盗賊
「流石にその格好は酷いから着替えろ。それに臭いぞ」
野営に向かう道すがら、俺はボロボロになった着ぐるみに対してそう言ってやった。
流石にそんな格好していたら良くて変人、悪くてモンスターに間違われるだろう。
《……うん、流石にこのにおいは俺も我慢出来ない》
かっちんはうなだれながらそう返事をした。
そう言えばコイツ、他にどんな服を持っているんだろう。
俺は爺さんからこの自動修復ローブだけだが、かっちんの着ぐるみは自動修復は付いていないみたいだし何着か貰ったんだろう。
《じゃあ、着替えるわ》
そう言ってかっちんは手を前方に突き出した。
何をやっているのかと思っていたら、その手の先に人ひとり入れるくらいの黒い霧のようなものが出てきた。
そしてかっちんは躊躇いもなくその霧の中に入っていった。
いや、入ってそのまま出てきた。
ただ通り抜けただけだったようだ。
出てきた姿は…………さっきと変わらない着ぐるみ。
いや、元通りに修復された着ぐるみだった。
「いや! 何で!?」
あれ?何でさっきと同じ着ぐるみなんだ?
そもそもあの黒い霧は?
頭の中で疑問がグルグルと駆け巡る。
《うん、これでよしっと、どうした?》
「どうしたじゃねぇよ、何だよさっきのは?」
《ん? あぁ、あれは神の爺さんから貰ったギフトだよ。ほら、変装術ってあったろ? あれって姿形、声色、服装を何にでも変えられる能力なんだよ。それで服装を変えただけだよ》
なにそれ、羨ましい!
「……なぁ、それって。」
《……悪いな、この能力俺専用なんだ。ちなみに防御力はほとんど無いぞ。例え鎧を着ても防御力は変わらないし》
「そうか、でもやっぱり着ぐるみなんだな……」
《おう、基本これでいくつもりだ。本当に必要な時は着替えるけどな》
そんな会話をしながら野営が見える所まできた。
木の陰から集団を様子を伺う。
少し違和感を感じた。
人数はおおよそ五十人程。
男のみで構成されているらしく、女性が見当たらない。
服装にも統一感は無いが、皆薄汚れている。
武器に関しても剣、ナイフ、槍、槌、棍棒、鉤爪などバラバラだ。
唯一揃っている物といえば、頭に巻いている青いバンダナ位だろうか……。
……はい、まごうことなき盗賊さんです。
乱暴な笑い声、漂う食欲を刺激する匂い。
少し視線をずらすと襲撃されたであろう荷馬車の残骸。
恐らく商人の馬車を襲い、そのまま宴会に移ったのだろう。
「おいおい、魔物に続き異世界テンプレ第二弾、盗賊さんの登場じゃないか……」
俺は苦笑いをしながら呟いた。
流石にこの状況は不味い。
たとえ俺達が神の爺さんからチートを貰っているとしても、相手は人間。
先程の魔物の様にはいかないだろう。
魔物ですら命を絶つということで胃の中の物をぶちまけたんだ、ましてや人間なんて……。
ここは関わらないでさっさと離脱して街へ進もう。
そうかっちんに伝えようと顔を向ける。
《…………》
かっちんは若干うつむいて無言になっていた。
着ぐるみのせいで表情は分からないが、何やら考えているようだ。
「なぁ、どうした?」
俺が声をかけるとかっちんは顔を上げて振り向いた。
《……ん? ああ、ちょっとな。…………悪いんだけど、試したい事があるんだ》
「試したい事?」
何だろう……、凄くいやな予感がする。
かっちんはさっきと同じように黒い霧を出して、通り抜けた。
出てきた姿は……。
さっきと変わらない猫の着ぐるみ?
……いや違う!
耳の部分に何か布のような物が巻いてある!
あれは…………、青いバンダナ!?
「うおぉぉぉい!? まさか、お前!?」
《情報収集に行って来ます!》
かっちんはそう言って敬礼すると、一瞬にして野営の中に飛び込んでいった。
何であいつはああも自分勝手なんだ!
あんな得体の知れない物がいきなり現れたら大騒ぎになるぞ!
そう思い追いかけようとした時。
ブルブルブルブル。
右手首に付けていた腕輪が震えだした。
それほど大きい振動ではない。
例えるなら携帯電話のバイブレーション程だろう。
しかしこれは一体……?
恐る恐る腕輪に触ってみるが、一向に振動は止まらない。
ふと赤い石に触れたところ、振動が止まった。
その瞬間。
《お、出たか? おーい、聞こえるか?》
頭の中にかっちんの声が響いた。
「え? は? 何だ!?」
俺は何処から聞こえてきたのかと、キョロキョロ周りを見渡した。
《おぉ!? 聞こえた聞こえた! ちょっと腕輪についてるっていう通信機能ってのを使ってみた。今宴会場の横の木の陰に隠れてる》
「……あぁ! 爺さんが言ってた腕輪の能力か!」
《へぇ、口に出さなくても頭の中で考えるだけで通話出来るみたいだ》
何やら腕輪の機能を試したようだが、俺にとって今はそんなことどうでもいい。
とりあえず文句を言うことにする。
口にしなくても言いようなので頭の中でめいいっぱい大音量になるようにイメージして……。
(テメェ、いい加減にしろよ! 何でいつもいつも勝手に行動しやがる! 人の迷惑考えやがれ! 盗賊だぞ!? 殺されるかもしれねぇんだ、いくら爺さんにチート貰ったからって過信すんじゃねぇ! 分かったらとっとと気付かれねえ内に戻って来い!)
俺は積もり積もった感情を腕輪越しにぶちまけた。
《ぐああああああ!? 痛い痛い、頭が割れる~!!??》
かっちんは頭の中に響き渡る大音量で悶絶しているようだ。
当然の報いだな。
《うぐぅ、スマン。次から気をつける……。だけど今回は少し任せてくれないか? 本当に何とかなりそうなんだ。危なくなったらすぐに逃げっから……》
……かっちんにも何か考えがあるみたいだな。
(チッ……分かったよ。本当にヤバくなったら即撤退しろ。何かあったときにフォローできるように通話はつなげっ放しでな!)
《了解》
そう言ってかっちんは盗賊の宴会場に入っていった。