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美奈子ちゃんの憂鬱

美奈子ちゃんの憂鬱 夜と秘密とお楽しみと

作者: 綿屋 伊織

 暑い!

 とにかく暑い!

 今年の夏はとにかく暑い!

 こういう年に限ってエアコンも扇風機も壊れる!

 都会でエアコンなしで過ごせなんて、自殺行為だ!

 葉月生まれの葉月育ちの私にとって、実家というか、帰省するところも葉月。

 つまり、帰省で涼しいところへ。なんてことがない!

 沿岸部である葉月はとにかく暑い!

 おかげで私の家は蒸し風呂状態だ。

 お父さんはお盆返上で仕事というけど、職場はクーラー効いてるだろうし……。

 お母さんは元々暑さが平気というし、お父さんが買った子供用プールではしゃぐ葉子がうらやましい。

「本当……あんなに真っ黒になっても何の心配もいらないんだものねぇ」

 水を張ったタライに足を突っ込んだお母さんが、葉子を眺めながら縁側からため息をつく。

「クーラー買おうよぉ……」

「お父さんのボーナスが少なかったから仕方ないでしょう?」

 お母さんは団扇をパタパタさせながら言った。

「―――それとも、クーラー分、あんたの小遣いからさっぴいてもいいっていうなら、話は別だけど?」


 そんな夕方。


 私は葉子を連れて水瀬君の家に遊びに行った。


 カナカナカナ


 少し時季外れのヒグラシが鳴く夕暮れ。

 さすがにこの頃になれば幾分涼しい……はずなのに。

「暑い」

 私は汗を拭いながら石段を上りきった。

 本当、この石段、急だし段数多いからイヤ。

 何で葉子が平気なのか、不思議でならない。

「到着ぅ!」

 最後の石段を登りきった葉子がバンザイの姿勢で大声でそう言った。

 その声が聞こえたんだろう。

 玄関先で水打ちをしていたルシフェルさんが微笑んでいた。


 庭ではすでにみんなが集まっていた。

 羽山君と涼子さん、秋篠君に水瀬君。南雲先生に未亜といういつもの面々の他に、めずらしい人がいた。

 品田君だ。

「おう。来たか」

「こんばんわ。葉子ちゃん。随分真っ黒になったわねぇ」

 羽山君と涼子さん、そろいの浴衣姿。うーん。涼子さんのオトナの色気はマネ出来ないなぁ。

 その涼子さんにアタマをナデナデされた葉子はご満悦だ。

「葉子ちゃん?後で花火しようか」

「いいの?」

「うん。お姉さんが花火用意してあるからね?」

「うんっ!」

「へぇ?これが桜井の娘か」興味深そうに葉子のアタマを撫でたのは品田君。

「妹だって」

「ま、どっちでもええがな」

「えくない!」

「葉子ちゃん。初めまして。コージー品田や」

「品田……おじちゃん?」

「誰がやねん!」

 軽い突っ込みに葉子はおもしろがっている。

 手のスナップを一生懸命マネしようとしている。だめよ葉子。教育上マズイから。

「関西人のツッコミを教育上悪いと何事やねん!」

「そう言えば品田」思い出したように羽山君が言った。

「お前、実家大丈夫なのか?」

「ああ。ええねん」品田君はうんざりした顔で言った。

「このクソ暑い中、法事でかけずり回らされたら身がもたんわ」

「あれ?品田君の実家ってお寺?」

「ああ。桜井、知らなかったのか?コイツの家、かなりデカイ寺なんだぜ?」

「じゃ、跡取り」

「ワイは跡なんてとらん」品田君はきっぱりと言った。

「弟がおる。アイツが跡とればええ」

「賢兄愚弟の正反対」イタズラっぽく涼子さんが言う。

「姉さん……そりゃキッツイで」

「でもその方がいいわ」私は言った。

「品田君がお経なんて唱えたら、仏さんにとっちゃ、漫才聞かされてるようなものよ。絶対」

「なんでやねんっ!」

 ……だから葉子。そのツッコミ、マネしちゃダメだって。

 そんな時、

「羽山!」

 南雲先生が裏手から持ってきたのは、長い竹。

「そっち持ってくれ!」

「ウッス!」


 その間に秋篠君がホースで水を用意している。


 そう。今回の集まりはズバリ“流しそうめん”。


 やっぱり、これが日本人の風物詩だと思う。


 水瀬君が味を全部調合したというけど、そうめんは本当に絶品だった。

 みんなで代わる代わるに流す当番についてそれを順番に食べたけど、流させてくれたり、一番に食べさせてくれたりと、葉子をみんなが可愛がってくれたのが、姉としてとても有難かった。

 みんなに感謝!


