プロローグ
カチ、カチ。
モニターに映る文章を読み進めていく。
毎日の日課、心が休まるひと時だ。
仕事から帰ってきてから夕飯後のまったりタイム。
観ているのはWEB小説のサイト、お気に入りの小説が更新されるのが毎日楽しみでしょうがない。
最近は特に異世界ファンタジー系がお気に入りだな。
「ふう、終了~っと」
更新された小説を読み終わり、毎日ランキングを確認する。
「ん~、今日は特に目新しそうなのは無いか……」
トゥルルルル……。
不意にテーブルに置いてあった携帯が鳴り出した。
表示には、『梶先輩』と出ている。
「おっす、どーしたー?」
俺は先輩に対してとてもフランクに出てみた。
『お~す、相変わらず先輩扱いしないなぁヒロトは~』
「今更じゃんか、何年の付き合いになるよ?」
梶先輩……。いや、『かっちん』とはもう小学校からの付き合いで、今更年上扱いできない。
歳はいっこ上で中学、高校と同じだった。
まさかの卒業後に入った会社も同じだったのは腐れ縁度合を示している。
今は事情があってお互い仕事を変えて別の職場に行っているけど、あまり関係ないので置いておこう。
「で、どうしたん?また愚痴か?」
かっちんは所謂ブラック企業に入ってしまって度々電話で愚痴を吐いている。
何度ももう辞めれば?って言っているのに……。
『ちげーよ、何かオススメの小説無いか?この間教えてもらったやつ読みきっちまったからさ』
実はかっちんも俺の読んでるWEB小説サイトにハマっててお互いのオススメ小説を教えあったりして盛り上がっている。
「そうだな、今かっちんも異世界物にハマってんだよな? 転生物?トリップ物?」
転生は異世界で新たに生まれ変わっての物語。
トリップは現在の肉体のまま異世界に飛ばされる、もしくは召喚される物語。
俺は断然転生物が好きだ。
トリップ物も嫌いではないけど、やっぱり転生物のほうがいい。
『トリップ物で頼むわ。特にがっつりとチート満載のやつ』
かっちんはトリップ派だった。
しばらく小説の話しで盛り上がっているとかっちんが一言呟いた。
『あ~異世界行きたいわ~』
きっと誰しもが考えるような話題になった。
「行ったところで生き抜く自信は無いな~……」
『そこはほら、神様とかからのチートでさ』
「チートはいらないな、出来れば転生して一から努力して強くなりたいわ。それで努力次第でどこまでも強くなれる才能がほしい」
『その才能がチートじゃん!』
「あははは、ってもうこんな時間か、明日も仕事だしそろそろ寝るわ」
『りょうか~い、じゃあまたな~』
通話を切り、携帯のディスプレイを確認する。
気付くと時間はとっくに日付けが変わっていた。
「明日も、って言うか今日か、仕事かぁ……。さっきの話しじゃ無いけど異世界とか憧れるわ」
そう呟いてベッドに潜り込んだ。
まさかここからあんな事になるなんて思いもよらなかったが……。
「お~っす、お疲れ~」
土曜日の夜、かっちんが俺のアパートに来た。
仕事が終わった後、かっちんから連絡がきて、夕飯食べに行こうと誘われた。
お互い明日は休みなので、そのまま泊まっていくらしい。
「お前に教えてもらった小説、面白かったわ。ああいうスキルとかチート能力いいな。作者もよく考えられるな~」
今回薦めた小説は異世界もので主人公が無双する、所謂俺TSUEEE物だ。
俺的にもなかなか面白かった。
バトルの描写も細かく書かれていて、わかりやすい上に読みやすかった。
ギャグ性も高く、かっちん的にはそこがツボだったようだ。
ちなみに俺は努力して強く成長していく王道物が好きで、かっちんは邪道で笑いがメインの物が好きだそうだ。
とりあえずパソコンを立ち上げて小説サイトを開いた。
二人でモニターを覗き込み、面白そうな小説を探してみる。
「ん? おい、こんなのあったか?」
かっちんがサイトのトップ画面に何か見つけたらしい。
『異世界に行こう』
サイトのメニューの1つにそんなのがあった。
新しく追加されたのか?
おそらく最近異世界物が多くなってきて専用のリンク先でも出来たんだろうと思い、俺は何気なくその項目をクリックした。
するとその瞬間モニターから目がくらむ程の光が俺達を照らした。
しばらくすると光が収まってきたようなので、あまりの眩しさに閉じていた目をゆっくりと開いた。
周りは白い空間が広がり何も無い。
目の前には異世界物小説お馴染みの白髪白髭の爺さんがいた。
「やあ、斉藤ヒロト君。こんばんわ」
爺さんはニコッと笑うと穏やかな顔で挨拶をしてきた。
「あ、はい。こんばんは……」
俺はまだ状況が掴めていないがとっさにそう返していた。
「いきなりで申し訳ないのぅ。ゆっくり考えてよい、今の状況が何なのか分かるかの?」
そう爺さんが言ってきたので考える事にした。
これって小説でいうテンプレ的なあれだよな……。
でも、まさか、いや実際起きてるし……。
「……異世界に行くんですか?」
そういうと爺さんはさらに目を細めて笑うと、
「ほっほ。やはり小説サイトを媒体にしてよかったわい。理解が早くて助かるのう」
そう言うと何処からともなく二つ椅子を出してきた。
「まぁ掛けなさい、説明しよう」
「はぁ……」
「ワシは第三世界の……、君達から言うところの異世界の管理人。分かりやすく言うと神じゃ」
うん、テンプレだな。
たぶんこの後、魔王を~とか、世界の安定を~とか言うんだろうな。
「別に魔王を~とか、世界の安定を~とか言わぬが、一つ頼みたい事があるんじゃ」
心を読まれた?
でも違うのか……、だったら何だろ?
「ちょっと神界から地上に神器を落としてしまってのぅ。それを取って来てほしいのじゃよ。ワシの世界の者は神界には呼べんのでな、頼む事ができん。なので異世界のおぬし達を呼んだのじゃ」
なるほどな。……あれ?
「そういえば俺と一緒に居た奴はどこです?『おぬし達』って事はきているんですよね?」
「うむ、彼にも説明しているわい。こことは別の空間でな。向かってもらう世界で合流してもらうつもりじゃよ」
「なるほど、分かりました。……ところで俺達は異世界に行くにしても、元の世界はどうなっているんですか?」
「安心せい。元の世界ではおぬし達は健在じゃわい。今もパソコンの前で「異世界行きたいよな~」といっとるわ、今ここに居るおぬし達は所謂コピーされた存在じゃよ」
コピー……? 俺は偽者なのか?
「偽者ではないぞ。おぬしはおぬし、本物じゃ。しかし申し訳ないがもとの世界には帰れん。それはすまない事をした。その代わりお詫びとは言ってはならんがおぬし達が言うチートとやらを授ける。3つの神の能力も渡そう。やってはくれんか?」
……まぁ、もともと異世界に行ってみたいって言う願望はあったからな。
チートもくれるっていうし、やってみるか。
「分かりました。やってみます」