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小説 異能恋学:背中合わせの文化祭  作者: 銀狼&雨柚木優輝
3/4

Side J

「よし、ホームルームを始めるぞ」

 1-Aの担任、藤崎恋歌(ふじさきれんか)が鋭い眼光で教室内を睥睨する。途端、騒がしかった室内がほぼ一瞬にして静まり返った。生徒達の視線を受けながら、名簿を片手に出席を取る。確認を終えると、本日の連絡事項を端的に伝えた。

「近々文化祭が行われる。そこでの出し物について連絡事項がある」

「文化祭、ねぇ」

 少なくない数の人間が、そのことについて口を開く。茶髪の少年、ジョウ・ライナーもまたその一人だった。

「普通はクラスで決めるものだが、この学校は1つのクラスに人が多すぎる、出し物をする際は何人かでグループを作りこの紙に案を書いて生徒会に提出しろ」

「……また適当な」

 藤崎が棚に置いた紙の束を見て、眼鏡の生徒、寮のルームメイトでもある諏訪浩(すわひろ)が呆れたように呟く。しかしそれも無理はない。

 日本全国の異能を持った高校生全てが集まるこの学校。生徒の総数は約5000人といわれている。あまりに人数が多いため、学年毎に教室棟が建てられているほどである。この1-Aだけでも7、80人が所属しているという有様なので、クラス単位での活動よりかは現実的な対応といえるだろう。

 ふと気にかかり、ジョウが尋ねる。

「ほぉん、クラス関係無しけ?」

 日本語の読み書きは習得しているジョウ。しかし短期間で必死に覚えた結果、彼の日本語は土着の方言に染まってしまっている。敬語の欠片も無く、外国人がベラベラと方言を喋るという珍妙なことになってしまったが、もはや皆慣れているため気にすることはない。

 藤崎もそのことを気にする様子はなく、端的に答える。

「あぁそうだ、クラスの関係はない。予算は3万、それ以上は自力で準備することだ。無論、文化祭の運営などで苦労は増えるだろうが出来ないことはない」

「ほぉん、なるほど」

 納得した様子で呟く。クラスを跨いで出来ると言われ、ふと一人の少女を思い浮かべる。隣のクラスにいる男勝りな水色髪の少女。ここ最近はやたら眠そうな様子を見せていたことも思い出す。

(まさか今も寝ちょったりして……いや止めとこ)

 そんなことを考えている間も、数人の生徒が藤崎に質問をしていたようで、藤崎がそれに言葉を返していった。やがて生徒達からの疑問の声が止まる。

「――さて、他に質問はあるか? ……なさそうだな。ではこれでホームルームを終了する」

 一通り教室を見渡した藤崎の宣言を受けて、学級委員が号令をかける。それを確認すると、藤崎はさっと教室から退出した。




 再び騒がしくなる教室内。誰を仲間に入れるとか、何をやろうかといった会話があちらこちらで飛び交っている。ジョウも少し考えを巡らせてみる。

「カカカ、お化け屋敷なんぞよう聞くじゃよなぁ。ワシがやりゃあおもろい事なるが」

「ジョウ君本当に化けて出てくるもんねぇ」

 冗談めかして呟いた言葉に、反応する声があった。目を向けてみると、赤いリボンをつけた茶髪ロングの少女の姿。何でも部なるものを創設しその部長を務めている、雪島真由奈だった。

 彼女の言葉に、ジョウは眉を顰めてみせる。

「ワシャ化けて出るんちゃう、透過しとるだけじゃ」

 ジョウ・ライナーが持つ異能は〈物質透過〉。入口や出口、距離といった制限があるが、突如消えて移動し突如現れる彼の異能は、客観的に見れば化けて出ると言われても否定は出来ない。

