携帯電話?
「コレやるよ」
ミチタカがくれたのは、小さな携帯電話だった。
「これで、いつでもお前と話せるな」
「うん!」
私は、いつでもミチタカと話せるんだと思って、とっても嬉しかった。
その時から、その携帯電話は私の宝物だった。
◇携◆帯◇電◆話◇
◇携
「え〜? それってホント?」
ミチタカは楽しそうに笑う。
私もそれに釣られて笑う。
尻に敷いたクッションの位置を直しながら、電話を持ち直した。
彼との電話は、私の中で心の支えだった。
「そんなことあるわけないじゃん」
他愛ない会話。それが私にとってかけがいのないものだった。
ミチタカは仕事の都合で地方に居るらしい。もう半年もあっていない。
でも、三年前にくれた携帯電話があるので寂しくはない。
だから、私は週末になるとミチタカに電話する。
何時間も連続で、一切の休みも入れずに話し合う。お互いの近況とか、自分がどれだけ……相手を好きなのかを。
その時間が、一番幸せだった。
◆帯
「あの、機種変お願いします」
私は携帯電話を変えることにした。
声が聞こえ辛かったり、良く勝手に電源が落ちたりするのだ。
友達も不便だし買えというし、仕事用にも使えない。
「どちらで」
「この、赤いやつで」
色々支障があったので、私は泣く泣く携帯を変えることにした。
可愛らしいデザインの、赤い携帯だった。
「お持ちの携帯はこちらで再利用できますので、お預かりしてよろしいですか?」
店員の人は機種変更が終わるとそんなことを聞いてきた。
例えコレが携帯として話が出来なくても、これは私の宝物だ。
「いえ、彼からのプレゼントですから」
◇電
『つー……つー……つー……』
何度掛けても通じない。
何度掛けても、ミチタカは電話に出ない。
番号は変わっていないし、ミチタカも私の番号を登録している。
私は不審がって、彼の実家に電話を掛けた。
「こんにちは。あの、コムロです。ミチタカさん、何かあったんですか? 携帯、繋がらなくて」
「ああ、コムロちゃん?」
おばさんの声。
「何言っているの? ミチタカは半年前に亡くなったじゃない」
私は絶句した。
◆話
私は最愛の人が亡くなっていたと知って、必死に電話を掛けた。
新しい携帯電話ではなく、古い塗装の禿げた携帯電話。
地のプラスチックを残らず剥ぎ取るように、必死に握ってその番号へかける。
これは、私とミチタカを唯一繋いでいた電話だ。
だから、例えミチタカが天国に居たって、私とミチタカを繋いでくれるのだ。
今までだって、ミチタカと私を繋いでくれていた。
だからきっとこれからも、そしていつまでも。
この電話は私の心の支えになってくれるし、私を慰めてくれる。
「お願い、でてよぉ……」
彼の彼の声はない。
聞こえてくるのは、
『つー……つー……つー……』
◇
「なぁ、あの子。まだ篭っているのか?」
「ええ、週末はいつも篭っているのよね。まだ、立ち直れないのかしら」
「いっその事、アレを取り上げてみたらどうだ? 半年前に壊れてたんだろ?」
「駄目よ。癇癪を起こして暴れて塞ぎこむだけよ。宝物だって言っていたし」
「今までもそうだったが、今はさらに酷いな。どうにかできないかな」
「道隆君が死んで、立ち直ったと思ったらこれだもの」
「普段はなんともないのにな」
「でも、ずっと前から携帯電話を当てて独り言いっていたわ」
「なんだ? 壊れてないんじゃないか?」
「いいえ、壊れてたわよ。耳を凝らして聞いても、携帯電話からはなにも聞こえなかったわ」
私は聞く。
一人暗い部屋で。
携帯電話を耳に当てる。
聞こえてくる。
『つー……つー……つー……』
◇了◆