第7話
なにはともあれ、手詰まりである現状ではスキー場に行ってみるまでは何をしようとも話は進まないだろう。はな子はそれにじれったく思いながらも、動けない間は十蔵に細やかに連絡をとり、そのたび太郎の様子を聞いていた。「今は安定している」という十蔵の言葉に、はな子はどれほど救われたことか。だからこそはな子は、いざスキー場に向かうという時まで大人しく待っていることができた。
そうして、ようやく待ちに待った休日である。はな子は少し早めに待ち合わせ場所である和泉の家に向かったのだが、なんとすでに恵梨香も和泉も和泉の母も、準備万端で車の前に待機していた。
「はな子ちゃん、聞いたわよ! バス停までなんて言わないで、おばさんスキー場まで行っちゃうからね!」
きっと、何をしに行くのかを和泉から聞いたのだろう。わくわくとした様子を隠しもしないで、気分は探偵のようだった。
和泉の家は学校に近く、そのためスキー場に行くまでの道中もほとんどがスキー旅行の時と同じだった。はな子はそれを踏まえて外を見ていたが、二人が言っていたとおり、この一本道で大型バスとすれ違わないというのはありえないことである。二人しておかしいと思うくらいだからきっと、そんなに遅れてスキー場を出たわけでもないのだろう。
(……どこかで曲がれるような道もないし)
スキー場に着くまでずっとあらゆる可能性を考えてはみたけれど、どれもこれもが潰されてしまい、結局「すれ違わないなんてありえない」と、結論はそこに落ち着くことになった。
そうしてやってきたスキー場は、何かがおかしいということもなかった。
はな子からすれば普通のスキー場だ。変なものが多いわけでもなく、だけどまったくゼロというわけでもない。人が多く集まる場所なために、妖怪やあやかしよりも霊の類がうろついているのも当たり前の光景である。
本来であれば、学校もこのスキー場のような光景であるはずだった。やっぱり、おかしいのはあの学校なのだ。
「神奈木さん、なんかおかしいところある?」
「……いや、何も。和泉は何か聞こえる?」
「……そう、だね……ちょっと、悪い声とかは、聞こえるけど……でも前に来た時よりは小さいから、全然気にならない。すごいね、神奈木さん」
そういえば和泉は、スキー旅行でも体調を悪くしたと言っていた。今ははな子が一緒にいるために悪いものの影響はないのだろうけれど、それでも少し顔色が悪いために、スキー旅行当日がどれほど悲惨だったかは明らかである。
「……少し歩いてみようか。おばさん待たせて大丈夫かな?」
「あ、うん。好きなだけ居ていいって。……なんか、お母さんが一番張り切ってるみたい」
苦笑気味な和泉に、はな子はやっぱり「あっそ」と素直じゃない言葉しか返せなかった。
そうして三人は少し周囲を歩いたけれど、どれほど巡ろうともそこはやはり何の変哲もないスキー場だった。はな子からすれば見慣れた光景が広がり、特に悪さをしようとするものも居ない。おかしな妖怪やあやかしも居ないようだし、だからこそ何があったのかが余計に謎である。
「なあなあ、神奈木さん。手がかりはなさそうなん?」
「ない。……正直、普通の場所だった」
「……うーん……結局手詰まりなんだね……」
三人でうんうんと頭を抱えながら、ひとまず戻ろうかと車へと向かう。
スキー場に来てスキーをしないのはなかなかおかしな光景ではあるが、はな子はともかく、和泉と恵梨香はすっかり探偵気分なために、スキーをするよりもそちらのほうが楽しいようだ。
「ほしたら今日はこのまま解散? でもうち、もっと調査したい」
「う、うん。僕もしたい。……神奈木さん」
「神奈木さーん」
「もーうるさい。遊んでるわけじゃないの! ちょっと今考え事してるから黙っててよ」
「おやまぁ、神様じゃあ」
もうすぐで駐車場に到着する、というところだった。突然の言葉に振り返った三人の視線の先では、おばあさんがはな子に向けて手を合わせていた。押してきたのだろうシルバーカーの上に腰掛けて、どこか安らかな表情を浮かべている。そんなおかしな光景には、三人の足もピタリと止まる。
「……だれ?」
「おやぁ……? こりゃあ違った、女の子じゃった」
「神奈木さんの知り合いなん?」
「そんなわけないでしょ。……おばあさん、私たち急いでるから、」
「ここいらにはなぁ、神様が暮らしてるんよ。寂しい神様じゃった。わしは一回だけ会ったような気もするがなぁ、もう覚えとらん。その神様に、あんさんがよぉ似とった」
神様、という言葉に、立ち去ろうとしていたはな子が振り返る。手詰まりである今は、どんな小さな情報でも必要だった。
