第9話
橋本沙織は、恵梨香のいわゆる幼馴染である。
沙織だけではない。いつも一緒にいるグループのみんなが、この村でずっと一緒に育ってきた、かけがえのない友人たちだ。
人数が少なく、同級生も限られている中だからこそ、恵梨香たちは特に仲良くなった。幸いなことにとても気が合って、何をしていても笑顔が絶えない時間を過ごせる。将来はみんなで一緒に上京しようねと、ルームシェアの約束までしていたほどである。
恵梨香はみんなが大好きだった。特に沙織はさばさばとしていて、すぐに手が出るような一面もあれどしっかり者なために、相談をする時にはいつも一番に沙織のところに行っていた。
だから沙織だってきっと、カミシロサマと『約束』をする、なんて大事なことを決めたのなら、まっさきに恵梨香たちに言ってくれるはずである。
そもそも、学校が少しおかしくなったのはスキー旅行の後からだ。その時に沙織はカミシロサマのことなんて一言も言っていなかったし、おかしな様子ももちろんない。いつもどおりみんなと一緒に固まって、ただスキーを楽しんでいただけだった。
カミシロサマとの「約束」が今回のことに繋がっている可能性はほんの数パーセントしかないだろう。それでもはな子は手詰まりなために、一つ一つ可能性を潰していっている。恵梨香にだってそれは分かっているけれど、それでもその可能性に友人を巻き込まれては良い気分にはなれなかった。
ましてや今回のことは、命に関わるようなことである。沙織が軽率にそんなことをするなんて、恵梨香には到底思えなかった。
――翌日は学校があった。いつもなら恵梨香は探偵気分ではな子のところに行くのだけど、その日はいつものみんなと固まって、はな子のところには行かなかった。それどころか、はな子から沙織を守るようにべったりと沙織の側にいる。はな子が沙織に声をかけようと近づいても、沙織をはな子から引き離すようにどこかに連れて行ってしまうのだ。
「……岡さん、そうとう怒ってるね」
「まあ、そうだね」
「ねえいいの? せっかく仲良くなれたのに……」
「言ったでしょ、私には目的があるの。お友達ごっこしにきてるんじゃないんだから、良いも悪いもない」
「……でも、僕は楽しかったよ。三人で居るの」
いつものようにはな子の側に来ていた和泉が、残念そうに言葉を漏らす。
「僕、こんな性格だから、前の学校でもいっつも輪に入れなくってね。ここに来て、もちろんみんないい人なんだけど、自分に自信がなくて、いっつも申し訳ない気持ちになってたんだ。でも神無木さんが『すごい』って言ってくれたから、僕はすごいんだって、ちょっと自信がついて……僕はここに居ていいんだって、心からそう思えたんだよ」
しょんぼりとして、落ち込んだような声だった。和泉は声にあった表情で伝えると、肩を落として俯いてしまう。
「……嫌だなあ、このままは……」
和泉のつぶやきに、はな子は思わずきゅっと眉を寄せた。
はな子は仲良しごっこがしたいわけではない。ここに来た目的だって友達作りなんて馬鹿げたものではなく、ただビジネスのためである。十蔵が動けるのであれば来ていなかったし、今回は特に、早く戻らなければ太郎の容態だって危ないのだ。
恵梨香一人の機嫌が悪いところで、なんだと言うのか。はな子はまだ何か言いたげな和泉から、つんと顔を背けた。
「神奈木さん〜……」
「もー、うるさい。というか、私は和泉の『耳』があればそれでいいの! 岡さんは勝手に首突っ込んできただけなんだから、居ても居なくても一緒……」
そこまで言って、はな子は不自然に言葉を切った。
和泉が不安そうにはな子の様子をうかがっている。しかしはな子は気にすることもなく、そういえば何で恵梨香の存在を受け入れたのかと、そんなことを思い出した。
そうだ。恵梨香の近くには狐がいる。すっかり風景と化していたために忘れていたけれど、アレは神使だったのではなかったか。
「和泉」
「え、うん?」
「岡さんの近くにいるあの狐、何かしゃべってなかった? これまでに、なんでもいいから」
神使であれば当然、今何が起きているのかはすべて分かっているはずである。もしかしたら何かヒントを話しているのではないかと、はな子はそんな可能性を思いついた。
しかし。
「……その狐のかは分からないけど……あの神社を出る時にね、声は聞こえたよ。『これ以上探るな』って。心配してるような声だった気がして、だから神奈木さんにも必要ないかなって言わなかったんだけど」