 そんなことを考えていると、諏訪から思わぬ提案が舞い込んできた。

「劇でもやるか?」

「劇!?」

 その単語に真っ先に反応したのは、黒髪ショートに赤のクロスピンのクラスメイト、飛木鐘瑞世(ひきがねたまよ)だった。興味津々といった様子でこちらにやってくる。

「げっ、劇? うーん、私記憶力悪いしなー」

 雪島は困った様子で苦笑している。しかしその顔は、まんざらでもない様子である。

そんな二人を横目に、ジョウは寮のルームメイトでもある諏訪に肝心なところの疑問を投げかける。

「演劇て、内容は?」

「そうさなぁ……スタンダードにシンデレラとかかぐや姫とか」

「……内容から決めや。それによって必要な数が変わるじゃろ」

 演劇の内容は、特に考えていなかった様子。その様子に呆れたジョウが指摘する。内容によって、役者や裏方など必要な人員が変わってくる。その数を確定させるために重要なところだろうと考えた結果だ。

 少しの間考える様子を見せた彼は、おもむろに口を開いた。

「いっその事、オリジナルの脚本でも書くとか?」

「オリジナル、ねぇ」

 少々意外な諏訪の言葉にジョウは僅かながら面食らう。女子二人もかなり驚いた様子を見せている。

「諏訪君書けるの?」

「意外。そういうの書けるんだー」

「いや、まぁ元からある物語を弄るとかすれば大丈夫なんじゃないか? という程度だけどな……そうだな、『桃太郎』とか中々面白いと思うぞ」

「桃太郎をアレンジ……ある日、おじいちゃんとおばあちゃんがいました、そのおじいちゃんとおばあちゃんは……殺人鬼でした……アレンジ……怖い……!!」

「まゆちゃーん? いったいどんな妄想してんのー?」

 諏訪の言葉を聞いて、何やらブツブツ言いながら一人勝手に怯える雪島。その様子を見て、飛木鐘が不思議そうに首を傾げている。

 そんな二人を余所に、ジョウは内容を思い出しながら必要な役を指折り数えていく。

「桃太郎じゃったら……ジジ、ババ、主役、犬、猿、雉、鬼、ってとこか」

「それは普通の場合だな。そのままやるんじゃ能がない」

「ほなどうする? 婆さんが間違うて桃ごと太郎を切ってもたとか?」

 そのままではない、とのことで、ジョウがそんな冗談を飛ばす。

「や、やっぱり殺人鬼…!!」

「まゆちゃーん? 帰ってきてー?」

 それを真に受けた雪島が、恐れおののいた様子で一歩後ろに退く。彼女の眼前で手をひらひらさせる飛木鐘に彼女を任せ、諏訪とジョウが話を進める。

「そうだな……あえて、桃太郎を悪役にする、とか」

「ほぉ、どないな感じや?」

「桃太郎と鬼はグルで、実は狂言だったんだ。町を鬼が襲う、桃太郎が倒す、礼を貰う…それを繰り返していた」

「つまり八百長で荒稼ぎっちゅうわけか。悪いやっちゃな」

「で、主人公達は最初鬼ヶ島に行くが、鬼ヶ島の鬼たちは悪い鬼では無かった。真実に気付いた主人公達が、鬼と桃太郎一行を倒す……ってのはどうだ?」

「おもろそうやないか……けんどそれ、役者の数は更に要るっちゅうこっちゃろ?」

「まぁな、でもこれだけ人数がいれば大丈夫だろう」

「うーん、桃太郎っぽさは0だけどストーリー的にはおもしろそう」

 諏訪の語るアレンジ版桃太郎は、中々斬新で面白い内容だった。いつの間にか戻ってきていた雪島が同意する。

 ジョウとしてもその通りだと思った。面白いことになりそうだと自然に笑みが浮かぶ。悪戯小僧が浮かべるような、実に楽しげで憎たらしい顔である。

 そんな彼に、諏訪は更なる提案をする。

「そうだな、どうせだから、ジョウ。お前が主人公をやらないか?」

「……ハァ!?」

 あまりに突拍子もない提案に、ジョウは理解に時間を要した。そして理解すると、目を丸くして言葉を並べる。

「なしてワシが、ちゅうか、この口でやれっちゅうがか?」

 自分で自分の、方言丸出しの口調を揶揄する。標準語もろくに喋れないのに芝居の台詞なんてとんでもないとジャブを打って牽制しにかかる。

「それでもいいし、口調を変えてもいい」

 しかし諏訪はこともなげにするりと抜ける。部活のボクシングで鍛えられているからか、実に見事なものである。

「え、なにそれ面白そう!」

「面白そう!!」

 おまけに女子二人の興味を引いたようで、彼女達が諏訪の援護射撃をやりだした。ジョウの焦りはますます強くなる。

「いやいやいやいや、裏方の方がよっぽど働けるが?」

「意外性ってのがあるだろ? ……お、丁度良い。虚空!!」

「……あー……?」

「意外性も何も――って、零?」

 意地の悪い笑みを浮かべた諏訪は、廊下に見えた人影に気付き声をかけながら歩み寄る。その後を追っていったジョウだったが、諏訪が呼び止めた人物を見て動きと表情が固まる。

