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刹那に色を  作者: はるの そらと
春ノ章 ユウ
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四.同じ日は二度ない(二)

「それじゃ、行ってくる」

目をこすりながら、玄関を開ければ、流れ込んできた冷たい朝の空気に、眠気が吹き飛ぶ。

春先の朝晩は冷え込む。首をすくめながら外に出た。

「ユウ君、行ってらっしゃい」

 玄関まで見送りに来た小梅が、声をかけてきた。

 小梅の見送りはいつものことである。でも、その日はふと思うことがあり、少しその場に留まった。

「そういえば、あいつはいいのか?」

「あいつ?」

「……奏だよ」

 朝起きたときは、すでに部屋にいないようだった。朝食のときもいたし、あいつも大学なり仕事なりに行くのかと思ったんだけど。

「あー。別にいいんじゃない?」

 小梅は、どうでもよさそうに答えた。

「なんだ? 昨日無視されたこと怒ってるのか?」

「別にそんなんじゃないよ」

 そっぽを向いて答える小梅の様子がおかしくて小さく笑った。

「ユウ君、笑っている場合かな?」

 わざとらしくにこにこ笑う小梅。嫌な予感が……と思った矢先、小梅は玄関に置かれた置時計を指差した。

 ――やばい。

「遅刻しないでねー」

 呑気な声音が背後からかけられた。

 ちらりと背後を振り返れば、片手を振りながら見送る小梅の姿が目に入った。

 朝、時間に余裕があっていいよなと思いながら、走りにくい砂利道を駆ける。境内をあまり走るなと言われているけど、今はそんなの構ってられない。

 小梅は学校に行ってない。通うとしたら小学校だろうけど、本人の学力は申し分ないのだから、別にいいのだろう。僕が首を突っ込むことでもない。

 リズムよく、石階段を駆け下りたあと、舗装されたコンクリートの道を小走りで行く。未だに朝方は肌寒いが、空を見上げれば、春の象徴の一つ、ツバメがくるんと回りながら飛んでいた。


   ◇


 教室に入れば、川野と山崎が僕に気が付いた。

「おはよー、風早」

「おはようさん」

 まだまだ余力のありそうな二人とは対照的に、僕は自分の席に座った途端、机の上に覆いかぶさった。

「帰宅部って運動部だったんだな」

 笑いを含んだ声音が、頭上から降ってきた。

 組んだ腕の間からのぞけば、口角を上げた山崎の顔が目に入る。

 少しは労わる努力をしてくれ、と思いながら、大きくため息を吐いてやった。

「毎朝欠かさず朝練ですよー、帰宅部は。運動部で一番きつい部活だろうな」

 そう答えると、「しかも部員数一人だもんな」と川野が便乗してきた。途端、大きな笑い声が耳に突き刺さった。

「風早、ぼっち部活動とか……ぶっは」

 笑いをこらえようと口を押える山崎を尻目に、ぼんやり窓の外を眺めた。ここは三階の教室。外の様子がよく見える。

「何見てるんだ?」

 笑いこけている山崎を無視し、川野が尋ねてきた。

「桜」

 窓の外に視線を向けつつ答えると、今度はガタンと机が動いた。

「枯れ桜、何か変化があったのか!」

 机に手をつき、先程とは打って変わって感情を滲ませた声で尋ねてくる川野の言葉を、片手で振り払いながら答えた。

「ないない。あったら真っ先に教えてやるって約束したじゃないか」

 ……一方的にさせられたものだったが。

「それもそうだな」

「まったく、川野はそういう不思議話好きだよな。飽きないか?」

 頬杖をつきながら尋ねれば、川野の表情が変わった。

 やばい、スイッチ入れたか?

「飽きるわけないだろ。科学じゃ証明できない現象、その裏にあるヒューマンドラマ。どこをどう見れば飽きることができる?」

「あ、ああ。……そうだな」

「そういう点では、風早んちは最高なんだよ。枯れ桜に白龍の瀧、神社」

「……へ、へえ。そうなんだ」

「そうなんだよ! どうして風早は興味ないのか理解できないね! オレが風早の立場なら時間の許す限り枯れ桜を観察する」

「……あ、ははは」

 こうなってしまっては、川野を止める術はない。

 早くチャイムが鳴らないか。

 視線は時計に注がれていた。

「そう言えばさ、駅前の大通りの近くに時計屋ができたの知っている?」

 笑いの国から戻ってきた山崎が、話に割って入ってきた。

「知らないな」

 興が削がれたのか、川野のぼそりと答えた。

「風早は?」

 山崎に尋ねられ、頭を左右に振った。

「なんでも結構レトロな雰囲気な店らしい」

「行く予定でもあるのか?」

 そう聞けば、山崎は頭を振った。

「あるわけないだろ。時計とか必要性を感じないし」

「今はケータイがあるからな」

 同意するように川野が言う。

「まあ、風早は行くことがあるかもしれないじゃん? ケータイ、持ってないんだろ?」

「まあ、そうだな」

 窓の外を眺めながら、ぼそりと呟いた。

「風早もケータイ持てよー。そうしないと連絡するのも面倒だし」

「電話でいいだろ?」

「家電とか今時ないって」

 山崎が苦笑を浮かべた。

「そういうもんか?」

「そうだよ、風早はそこんとこ疎いって」

 笑い上戸の山崎にあれこれ言われてるが、どれも反論する気力も湧かない。

「風早は、ある意味『自分は自分。他人は他人』を貫き通している今の時代には珍しい人種だからな。……そのうち天然記念物に認定されるんじゃないか?」

「え? 風早が天然記念物? ぶふぉっ」

 真面目な声音で川野が言ったせいで、再び山崎にスイッチが入ってしまったようだ。

「……おい川野。お前わざと山崎笑わせているだろ」

 腹を抱え、机からずり落ちる山崎を一瞥すると、俺は川野に疑いの視線を向けた。

「山崎は、からかいやすいからな」

 そう言って、にやりと口角を上げるのを見た瞬間、背筋が粟立ったのは言うまでもない。

 ……こいつだけは絶対に敵に回したくない。


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