第5話
放課後になりはな子がさっそく向かったのは、おかしなものが見えたとされる場所だった。木造の古びた校舎の一階。まずは、人通りの少ないところにある図書室からである。
建て付けの悪い引き戸が、ガラガラと大きな音を立てる。中はどこかひんやりとしていて、しばらく使われていないのか、床からテーブルまでがほこりをかぶっていた。
「……あれ? 今日は当番さんおらんのんやね」
カウンターに向かう恵梨香の言葉を聞き流しながら、はな子はテーブルに積もったほこりを指ですくった。
「ここの図書室は当番制で見てるの?」
「そうやよ。確か、図書委員の人がお昼休みと放課後におるはずなん」
「部活で来れないとか?」
「部活動なんかないよ、やって人足りんもん。全校生徒合わせても五十人もおらんのに」
和泉は初めて図書室に来たのか、興味津々に室内を歩き回っていた。特に怯える様子もない。何かに反応してそちらに向かっているということもなさそうだった。
「和泉、何か聞こえる?」
念のために聞いてはみたけれど、やっぱり「ううん、なんにも」と、思ったとおりの返事が聞こえた。
「神奈木さん、何か見えるん?」
はな子がぐるりと視線を巡らせるのを見ていた恵梨香は、どこかキラキラとした表情で問いかける。少しだけ、和泉の母と似たような顔だった。
「……どの場所にだって、霊やら妖怪やらは居るよ。都会も田舎も関係ない。居るところには居るし、居ないところには居ない。だけど、人間のことを避けているあやかしや妖怪は、当然ながら人の多いところを好まない」
「……じゃあここには、霊よりもその、妖怪? とか、あやかし? が多いん?」
「ちょっとおかしいくらいには」
はな子の目には、この世のものではないものが多く見えていた。
まったくおかしな話である。今はな子が言ったように、彼らは人間を好まない。普段からきっちりと住み分けて暮らしているはずなのに、今更になって「学校」という、人間が集まる場所に居着くはずがないのだ。
はな子がじっと見ていたからか、そこにいたけむくじゃらな妖怪はぴゅっとどこかに逃げ出した。隣に居たものも同じようにその場を離れたために、人間を突然好きになったわけではないことが分かる。
それでは、なぜ。はな子が難しい顔をしていると、奥に行っていた和泉が戻ってきた。
「小さな声は聞こえるけど、何を言っているかは分からなかった」
きっと、和泉が近づくと逃げるからだろう。見えていない和泉からすれば「小さな声」に聞こえるに違いない。
「でも神奈木さんの近くにおれるってことは、悪い子たちじゃないんやんね?」
「そうだろうね。……少なくとも、敵意はないんだと思う」
「……あ! 神奈木さん!」
恵梨香の言葉に何かを思い出したのか、和泉が突然、珍しく大きな声をあげる。
「あの、僕が嫌いな黒いやつ……ほら、橋本さんの後ろにいるあれ、あれも神奈木さんの近くにいるけど、悪いやつじゃないってこと?」
「そっか! そうやんね! 沙織の後ろにおるやつ、神奈木さんも近くで見てたもんね!」
「いいところに気付いたね。確かにあれは、悪いものじゃないよ」
「でも……」
「だけど、濁りすぎて正体は分からない。……綺麗なものも、歪めば汚くなっていく。きっとあれもそうなんだよ。霊やあやかしや、神様だって、ちょっと間違えれば黒くなる」
人型のようにも見えるけれど、ただの黒いもやもやのようにも見える。沙織の後ろにいるあれは、何度見ても、はな子でさえも正体の見当がつかなかった。
「次は人影が見えた二階に行くよ」
はな子が足早に図書室を出ると、二人は慌ててその背中について歩いた。
けれど、人影が目撃された場所も、声が聞こえたという場所も、図書室と同じように人ではないものが集まっているだけで、他に怪しいものは見当たらなかった。
妖怪やあやかしの類が多いのは、山だからということもあるのだろう。それは分かるのだけど、学校に集まっているということには甚だ違和感を覚える。
もしもここが廃墟ならば、彼らも遊びにきたりはするのだろう。住処にしていても不思議ではない。けれど今ここには生徒が通っていて、彼らの好む場所とは言えないはずだ。
はな子たちが近づくと逃げるために、人間に好意的というわけでもないらしい。それではなぜ、そんなものが多く集まっているのか。
「今日はもう遅くなったから帰ろうか。続きはまた明日」
すでに日が沈みかけていたために、三人はそこで解散した。