 水色の髪に青い目、頭の上には赤の伊達眼鏡が乗っかっている。先刻脳裏をよぎった少女、虚空零(こくうぜろ)が不機嫌そうな様子で眼前に立っていた。その姿を見た瞬間、ジョウは心臓が跳ねたような錯覚に陥る。

 あまり口外はしていないが、ジョウにとってこの虚空零という少女は、彼女という立ち位置にある。顔を合わせられるのは嬉しい事ではある。が、今は周りの目がある。不意に主役にされかかっていること、急に彼女と面したことへの動揺、そして人前で彼女とどう接するかという逡巡がジョウの体を支配する。

(いや待て落ち着け、深呼吸、深呼吸)

 即座に切り替え、気持ちを落ち着かせようと深呼吸を始める。しかしそうは問屋がおろさなかった。

「お前も劇に出ないか?」

「……いや待て、おい」

 またもや諏訪が、大きな爆弾を落としてくれた。息を詰まらせかけたのを何とか飲み込み、目つきの悪い眼鏡のルームメイトを半目で見やる。零の方に目を向けてみると、やはりというべきか、唐突な話に目を白黒させるばかりの状態だった。

「……は? は? え? 劇? 何で?」

「人数が多い方がいいだろ?」

「そらそうじゃがなして……?」

(なして零を引き入れようっちゅうんじゃ?)

 言外に、そう疑問を呈する。

 過去の事や能力の副作用――過度の使用で記憶を消費する――のこともあり、彼女が人との関わりを避けようとしがちなのは熟知している。そんな彼女を巻き込もうという諏訪の魂胆が、ジョウには全く理解できなかった。

 もっともこれはほとんど口外しないことである。恐らく諏訪達は把握していないだろう。ジョウとしても、零本人が言わないでいることを吹聴して回るなどと言うことが出来る酔狂な性質ではない。本人が言わないと決めているなら、その意志を尊重して然るべきなのだから。

 そんな心情など露知らず、諏訪は零に配役を提案する。

「鬼の役なんてどうだ? 鬼娘」

「お、鬼……?」

 その配役案を聞いて、ジョウは首を傾げる。鬼の役に何か意味があるのかという疑問が浮かぶ。

「は!? いやちょ、何勝手に話進めてんだよ!? 1から説明しろ、1から!?」

 叫ぶ彼女を見ると、ジョウと諏訪は視線を交わした。取り敢えずとばかりに概要を説明する。

「ああ、今回の文化祭はクラス関係なしにグループを作って行うんだ」

「因みにやるじゃったら予算3万はくれるてや」

「へぇー、そうなんだ」

(こいつやっぱ寝とったな?)

 ついさっきのホームルームで説明を聞いているはずなのにこの返答。さっきは冗談で思い浮かべただけだったが、この時をもってジョウは確信を抱いた。

「あれっ? 零もするの?」

「するのー?」

 二人だけで話をしていた様子の雪島、飛木鐘が、廊下へ出てくるなりそんなことをのたまった。

「え? ……は!? いや、俺するなんて言ってねえ!!」

「一緒に頑張ろう! 実は私もやりたいんだけど、人の前に立つっていう経験すらないから不安で!」

「へ!? な…何で!? ちょ、話聞けよ真由ちゃん!!」

「一緒にがんばろ!」

 相手の話を全く聞かず、零の手を取る雪島。急なことであたふたしているところに、飛木鐘もまた手を重ねてくる。

 この二人、かなり演劇に前向きにやる気を出しているようだった。自分もやる気がないわけではない。しかしそれは彼女らと違って制限つきである。ジョウは念押しするように呟く。