「はぁ……喰った喰った」

 食後は、冷えたスイカをかじりながらみんなで騒ぐ。

「やっぱりぃ、みんなで食べると美味しいよねぇ」

 未亜じゃないけど、その通りだと思う。

 葉子が花火を楽しんでいるのを見ながら、私は未亜に言った。

「流しそうめんなんて、本当に誰が考えたんだろうね」

「企画は私じゃないよ?」

「そうなの?」

 ヘンだな。

 こういうの、一番に考えそうなのは未亜なのに。

「誰?」

「羽山君」

「―――へぇ?」

 一瞬、涼子さんの手料理に飽きたのかな?と失礼なことを考えたけど、そんなハズないし。

「羽山君がねぇ」

「うん。夜は、男同士で騒ぎたいっていうのもあるみたいだけど」

「それって」嫌な予感がした。

「お酒?」

「南雲先生が大目に見てるんだから……いいんじゃない?」

 教師公認の未成年飲酒……いいのかなぁ。


 夜―――葉子は八時過ぎには寝てしまったけど、私達の時間はこれからだった。


 葉子と一緒に寝てしまおう。

 私はそう思ったけど、逃げられなかった。

 何が起きた?

 ……夏の夜風物詩だ。


 ホラー映画鑑賞会。


「だから!」

 私は泣きそうになりながら嫌がったけど、結局最後までつき合わされた。

 みんな、葉子にはあんなに優しいのに……ヒドイ。

 そんな中、妙に気になったことがあった。

 何だか、一緒に見ている男の子がヘンにソワソワしている。


 女の子と一緒。


 何かやましいことでも企画しているんだろうか?

 そう考えたけど、すぐに否定した。

 羽山君は涼子さん。秋篠君はルシフェルさんという、熱愛中の相手がいる。考えられない。

 ホラーが怖くてちらちらと見ていたけど、特に羽山君と品田君が中心らしい。

 耳をそばだてていたら、


 デッキ。

 お楽しみ。

 集合。


 そんな言葉が聞こえてきた。

 何を意味するかわからないけど、別に誰かに被害がなければそれでいいかな。と、私はあまり気にしなかった。

 というより!ホラー映画なんて何で見たがるのよぉっ!


 夜、女の子はみんな同じ部屋で寝た。

 みんな平気な顔で寝てるけど、ホラー映画なんて見せられた私は、怖くて眠れない。

 ううっ……暗闇が怖い。障子の向こうから何かが来るようでヤダ。

 きつく目をつむって羊の数を数えるけど、どうしようもない!

