閑話 ギルド
「マグさん。これ今日の上がりな」
アキラはそう言うと腕輪から紙の束とギルドカードをギルドの受付の中年女性の前に出した。
「今日も沢山こなしてきたねぇ、こりゃいつもの如く精算が大変だよ」
マグさんと呼ばれた女性はハッハッハと豪快な笑い声とともに目の前に置かれた依頼達成書を奥に持って行った。
「あ、お兄ちゃん。お帰りなさい」
女将さんが奥に入って行ったと同時にユイが二階の宿泊部屋から降りてきた。
「ただいま。あぁ、疲れたよ」
アキラがそう言いながら右手で左肩を揉みながら溜め息をついた。
「クスッ、じゃあ今から部屋でマッサージしてあげるね」
ユイは笑ってアキラの腕をとって二階に引っ張っていった。
黒神明が奴隷であった少女のユイと行動を供にして二週間が経っていた。
あの後森を抜け、街道に出てから向かったのは奴隷商が向かっていた方向とは真逆。
簡単に言えばユイが連れてこられた元の道を辿ることにしたのだ。
奴隷商と同じ道を進めばまた出会ってしまう恐れもあり、そもそもユイを家に送る事も考えれば来た道を戻るのは当然の事だったのだ。
そして道中。
夜間寝る時には主にアキラが見張り、ユイが起きる頃に入れ替わりにアキラが短時間睡眠をとるということにした。
アキラは元の世界では二徹三徹する事もあったので特に問題は無かった。
食事は主に木の実、小川を見つけてはアキラの魔法で取った魚、食べられそうな野草、鳥の巣から拝借した卵などだった。
アキラが驚いたのユイが作る料理だった。
ユイは調理器材など無いにもかかわらず在る物だけを使い、香草で臭みを取ったり、味付けに粉末にした木の実を混ぜたりとテキパキと手馴れた様子で料理を作っていく。
味も当然のように美味かったのだ。
しかし、アキラは断固として野草の類は口にしなかった。
何故ならアキラは……野菜類が苦手だったのだ。
ユイはその事を知った瞬間、猛禽類が獲物を狙うような目をし、その目を光らせた。
それから街に着くまでの間アキラとユイの野菜・野草の事での攻防が続いたのだった……。
そして三日目にして街に着いた。
まず向かったのはその街の宿屋。
とりあえずそれっぽい看板のある周りより比較的大きな二階建ての建物に入ってみた。
中に入ると十人程がつける長テーブル、その先に受付があった。
「おや? お客さんかい、珍しいねぇ」
受付の奥から声が聞こえてきた。
二人が声のするほうを見ると、そこには恰幅のいい中年の女性がいた。
「ようこそ『ギルド マグの宿屋』へ」
そう言ってニカッと笑った。
「「?」」
アキラとユイは二人揃って首を捻った。
ギルドなのか? 宿屋なのか?
そんな風に疑問符を浮かべていると、受付さんは心底可笑しそうに笑った。
「あっはっは、いやゴメンよ。初めて来る人は皆あんたらと同じような反応をするのよ。では改めて、此処はギルド兼宿屋の『マグの宿屋』。あたしは此処の経営者のマグさ」
マグさんは改めて挨拶をした。
「あ、ああ。俺はアキラ・クロガミ、旅の者です。こっちは義妹のユイ。実は宿には泊まりたいんですけど金が無くて、どこか稼げる所がないか聞こうと思って入ったんですがギルドでもあるなら丁度良かった。何か仕事はありませんか?」
そう、アキラは異世界から来たばかり、ユイに関しては奴隷であった事もありお互いに無一文であった。
「ギルドカードは持っているかい?」
ギルドカード?
ああ、小説とかでよくある身分証代わりに使えるアレか。
「いえ、持ってないですね」
「ああ、初めてかい。それじゃあ登録しておくれ。この紙に名前、年齢、属性、技能、あとこの備考欄には公開してもいい情報があれば書いとくれ。それと宿なら一泊までなら後払いでもかまわないよ、食事もね」
そう言ってまたマグさんはニカッと笑った。
本来なら泊まり逃げする可能性もあるので宿泊するには先払いが当然なのだが、マグさんはそう言ってくれた。
ただ人が良いだけなのか、はたまたこの客は逃げないと確信したのかはわからないが二人はその好意に甘える事にした。
アキラは感謝の気持ちを込めつつ、早く稼いで返したいと思った。
渡された紙に情報を書き込む。
だけど、神様から貰った能力をバカ正直に書き込むわけには行かないのでギフトの件は書かないでおく。
名前 アキラ・クロガミ
年齢 25
属性 闇
技能 剣術・格闘術・魔法
「じゃあ、これで」
書き込んだ紙をマグさんに渡した。
「はい、これで登録は終了だね」
紙をしまった後にマグさんは一枚のカードを渡した。
カードにはFとだけ書かれておりその下には四角い枠があった。
「その枠に指を添えて魔力を流しな。それでギルドだけだが証明証代わりになるよ」
言われたとおりに魔力を流す。
するとカードが淡い光を放ち、ゆっくりと消えた。
見ると枠自体が消えてFと書かれただけのカードになった。
「それを各ギルドにある水晶に魔力を流しながらかざせば、本人なら水晶が青に別人なら赤になる。まあ単にランクの本人確認するためだけだね。依頼終了時にギルド職員に渡せばカードに依頼ごとに割り振られているポイントを入れてくれる。そのポイントが基準に達していればランクが上がりカードの文字が変化するのさ」
とまぁこんなもんかな。と言ってマグさんは説明を終わらせた。
「じゃあ次は依頼だね」
マグさんはそう言いながら奥から持ってきた紙の束をドンッと机の上に積み上げた。
「「!?」」
アキラとユイは向こう側にいるマグさんが見えないくらいに積み上げられた紙の束を見て呆気に取られた。
尋常じゃない量だ。
「な、なんですか? この量は……」
「実を言うとねぇ、この街には冒険者が居ないんだよ」
紙の束の横から顔を出したマグさんは困った顔をしてハアと溜息をついた。
「正確には居なくなった、だね。この街を治める子爵様が冒険者全員を私兵団に引き入れちまったのさ。冒険者で不安定な収入よりも、いい給料で安定する私兵団の方が魅力的なんだろうね。その所為で街の人達の依頼が減らずに溜まっていく一方なんだよ」
そう言った直後、アキラの目を見る。
「という事だからこのギルドにはアンタしか冒険者がいない。頑張って依頼をこなしておくれ!」
そしてニィっと笑った。
アキラの額からはタラリと汗が零れ落ちていった……。
補足として本編では無かったギルドのシステムについての描写も書きたしました。