「おもろそじゃし協力はやぶさかでもないが、主役はないて」

「まぁ、配役に関しては追々考えるとしよう」

「よし! 諏訪君やってくれるって!」

「諏訪くんも協力するって!」

 雪島、飛木鐘の二人が、諏訪の方を振り返る。それに対する諏訪の返事は――。

「え? まあ、協力はするが?」

「え、いや、ちょお待てや」

 何処からツッコんだものかと、ジョウは言葉に詰まる。まず協力も何も、演劇をやろうと言い出したのは諏訪である。そして雪島の言葉。零との深い付き合いがあるからこそ分かる。人と関わりたがらない人間がそんな積極的なことを言うはずがない。事実彼女はただ驚いているばかりで微塵にもそんな様子は見せていない。

「っはああああ!? 何だよそれ!! 何でそうなったし!? 俺一度も首縦に振った覚えねぇぞ!?」

 案の定、零の錯乱したような叫び声が響いてきた。大よそ見当がついていたジョウは思わず溜息をつく。

「えっ……? もしかしてやりたくなかった?」

「やりたくなかった?」

 ほぼステレオ状態で、畳み掛けるような二人の圧に押されつつも、零は何とか言葉を返す。

「え? え、あ……そ、そりゃ、俺人前に立つの、苦手、だし……つか、何も聞かされてねえし!!」

 そう言う彼女の表情は、躊躇いと戸惑いの色を浮かべていた。やってみたいような、しかしその一歩を踏み出すのが怖いような。そう思っていることに疑問符を浮かべているような……ジョウの目には、そんな風に映っていた。複雑な心境と理解しているが故に、何とも声をかけ辛い。

 一瞬彼女と視線が合ったが、すぐに逸らされた。恐らく意地だろう。

「まぁ、本当に劇に出るかはともかく、とりあえず手伝ってくれねぇか? 一応礼はする」

「手伝い、なぁ。大したこと、できねぇぞ」

 相手の心情を察したのか否か、諏訪はそう提案する。それを受けた零は、やれやれと言った様子で肩を竦めた。裏方の仕事の可能性もあると示唆されたことで、いくらか安心しているようにも見える。

 零の気が楽になったと安心したのも束の間、ジョウは不意に腕を引っ張られた。つられるように数歩前に出る。引っ張ったのは雪島だった。彼女の言葉が、更なる波瀾を巻き起こす。

「ほら、ジョウ君も出るから!」

「うぇっ、お前も出んの!?」

 驚きすぎて後ずさる零。視界の端のルームメイトが、何故かあくどい笑みを浮かべている。しかしそれどころではない。流れた話を再び突きつけられたジョウが焦る。

「え、あ、ちょ、役で出るとは言うちょらんど?」

「なーに言ってるの、ジョウ君は主人公って今決まったばっかりじゃん」

「は!? しかも主人公!?」

「いやいやありゃ一アイデアであってじゃなぁ――」

「決定事項です!」

「決定事項なのです!」

「わぁ……へぇ、お前が主人公の劇……へぇ……」

「なしてじゃあ!?」

「くっくっく……」

 雪島、飛木鐘の二人にビシッと指差され、己の彼女は複雑そうな顔でただただこちらを見ているばかり。味方のいない状況に、ジョウは思わず頭を抱える。その狼狽えようが可笑しいのか、諏訪は忍んで笑っていた。