「眠れない?」

 心配そうな声をかけてくれたのはルシフェルさん。優しいな。

「う……うん」

「映画のせい?」

「う……うん」

「ラブロマンスで興奮した?」

「あ、あれホラー!」

「えっ?」ルシフェルさんはちょっと考えてから言った。

「ああ。でもラブロマンス要素も強かったでしょう?私、感動したけど」

「私は気絶しそうだったよ」

「ふふっ……大丈夫だよ」そっ。とルシフェルさんの手が私の額に触れた。

「ここ。対霊防御スゴイから、下手なオバケなんてあの石段を越えることすら出来ないんだから」

「そ、そうは言われても……」

 むくっ。

 突然、布団から起きあがったのは涼子さんだ。

「ご、ごめんなさい。起こしました?」

 私はすぐにお詫びしたけど、

「ううん?ずっと起きていた」

 涼子さんはそう言って静かに立ち上がった。

「ど、どうしたんですか?」

 しっ。

 涼子さん、口元に指を立てて言った。

「どうもおかしいのよ―――光信の様子が」


 そぉっ。

 私達は足音を立てないよう、静かに廊下を歩いた。

「昨日、品田君からメールが入ってからなのよ」

 涼子さんは小声で言った。

「それで突然、水瀬君や秋篠君と連絡とりあって、それでここに泊まることになったの」

「そういえば、決まったのは急でしたね」とルシフェルさんも不思議そうな顔をする。

「でしょう?それに」

「それに?」

「品田君の持ってきた黒いバックの中身を見て品田君だっけ?彼と笑い合っていたし」

 そりゃ不気味だ。

「じゃ、羽山君達」

「うん」

「にゃあ。……考え過ぎじゃない?」眠い目をこすりながら未亜が言った。

「だって、男子がいる部屋、南雲先生もいるんだよ?例えば、ヘンな薬とかだったら南雲先生に殺されるよ?先生、そういうのスゴイ厳しいんだから」

 そりゃそうだ。

 南雲先生、アバウトだけど社会的なルールにはものすごく厳しい人だから。

「そうなんだけどねぇ」涼子さんはまだ納得出来ない様子で言った。


「でも、何か気になるのよ―――女として」




 長い廊下を折れた先。

 廊下のあちこちに設置された間接照明のおかげで暗さだけはそれほどじゃない中、私達は静かに進んだ。


 そして―――

 男子が寝ているはずの部屋。

 その障子の向こうからは、薄く灯りが見えたと思ったら……。

「!?」

 私はその音を聞いた途端、凍り付いてしまった。

 間違いない。


 女の子のアノ声だ。


「ち、ちょっと?」

 私は思わず涼子さんの顔を見た。

「ど……どういうこと?」

「……」

 涼子さんも凍り付いたらしい。その場に固まっていた。


「ほらぁ!逃げるな水瀬!」

 その声は間違いなく品田君の声だ。

「次はお前の好きなお姉さんモノや。お前が好きなタイプは調べてあるんや」

「だ、だけどぉ」

「まぁ見ろ」羽山君の声。

「この女優の裏モノは貴重だぜ?ねぇ、南雲先生」

「し……品田、さっきのヤツ、いくらだ?」

「毎度♪」

 静寂の後、別な女の子の声がする。

「なっ?お前の好みやろ?」

「……」

「おーお♪食い入るように見つめて♪」

「し、品田君……いくら?」

「毎度♪秋篠はこのルシフェちゃん似の子やな」

「おお。すまないな」


「……」涼子さん。

「……」ルシフェルさん。

「……」未亜。



「わ……私というモノが、こんなに近くにいながら」涼子さん、声が震えてる。

「ひ……博雅君……ど、どういうこと?」うわーっ。ルシフェルさん、髪が逆立ってるよ。

「せ……先生」未亜!どこからナイフなんて!?

 私は廊下に並んで立ちふさがる三人から少しずつ離れることにした。

 後はもう、語る必要もないだろう。


 ガラッ!

 乱暴に開かれた障子。

 凍り付く男子達(プラス男性教諭)に仁王立ちする女子(プラス看護婦)が踏み込んで……。



 修羅場の始まりだ。

 


「ああ……ワイの商売道具が」

 品田君が虫の息でそう嘆いていた。そう。今晩の集まりは品田君の新作Hなビデオの上映販売会を兼ねていた。男子が女子のために流しそうめんを企画したのは、恋人に対するやましさがあったからだろうけど―――これが命取りになったわけだ。

 私は葉子の元へ逃げるなり布団を被っちゃったからよくわかんないけど、夜通し物音や悲鳴や怒号が聞こえていたのだけは覚えている。


 翌日。

 水瀬君の家の構造か、とても涼しく快適な朝を迎えた私は、布団の中で気持ちよさそうに眠る三人を見つけた。

 一瞬、昨晩のことは夢だったのかと思ったけど―――。


 その日のお昼、私は男子を訪ねて病院へ。

 水瀬君は大目に見てもらったらしいけど、恋人に踏み込まれた他と、恋人にいかがわしいDVDを売りつけた品田君は無事では済まなかった。

 聞いたところだと、全員、夏休み中は入院してすごせるらしい。

 クーラーが利いた部屋ですごせてうらやましいような、うらやましくないような……。


 ……ああ。今日も暑いなぁ。


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