二.耳を澄まさなくても、聞こえた
放課後。
部活動へと急ぐ同級生を横目に、ノートや教科書を鞄に放り込んだ。机の中に置きっぱなしでもいいのだが、あのヒビの正体がわかるまで私物を置いたままにしたくない。
「なあ風早、本当に部活入らねえの?」
机に顎を乗せ、山崎が上目遣いで聞いてくる。もう耳にタコができるほど聞いた台詞だ。
「まあ。今更って感じだし。それに当番のときは部活なんてできないし」
うなり声を上げて渋々離れた山崎に「また明日」と声をかけ教室を出た。
僕は俗に言う帰宅部だ。山崎の誘いはありがたいが、やりたくてもできないのだからしょうがない。
――僕の住む場所は、学校からそれなりに遠い場所にあるのだ。
大通りから小道、そして山道へと歩みを進める。自転車があればいくらか楽なんだろうなと登下校中、毎回思う。
道端の石ころが、足に当たって遠くへと転がった。コン、と地面とぶつかる音が耳に届く。
ふと視線を上げても、目に映るのは木ばかり。今度は鶯の下手な鳴き声が耳に届いた。
世俗とかけ離れた場所とは、こういうところを言うのだろうか。
赤くなった空を見上げ、一人思う。
おそらく、あの高校で通学に一番時間をかけている人間なんだろうな。
視界に入ってきた朱色の鳥居をくぐれば、見上げるほどある石階段。
一歩一歩、踏みしめるように階段を登る。ところどころ苔に覆われた石階段は、長い月日を物語っていた。それを慣れた足取りで登れば、再び鳥居が出迎える。
しかし、鳥居をくぐることなく、石階段からわきの道へとそれた。舗装された道ではない。けれど何度も何度も歩いたせいか、土はならされ、心ばかりの道ができあがっていた。
家に帰るには、正面を行くよりこちらの方が早い。
じゃり、と静かな境内に音が響いた。
ここは、この町で一番古い神社。その境内の一角に位置する家が、僕の帰る家である。正面からでは見えない位置にあるため、ほとんどの参拝客が気づかない。
まだ冷たい風が髪を撫でる。同時に芽吹いたばかりの新緑を揺らした。さわさわと軽やかな音を奏でる。
この小さな田舎町にとって、この水宮神社は町にとってなくてはならない存在だ。しかし、だからといって多くの参拝客が来るわけでもない。むしろ人が来る方が珍しい。でも、街に行けば声をかけてくれる人がいる。どれほどこの神社が慕われているのかちょっとだけ実感できる。
それでも、高齢化が進むこの町の人からすれば、長い石階段や町外れに位置していることからも、ここまで参拝に来るのは難しいのだろう。
そのせいか正月などの年行事を除いて、ここはいつも閑散としていた。
聞こえるのは風の音、鳥のさえずり。そして――。
カラン、コロン。
絵馬の奏でる澄んだ音色。それが、境内に響き渡る。
カラン、カラン、コロン――。
再び風が吹いた。さっきとは違い、どこかほんのりと暖かみを感じる風だ。
春が近い。
カラ、カラ、カラ――。
変だなと首を傾げた。
もう、風は止んでいる。それなのにまだ音が聞こえる。
カラン、カラン、カラン――。
誰かいるのか?
そのまま家に帰ってもよかった。けれども気づけば絵馬殿まで足を伸ばしていた。
理由を聞かれてもわからない。そういう気分だったとしか答えようがない。
僕は音に導かれるようにして、絵馬殿へと向かった。
カラン、カラン――コロン。