「くく……虚空、ちょっと」

 なおも女子二人に追いやられ、必死で回避しようとするジョウを横目に、諏訪が零を手招きした。訝しげな様子の零がそろりと近寄る。諏訪が彼女に何やら耳打ちした。

「――」

「っは……!? な、何言ってんのお前……ッ!?」

「ま、考えておけよ」

「っ――ん、んなこと言われたって……っ」

 何を唆されたのか、顔を真っ赤にしてぶんぶんと首を振る零。ちょうど標的変更で解放されたジョウは、その様子を見て小首を傾げた。

「おもしろいから!」

「がんばれ! 零ちゃん!」

「へ……!? が、頑張れって、俺、何も言ってないからな……っ」

 飛木鐘、雪島を振り返ると、やっとのことでそう返す零。退くに退けない状況と悟ったのか、とうとう顔を手で覆いだした。

「まぁ、役の話は追々考えるとして。まずは人員補充だ」

 流石にこれ以上は不毛と考えたのか、諏訪が仕切り直す。誰が元凶かと思わないでもないが、話を変えられるならありがたい。

「まっ、つまりそういうことでジョウ君は主人公に決定ね!」

「ジョウくん主人公ー!」

 ――いや、是が非でも話を切り替えねばならない。雪島と飛木鐘を見てジョウはそう確信した。

「……もうええ、そん話は置いといて。まず頭数じゃ。取り敢えず、諏訪、飛木鐘、雪島……ワシに……?」

 指折り数え、小指を曲げ伸ばししながら零に視線を向ける。彼女が参加するか否かで、4人か5人か変わってくるのだ。それにつられるように、雪島も彼女に視線を向ける。ジョウと違って顔ごと大きく動いたため、零は彼女に反応した。

「へ? な、何で俺見たんだよ……?」

「え? 参加するかしないかの話だけど?」

「零ちゃんも参加するよね!?」

 いわゆるキラキラビームを発動しながら追随してくる飛木鐘。再び零に圧力がかかる。

「え、どうしようかな……いや、お、俺そういうの向いてない、し……」

「さあ、決断を!」

「ふぁいなるあんさー!」

「っ、え、あ……っ」

 プレッシャーに負けて、じりじりと下がりだす零。全く思考が回っていないのがよく分かる。そんな様子を見て、ジョウは苦笑する。

(カカカ……退きたかったら退きゃええが)

 ジョウの心情を代弁するかのように、諏訪が言う。

「ま、無理にやる事はないさ」

「……まぁ、そうだね、ごめん、まるで無理にやらせようとしてるみたいで」

 彼の言葉にはたと気付き、気を落とした雪島が引き下がる。

「ちょっ……ちょっと、一旦、保留ってことで……!!」

 とうとういたたまれなくなったのか、零は絞り出すようにそう言うと四人に背を向けて走り去ってしまった。

「あ、逃げよった……しもた、そん手があったか」

 話を回避する手段として物理的逃走をとった彼女を見送りながら、のんびりと呟く。そんなジョウを周りが急かす。

「追いかけるのは主人公の役目! いや彼氏の役目!」

「あ、逃げた! 追いかけろ!」

「ま、追いかけたらどうだ? ヒロインを救うのはヒーローだからな」

「あ? ……誰がとやかく言うたかて本人が決めるこっちゃろ?」

 何かを期待するような彼らの目。いわゆるテンプレというやつなのだろうが、生憎彼らがそれに収まることはない。追いかけたところでどうにもならないと、ジョウには見当がついていた。

 落ち着いて考える余地も必要だろう。それに何より、周囲のそれが当然とでもいうような話にそのまま乗るのは少々癪に感じる。

「ま、それもそうだな」

「うーん、そうなのかなぁ? なんだかすごく惜しいことをした気がする」

「惜しい、ねぇ」

 惜しくないかといわれれば嘘になる。折角の機会だ。彼女と過ごせる時間が増えれば嬉しくもあり楽しくもあろう。しかしそれは、あくまでジョウの主観に過ぎない。ジョウが良くても、零がどうか。相手も自分も、様々なものを抱えている。そのことをよく理解しているからこそ、更に余計なものを抱えさせるような真似はしたくなかった。彼女の意に沿わないことに巻き込んで、余計な迷惑をかけたくなかった。

(ま、ひとまず済んだこっちゃで。とりあえず先に進めにゃ)