「……探るな、か」
あそこに居たのは、はな子の記憶が正しければあの狐くらいのものである。そうなればおのずと、その声も狐のものである可能性が高い。
狐は恵梨香を守っている。それは揺るがない。恵梨香が大切に思っている者であれば守るのかもしれないけれど、基本的にはほかの誰がどうなろうとも、狐は恵梨香だけを守ろうとするのだろう。
つまり「探るな」の裏側には、恵梨香を守る意図がある。
これ以上暴くことで恵梨香が傷つく結果になるからだと仮定するならば、すんなりと納得できる言葉だ。
そうなれば当然、はな子の疑心が一つ、確信に近づく。やはりカミシロサマは今回のことに関係していて、さらに沙織が「約束」をしたから、学校がどこかおかしくなってしまったのではないだろうか。
「神奈木―、ちょっといいか」
ぼんやりと考えていると、教室の外から教師がはな子に声をかけた。担任の教師である。はな子は和泉から「何かしたの?」なんて不安そうな言葉を受けながら、ひとまず呼ばれるままにそちらに向かった。
「なんですか」
「昨日提出の宿題、名前のなかったプリントがあってな。調べてみたら神無木のだけ見当たらなかったから、名前書き忘れてたんじゃないかと」
ぺらりと差し出されたプリントは、確かに昨日はな子が提出した数学のプリントだった。
「そうですね。私のですね」
「おまえねえ……名前くらい最初に書きなさい」
教師が呆れたように、深いため息をつく。どうやらその確認だけをしたかったらしい。そうしてすぐに「次から気をつけろよ」と言葉を残して、立ち去ろうと背中を向けた。そんな背中を見送っていたはな子は、思わず呼び止める。
「先生」
「ん? どうした」
「……先生は、この学校で変なものを見たりしました?」
教師からの目撃証言は、今のところ校長からのみである。そのためこの教師からまた新しい情報が得られるのではないかと、一縷の可能性にかけた質問だった。
けれど、はな子の期待に反して、教師は苦笑を漏らしただけだった。
「何を言ってるんだよ。そんなものあるわけないだろ」
「じゃあ、神隠し事件については?」
「神隠し事件? ああ、あんなの、生徒がどっかに隠れてただけだろ。まったく、困るよなぁ。親御さんへの対応とかさあ、こっちが大変になっちまうのに」
「……え、いや、それだけ? だって、二日くらい生徒が居なくなったんですよね?」
「おっと、授業が始まるぞ。教室入れよー」
そう言って、担任教師は今度こそその場を離れた。
(……おかしい。二日間も居なくなって、隠れてただけなんてあるわけないのに)
大人なのだから、そんなことは分かるはずだ。
「神奈木さん、授業始まるよ」
教室からひょこりと顔を出したのは和泉だった。きっと遠くからはな子と教師の様子を見ていたのだろう。何を言われたのかをひどく気にしているようだった。
「……ねえ。神隠し事件って、警察は動いたの?」
「……警察? 動いたのかな?」
「何それ、何でそんな曖昧なの」
「だって分からないんだよ。……この付近で何か特別なことが起きれば、田舎のネットワークってやつでだいたいのことは把握できるんだけどね。僕が不登校の間もずっと静かだったから、正直僕自身、その『神隠し事件』が本当に起きたのかも半信半疑なんだ。……岡さんいわく、対応は全部学校側がしてたらしいけど」
だけどもしも本当に警察が動いていたのなら、生徒には知らされなかったとはいえ、小さな村の中なのだしさすがに気付くはずである。それでも和泉が知らないということは、警察が動かなかったということなのか。
そうなると、学校が警察に届け出なかったということなのだろうけれど――学校が言わなくても、保護者が警察に連絡することは出来たはずだ。
「保護者からのクレームは?」
「……あったのかな? 別に、そんな話も聞いてないけど」
和泉は必死に思い出そうとしているのか、普段の気弱な表情には似つかわしくない、難しい顔で固まった。その表情はどうにも、嘘を言っているようには思えない。
(だけど、生徒が消えるようなことがあって何も言わないなんてこと……)
たとえ学校側が隠そうとしても、保護者には絶対に隠しきれないだろう。
「何してるの? 授業始めるわよ」
廊下に突っ立っていたはな子と和泉に、やってきた国語の教師が声をかけた。気がつけばすでにチャイムは鳴っていたようで、教室からは、クラスメイトたちが不思議そうに二人を見ていた。