「……それ、詳しく教えて」
「あんさんは人じゃなぁ。でもなぁ、その神様も確か、人みたいな見た目をしとったと思うんやけどなぁ。似とるんもその雰囲気じゃ。あんさん、寂しそうな顔しとる」
「え? 神奈木さんが?」
「か、神奈木さん、寂しかったの……?」
「そこに食いつかない。……おばあさん、どうでもいいから、神様のことだけ教えて」
恵梨香と和泉がはな子を覗き込んだけれど、はな子はすぐに二人を押し退けた。
「そうさなぁ……わしはもう九十三になるけぇなぁ」
「このおばあちゃん、どうやってここに来たんやろ。警察に教えた方がええやつ?」
「……それはそうだね。ちょっとボケてるのかな……ていうか、ここって警察あるの?」
「あー! 失礼なこと言いよる! 交番あったやん! ね、和泉くん!」
「うん。あ、でも、まだ来たばっかりの神奈木さんが知らないのは当たり前だし……」
「昔のことじゃぁ、寂しいよぉ、寂しいよぉ言うてなぁ」
恵梨香が交番に連絡をしている間に、おばあさんが語り始めた。
「子どもが好きなんやろなぁ……。わしはなんにも出来んかった」
「……何の話をしてるのかな……」
「さあ。……その神様のことかもね」
電話を終えた恵梨香が戻ってくる。そうして三人は警察が来るまではとおばあさんの近くに居たのだが、おばあさんはぽつぽつと、よく分からないことを言い続けていた。
「お帰りなさい! 何かヒントはあった?」
車に戻ってきた三人を迎え入れた和泉の母は、やっぱりわくわくとしたままだった。和泉や恵梨香が「探偵みたいだ」と思っているように、和泉の母も気分はそれである。それどころか、もはや探偵の一員という意識すら芽生え始めていた。
「おばあちゃんと仲良くなっただけやった〜」
「あらあら、そうなの……次はどこに行く?」
「とりあえず帰る……のかな? 神無木さん」
三人の視線がはな子に集まる。その中で、何かを考えていたはな子はしっかりと一つ頷いた。
「帰るのはいいけど……そのおばあちゃんはどうしたの?」
「ちょっとボケてそうだったから、一応警察の人に来てもらったよ。そしたらやっぱり、頻繁に出て行っちゃうおばあちゃんだったんだって」
「それは良いことをしたのね」
「そういえばうちが電話しよる間、何の話しよったん? 待ちよる時も変なこと言いよったやんね?」
恵梨香が思いついたように聞くと、隣に座っていたはな子が考えながらも口を開く。
「なんだっけ……なんか、あのあたりには神様が居るらしくって、それのこと」
「ああ、カミシロサマのこと言いよったんや」
なんだなんだと納得したような恵梨香の様子に、はな子は身を乗り出して恵梨香を見つめる。すると恵梨香も気付いたようで、カミシロサマっていうのはね、と話を始めた。
「うちも最初はおばあちゃんから聞いたんやけど、その世代の人らからしたら結構有名な神様らしいんよね。子どもが大好きな神様やから、子どもの頃には絶対みんな遊んだことあるん」
「岡さんも?」
「あるよ。あんまり覚えとらんけど」
はな子は今度、助手席から半身振り返って座っている和泉を見つめた。
「え、あ、僕は知らないよ! 僕は、高校の入学と同時に引っ越してきたから」
「……地元で知られてるってことね」
「そうなん。でも、最近このあたりも子どもがおらんなったけ、カミシロサマが寂しがっとるんやないかって噂もあるん。……っていうのもな、寂しなったカミシロサマは大人の人の夢の中に出てきて、約束をとりつけようとするんやって」
「約束?」
黙って聞いていた和泉が、ほんの少し身を乗り出した。はな子も同様に、じっくりと恵梨香の様子を見つめる。
「なんやっけ……なんかな、実際にカミシロサマに『約束』をさせられそうになった人の話では、願いを叶える代わりにずっと一緒に居るようにって言われるらしいんよ」
「なるほどね。寂しいから一緒にってわけ。……その神様の祠ってどこなの?」
「んー、確か……てっぺん山の神社やったと思う! そこがおうちやって教えてもらった気がする」
「てっぺん山?」
「えっとなー……ここ!」
言いながらスマートフォンを操作して、恵梨香は画面をはな子に見せた。地図アプリを起動しているようで、そこにある山の上にはピンが立ち、確かに神社のマークもある。
「おばさん、ここ行ける?」
「もっちろん! ふふふ、面白いことになってきたわね! おばさんね、ホラー要素のあるファンタジーも好きなのよ!」
赤信号が青に変わったと同時に、和泉の母はアクセルを踏み込んだ。一番被害を受けたのは和泉で、ほとんど後ろに向いていたために、変に体が揺さぶられたようだった。