 思考を切り替え、肝心の課題を口にする。

「ま、何にせよ頭がいるんじゃろ? 次の当ては?」

「そういえば、何人必要なんだっけ?」

 雪島の言葉に、ジョウは再び数え直す。

「桃太郎に犬、猿、雉、鬼にジジ、ババ、と? 主役に鬼娘? 単純には9人じゃが、チョイ役は兼任してもええか」

「いや、もう少し必要だな。端役は兼任しても、10人弱は欲しい」

 諏訪が必要といった数に、誰もが目を見張る。

「あっ、10人かぁ……まだ半分かぁ」

「大変ねー……」

「そんなにか……まぁ、思いつくもんを誘うてくしかなかよな」

 協賛してくれる人員を各自で探す。行動方針を決定した彼らはその場で解散した。




 思いつく数人と連絡を取り、やぶさかでもないという返事を得たジョウ。廊下をふらりと歩きながら、諏訪達を脳裏に浮かべて呟く。

「……ハァ……たく、なしてワシを表舞台に出そうっちゅうじゃ」

 頭を掻いて、床に視線を落としながら廊下の角を曲がっていく。前方不注意の結果、誰かと鉢合わせでぶつかってしまった。

「んぉ、すまん堪忍ぇ――って、お前かぇ」

「うお悪い……ってお前か」

 詫びながら頭を上げたところで相手に気付いた。水色の髪に赤の伊達眼鏡。こちらを見て青い目を丸くする少女は、先程逃げた零だった。その顔を見ると、素直な疑問を口にする。

「こげなとこなとこで何しちょるじゃ?」

「べ、別に……」

「んー?」

 当たり障りのないことを尋ねたつもりのジョウだったが、零の反応は要領を得ないものだった。視線を逸らし、あらぬ方向を見ている。疑問に思い、小首を傾げながら彼女の顔を覗こうと顔を近づける。

「へ? ひぁっ!?」

 気配を察知した零が、こちらに目を向けてきた。しかしすぐに奇声を上げて、また視線を逸らしてしまう。

「んー?」

 その反応に悪戯心をくすぐられたのか、ジョウはニヤリと口角を上げた。逸らされた視線を追って、更にその前へと回り込む。

「ちょっ、な、ななっ、何してんだっ」

「んー? んんー?」

 耳を赤くしながら視線を逸らし続ける零。その後を追って、ジョウは次々に回り込んでいく。

「やっ……っ!! や、やめっ……」

「ん……?」

 顔を真っ赤にしながらなおも避けようとする彼女を見て、流石にジョウも動きを止めた。姿勢を戻し首を傾げる彼氏に、彼女がようやくポツリと呟く。

「……は、恥ずかしいからやめろよぉ……」

「ん、ハズい?」

「か、顔近いんだってばっ!」

「そら近付けちょるんじゃしなぁ」

「だ、だからそれをやめろって……っ!」

「なして?」

 茹でダコのように真っ赤な零の反論を、ジョウは全く意に介さない。彼にしてみればこれはただのイジリ、冗談の一環で仕掛けた悪戯のようなものに過ぎないのだから気恥ずかしさも何もない。何か呟いている様子の彼女を見て、小首を傾げるばかりである。

