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カンナギ  作者: 長野智
第1章

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第8話

 ――恵梨香がカミシロサマについて初めて聞いたのは、恵梨香がまだ五歳の頃である。


 小さな山の村で生まれ育った恵梨香は、共に暮らす自身の祖母から、それはもう耳がタコになるほどに注意をされていた。


「カミシロサマはな、悪いもんやない。けどな、寂しがりやな神様やから、遊んで終わったら絶対にまた遊べるかと聞いてくる。それに頷いたらいかんよ。『もう遊べない』と、必ずそう答えなさい」


 恵梨香が外で遊び始めたことで、祖母も不安になったのだろう。カミシロサマについて語る時の祖母の顔は、それまでに見たこともないほど緊張していた。


「なんで頷いたらいかんの?」


「カミシロサマに取り憑かれるけぇ」


「取り憑かれたらどうなるん?」


「カミシロサマの世界に連れて行かれるんよ。死後の世界で、カミシロサマとずぅっと一緒におるようになる。家族にも会えんなる。やから、頷いたらいかん」


 まだ子どもだった恵梨香には、その恐怖があまり分からなかった。正直生も死も分かってはいなくて、だけど祖母が何度も何度も繰り返し恵梨香に言うものだから、なんとなく頭に残っていたというだけである。本当にカミシロサマなんてものが存在するとも思っていなかったし、自分にはまったく関係のない存在とすら思っていた。


 けれど、恵梨香が七歳になって少しが経った頃、そのカミシロサマと出会うことになる。


 最初はそれだと分からなかった。おつかいをしていた途中で同じ歳くらいの女の子に声をかけられて、楽しそうな誘いについ乗ってしまっただけだった。この時に妙にわくわくとしてしまったのは、カミシロサマが恵梨香と遊ぶために何らかの作用をもたらしたからかもしれない。


 それはそれは楽しい時間だった。成長した今となってはもう、相手の顔も、どんな声だったのかも覚えていないけれど、その時が楽しかったということだけは強く記憶に残っている。


 当時の恵梨香がそれをカミシロサマだと認識したのは、恵梨香が「もう帰るね」と言った後のことだった。


「また遊べる?」


 そう聞かれて、祖母の言葉をなんとなく思い出した。


 そういえば、この子はどこの子だろう。小さな村に住んでいる恵梨香は、同じ歳くらいの子どもならみんなと遊んだことがある。その中に、この子はいただろうか。


 思い出しても分からなくて、それならもしかしてと、腹の底からゾッとした。


「もう、遊べないよ」


 話を聞いていた時には実感なんか湧かなかったのに、いざ目の前にそれが突きつけられると恐ろしくて、恵梨香はすぐに逃げ出した。


 取り憑かれたら殺される。それだけは嫌だと、ひたすら家に逃げて帰った。




「もう本当、あの時のことはあんまり覚えてないんやけどね。でも沙織たちも同じことがあったって言いよったから、カミシロサマやったってことは間違いないと思う」


 恵梨香の話を聞いているうちに、目的地に到着した。


 寂れた神社だった。手入れもされていないのか、草も伸びきっている。神社の前で車を止めた和泉の母はそこではな子たちを一旦おろすと、車を停めるためにその場を離れた。




「な、何かいる……?」


 キョロキョロとしていた和泉が、怯えながらはな子に問いかける。


 はな子は境内をためらいもなく進んでいた。そうして靴のままで拝殿に上がると、奥にある神様が祀られている本殿へと向かう。


「わ! 神奈木さん、そんなところに靴でのぼったら祟られるよ!」


「和泉、今、何も聞こえてないでしょ」


 本殿にたどり着いたはな子は、振り返らないままで聞く。


「え、うん。……そういえばここは、すっごく静かだ……」


 はな子の目の前には、本殿の扉がある。そこをじっと眺めていたはな子は、ふうと一つ息を吐いた。


 キィ、と高い音がした。閉まっているはずの本殿の扉が開いた音だった。


「神奈木さん、なんかあったん?」


 拝殿にのぼることすら恐れている恵梨香が、そこから覗き込むようにはな子の背を見て言葉を投げた。恵梨香の隣には同じように不安そうな和泉もいて、はな子の言葉を待っている。


「……ここには何も居ない。もしかしたら、もう誰か『約束』をした人がいるのかもしれない」


「え! か、カミシロサマと⁉︎」


 焦る様子もなく、はな子はひとまず二人の元へと戻ってきた。


「なあ、それってまずいんやないん⁉︎ やっておばあちゃん、約束なんかしたらカミシロサマの世界に連れて行かれるって……」


「そのカミシロサマの話、地元の人間はみんな知ってるんだよね?」


「うん。やけど、ちょっと離れたところから来よる子らは知らんかもしれん。カミシロサマはな、同じ土地で育った子どもにしか声かけんのんやって」


「……じゃあ、橋本さんは?」


 はな子の言葉に、恵梨香の肩がびくりと揺れた。


「橋本さんは、ここで育ったの?」


 遠回しに、何を言いたいのか。のんびり屋の恵梨香にも、さすがに分かってしまう。


「……沙織も、うちと一緒にここで育った」


「和泉」


「え、あ、はい!」


「橋本さんから、なんて言葉が聞こえるんだっけ」


 恵梨香が泣きそうな顔で俯いている。それを気にしながら、和泉はおずおずと口を開いた。


「逃さないって……許されない、って……」


「……なあ、でも、それだけで沙織が約束したとは限らんやん! 沙織がそんなんするわけない! やって理由がないもん!」


「それは本人に聞いてみればいい。……橋本さんの後ろにいるアレは、私に近づくことができた。あれが神様だったっていうなら、納得もできる」


「でも、スキー旅行からおかしなったのに……それとは何の関係もないし……」


 車を停めた和泉の母が、ようやく境内に入ってきた。しかし重たい空気の三人を見て、なんとなく言葉を失う。やがて「……帰る?」と気を遣って提案をしてみれば、三人とも何も言わずに頷いた。

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