に置かれた狭い部屋に僕とご主人、一人と一匹で住んでいる。


 毎日、仕事で汚れた手で餌をくれる。いつも、ちぎったパンを入れながら、寂しそうな顔をしていた。


「ごめんな、今日もパンだよ」


 そう言って、ガラスを触る。僕が泳ぐこの狭く薄いガラスの世界は、ご主人の廃れた家業で作られたモノ。とても繊細なモノで、ちょっとしたことで割れてしまうらしい。


 ある日、ご主人は気になる人の話を聞かせてくれた。その人は多くの求婚者に囲まれて、時折寂しそうな顔を見せる金持ちの一人娘。何不自由なく、身の周りをメイドがやってくれ、親に様々な物を与えられ、風吹かぬ街で人形のような扱いをされる彼女。大きな広場で、求婚者たちに毎日言い寄られていると。


 だけど、彼女は何事にも興味を持てないようだと。見たことのない物も、聞いたことのない音も、何もないらしい。朝と夕方に彼女を見守っているだけが楽しみだと笑いながら言う。


 次の日、僕に話しかけながら、ご主人は壊れた小型のラジオを直していた。広場に忘れていった彼女のラジオを届けに行ったら、彼女の求婚者たちに乱暴をされたと。その時、落として壊してしまったらしい。怒った彼女は求婚者たちを置いて、帰ってしまった。残された求婚者たちも追いかけていった。それで、ご主人は壊れたラジオを直すために持ち帰ったのだと。このラジオはジャンク放送を聞くために改造されていると言っていた。


「このラジオを彼女に渡してくるよ、待ってて」


 そう言い残し、ご主人は家を出ていった。残った僕は、ひたすらご主人の帰りを待っていた。どれだけの時間が過ぎた頃だろうか、小さな風が吹き込んだ。


 その時、僕は分かってしまった。ご主人が死んでしまったと。僕は金魚、この狭く薄いガラスの世界でしか生きられない。どうか、ご主人に恩返しがしたい。


『神様、どうかご主人が気にしていた彼女を僕が気にしてもいいですか』


 *


 ご主人と同じ姿になって、工場の行き帰りに彼女をただ見ている。毎日、朝と夕方の二回だけ。今は、それだけでいい。僕はご主人に恩返しをするために、大切なモノを代償として払った。ご主人がいつも言っていた、彼女に知らない音を聞かせること。これを叶えるために、慣れないことも我慢して頑張った。


 工場から帰る途中、広場で彼女が求婚者たちに襲われていた。僕は急いで、駆けつける。


「何をしてる!? 止めろ!!」


 そう叫ぶと、求婚者たちはわざとぶつかりながら、逃げていく。全く、何をしていたのやら。断られ続けてきたのが、きていたのだろう。


 僕が心配して聞くと、


「――大丈夫か!?」

「あなたの方こそ、大丈夫? ぶたれたりしなかった?」

「何を言ってるんだ、ケガは!?」

「私は大丈夫よ、これくらい」


 彼女はそう言って、気丈に振る舞う。僕は何も言えず、ただ脱いだ上着を掛ける。今の姿は、誰にも見せてはいけない。


「こういう目にあうのは、初めてではないから……」

「――……」

「私が死んだら、あなたの所に吹こうかしら」

「死ぬなんて、そんな事を言うなんて……」

「だって!!」


 僕の言葉に彼女は声を荒げる。死ぬなんて、軽々しく言ってほしくない。まだ、世界には知らないモノが溢れている。それを見てからでも遅くはないから。


「だって、私には何も見えない。空も海も花も未来も希望も。このまま人形のように生きて、何の意味があるっていうの……!!」

「人魚! 聴いた事がないような音を聴かせたら、結婚してくれると言ってたね」


 思わず、彼女を抱いて言う。人魚。僕とは違う存在。ご主人には、彼女は人魚に見えていたのかな。


 毎日、ご主人が聞かせてくれた彼女のことを。自分じゃ、彼女に相応しくないと言って。だから、僕が叶えてあげよう。


「それは僕にも適用してもらえるかな……?」

「――……。出来るものなら、やってみなさいよ」

「でも僕は、結婚はしてくれなくてもいい」


 彼女の頬に手を添えて言う。


「その代わり、もう2度と死にたいなんて言ってはだめだ。約束してくれ」


 彼女は驚いた表情で、僕を見上げていた。


「聴かせてあげるよ、必ず――……」


 *


 それから、彼女の聴いた事もないような音を用意するために、日夜仕事をして日銭を稼ぐ。


 ご主人の家業でもあったガラス工房。そこで作られていた、遠い国々に伝わる風鈴というモノ。風が不吉だと言われている、この街では売れなかった綺麗なモノ。紐につけられた札が風に吹かれると、先についているガラスの棒がガラスの傘にぶつかり、綺麗な音を響かせる。


 この風鈴の音は、彼女もきっと聴いた事がないはず。だけど、一つだけじゃ足りない。もっと、たくさんあれば綺麗な音が生まれる。


 その準備に手間とって、かなり遅くなってしまった。そろそろ、彼女に届いたはずである。



『拝啓人魚様

 お元気ですか。

 少し時間がかかってしまいしたが、あなたを招待する準備が整いました。

 本当のことを話すと、僕はずっと前から君を知っていた。

 日銭を得る為に通う工場への坂道でみつけた君は、家業を守れず家族も失い金魚と暮らす僕にとって唯一の光だった。

 今度は僕が君に希望を還す番だ。地図を同封します。運転手に渡して下さい。

 それでは明日の午後4時、僕の家でお待ちしています』



 最後の準備をしておかなくては。モノを置いて、通り道を作っていく。部屋の天井には多くの風鈴が吊るされている。


 これで僕の恩返しはおしまい。後は、彼女が聴くだけである。何かが死んだ時だけ、この街に風が吹く。それが、人でも生き物でも。だから、僕が死んだ時に風となって、この部屋の風鈴を全部鳴らす。


 ああ、姿が薄れていく。彼女が近づいているのだろう。僕は金魚に戻り、狭く薄いガラスの世界で最期の時を待つ。


 彼女の声が聞こえる。そろそろ、部屋に近づく頃。その後を知ることなく、僕は死んだ。


 狭く薄いガラスの世界から、空へ泳ぐ僕を掬うご主人の手。会いたかった僕の好きなご主人。


『ごめんな、――。お前の恩返しは、確かに受け取った』


 ご主人、僕はとても幸せでした。あなたと過ごした日々は、大切な宝物です。僕の恩返しは、とても楽しい事でした。いつか、またご主人と一緒にいたいです。


『最後は一緒に、人魚に音を聞かせようか』



 ――聞かせてあげるよ、君に鮮やかな世界を。

とまあ、書きたかっただけなので何も求めていません。

自作発言以外なら、どうぞご自由に。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 独特の世界感があって良かったです! 私もこちらでお話を書かせて頂いていますが、なかなか独自の世界観を演出出来なくて苦労しています… これからも執筆活動をぜひ頑張ってください!
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