「……あぁもういいよ、分かんないなら」

「何やの……? まぁええか」

 余所を見ながら頭を掻く彼女への疑問は解決しないままだったが、詮索しても詮無い事かと肩を竦めて諦める。そんなジョウの様子を見た零は、話を切り替える。

「そういや結局、劇の話はどうなったんだよ?」

「んぁ、あぁあれか。役はともかくまずは人集め、役の兼任を入れても頭数は10人要るってや」

「10人、か。まぁ劇って言うんだしそんくらい必要だよなぁ」

 決定事項を簡潔にまとめ、零に伝える。その内容に納得した様子で零が呟く。

「諏訪、飛木鐘、雪島、ワシ。一応この4人として、何人か声かけるようにしちょるが……お前どないするか決まったんか?」

「え、あ、う……俺は……興味はある、から、その……手伝い、くらい、は、できるかなぁって……」

「手伝いねぇ……」

 気まずそうにぼそぼそと呟く零。煮え切らない態度にやれやれと溜息をつくと、ジョウは身をかがめて、俯いている彼女の目を見据えて問う。

「んじゃあ役割はともかくとして、参加か不参加か?」

「……参加、かな」

「final answer?」

 じっと見据えたまま、彼女の決意の程を問う。一瞬戸惑いの色が目に浮かんだが、零は力で抑え込むように頷いた。一目で無理が見える。

「……別に無理しやんでええで? あくまで有志でやろうっちゅうだけやさけえ。ワシも強うは言わんし」

 無理してまで参加してほしいとは思っていない。これも本心。故にファイナルアンサーと聞いておきながら敢えてまた逃げ道を用意する。最後の念押し、確認だ。

「だって……普通に面白そうだったんだもん」

 呟くように、それでもはっきりと前向きな言葉を口にした零。それを聞いたジョウはふっと頬を緩めた。

「ほうか……ほな、『おもろそう』やのうて『おもろい』もんにしたろやないか。どうせやるなら楽しまにゃあ」

 切り替えるように、大仰な身振りと態度で笑ってみせる。つられた彼女も軽く笑みを浮かべる。

「ん、うん、そうだよな……頑張ってみる。大したことは……できないかもしれないけど」

「大しちょるかどうかはお前が決めるんちゃうで? ま、一緒に気張ろやないか」

 そう言って彼女の隣に並び、肩を抱く。笑える時には笑っていてほしい。そして笑える時を自分が作れるのなら、極力作ってやりたいとも思う。

 かつては己を偽るためだった。しかし今は違う。誰かを想い、相手を気負わせないために、相手の笑顔に繋げたいがために。

 彼が飄々とした態度を取る理由はそこにある。無論そんなことは一度も口外していないし、するつもりもない。外見的には変わらないのだから。

 今のように、それが結果に繋がるならば、それで良いのだ。

「ぷはは、そうだよな……おう、頑張ろうぜ、主人公?」

 そう言って零がニヤリと笑う。その言葉でまた、ジョウの体が凍りつく。

「……いや、それまだ本決まりちゃうじゃし」

「え? 何で? 真由ちゃんとか言ってたじゃん。諏訪もそう、言ってたし?」

「いやいやいや、ワシやぞ? これじゃぞ? んなもんそこまで表出れるかいや」

 零の正面に移動し、自分を指差しながらまくし立てるジョウ。しかし彼女は臆する様子もない。

「だからこそ、じゃねぇの? いつも裏でやってる人間が表に出る程面白いことはねぇよな?」

 先程受けたことの意趣返しか、ニヤニヤとそんなことをのたまってくる。彼女がイジってくる時のネタは、本気でジョウが苦手とするようなものばかりなのだから始末に負えない。もっとも、普段は同じようなことを零にやりっぱなしであるからして、このような状況に陥ることは身から出た錆と言える。

 だからといって、大人しくやられっぱなしでいるわけにもいかない。

「っかーお前まであっち側か!? お前かて表出れるんけ? 何じゃっけ、鬼役じゃろ」

 何とか追及を逃れるため、苦し紛れに反撃を試みる。相手もこのネタは苦手、のはずだ。

「は!? 俺、は裏方、裏方回るから!!」

 案の定、相手の動揺を誘うことに成功した。

「なっ、お前一人逃げる気か? じゃったらワシかて裏回るぞ、なしてワシ一人恥かかにゃいけんがじゃ」

「大体何で劇の中まで俺とお前がこう、そういう関係になってんだよ!?」

「はぁ? ……っ、知らんがや、諏訪の気紛れじゃろて」

 そういう関係って何のこっちゃとツッコミそうになったが、「劇の中まで」という部分で察した。と同時に、何となく諏訪の意図が見えたような気がして、苦々しげな表情と声が漏れる。

「あーくそ何でっ、い、いいか、俺は、う、裏方に……いくからな……っ」

「ワシかて裏方回りに行くてや。ワシャ主役なんぞ性に合わん、一介の田舎もんじゃき」

「じゃぁ代わりどうすんだよ? 代役、探せんのか?」

「そりゃあ……言いだしっぺに華持たせたろかね?」

 諏訪を示してニヤリと笑う。それを聞いた零も、同じ表情を浮かべてきた。

「ほーう? それはそれで楽しそうだなぁ」

「じゃろ? 別にワシらがやる必要ないじゃったら、そういうの考えてみんのも一興じゃて」

「ふふ、まぁそれもいいな。けど……」

 零が急に声量を落とし、ブツブツと呟きだす。その様子に、ジョウは首を傾げる。

「んぁ、何ぞ言うたけ?」

「んや? 別にぃ」

 何やら気まずそうにまた視線を逸らし始める零。再び顔を覗きこもうとしたジョウだったが、今回は相手の反応も早かった。というか、諦めが早かった。

「ってうわ、分かったよ、覗くなよ!! ……お前の主人公、っていうのも……興味あった、かな、とか……さ」

「んぁ……ほうか?」

 少し肩を落としたような様子で、呟くように告げられた言葉。実の彼女から言われると、少々照れくさいものがある。はにかんだ顔で頬を掻きながら呟くように返答する。

「おう、見てみたいなぁって思ったんだけど……お前が嫌なら仕方ないよな。無理矢理やったって楽しくない、俺らが楽しめないと意味ないんだろうし」

 そんな彼に零は苦笑する。その表情に、僅かながら落胆の翳りを見てとったジョウは複雑な表情を浮かべた。

 自分は表立って何かやるような性分ではない。それは己の名を偽り、長年逃げ続けてきた間に醸成された過去の産物であろう。しかし今、それを理由に彼女の期待を裏切るというのは彼氏としてどうなのだろうか。というか単純に、彼女に残念そうな顔をさせるのは忍びないと思ってしまう。

 そんな逡巡のただ中にいるジョウを見て、零が首を傾げる。

「ん? どうした?」

「……んや、考えといちゃってもええかて、思うただけじゃ」

 とはいえ、流石にじゃあやりますとも言えない。気恥ずかしげにそう言うのが精一杯だった。それを聞いた零の頬が緩む。

「ん、そっか。楽しみにしてるよ」

「っ、期待すなや? やるとは言うてへん」

 視線を逸らしつつ、釘を刺しておく。予想がついていたのか相手の反応はあっさりとしていた。

「知ってる。俺が勝手にそう思ってるだけだよ。あんま気にすんな……ただ、表舞台に立つ主人公の、お前の姿を見てみたいって、そう思っただけだ」

「……それ言うたら、ワシもお前が舞台上がっちょるの見てみたいがな」

 思わず本音を呟く。しかしそれに対する返事は実に軽いものだった。

「はっはっは、お前の言うことはほとんど冗談って知ってるぜー?」

 普段の態度が祟ったようで、本気とは受け取られていなかった様子。自業自得なところもあるため、そのまま冗談で済まされても良いように自嘲気味に言葉を放り投げる。

「……ま、半分はほうじゃな」

「……え、マジ、で?」

 しかし彼女は、しっかりと残り半分の方を気にかけたようだった。それならそれで最初から察しろと言わんばかりに、じっと相手を見据える。

「……嘘だろ」

「半分な」

「お、おう」

 その顔に気付き、呻くように言葉を漏らす零。冗談だと言ってほしそうな顔をしているが、生憎これは冗談ではない。真顔でじっと視線を送り続ける。ようやく本気と悟ったのか、零が気後れしたように一歩下がる。

「……俺はお前を見たいんだよ? 一緒に出てどーすんだよ」

「そこはほれ、劇やったら録画されたりとか」

「いやいやぁ、それじゃあつまんないだろー。やっぱ生で見ないと」

「一緒に出りゃあ生の演技が目の前で見れるが?」

「あはは何を言ってるのかなあ、そ、そんなことしたら俺、演技に集中できないだろうしー」

「……それもそうじゃろな。こっちかて」

 乾いた笑みを浮かべながら逃げの言葉を並べていく零。最終的に言ってきたことは、自分の立場でも一理ある。反論のしようが無くなったジョウは、呟くように言って嘆息した。

「だからほら、な、俺が退いてお前が出るべきなんだよ!」

 我が意を得たりと、何度も頷きながら言葉を続ける零。その様子を見ている内に、ジョウの思考が冷静を取り戻す。

「……ま、出ると決まったわけやないしな」

 配役はまだ正式には決まっていない。自分に言い聞かせるように、言葉に出しておく。

「……そうなんだけどな」

 呆れたように呟いた後、零は一瞬眉を顰める。偶々視線を余所にやっていたため、ジョウがそれに気付く事はなかった。

 ちょうどそこへ、校内中にチャイムの音が鳴り響いた。1時間目の予鈴だ。

「あ、もうこげな時間け。はよ戻らな」

「あっ、ほんとだやべっ」

 二人揃って、互いを見やる。軽く微笑み合うと、それぞれの教室へと戻っていった。


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