第4話
——翌日。約束どおりに和泉は学校にやってきた。久しぶりの登校でビクビクとしていた和泉だったが、クラスは温かく、和泉を見ても普段どおりに接したために、和泉もホッと安堵したようだった。
はな子は特に興味もなさそうだったが、たった一つ、和泉がクラスメイトの沙織に対してだけ異常に怯えるのが引っ掛かった。そういえば沙織本人も恵梨香も「和泉は沙織には怯えていた」と言っていたことを思い出す。
沙織の背後にある黒いモヤモヤが原因なのは明らかではあるけれど、はな子には何も聞こえないために、はっきりとした原因は分からなかった。
(でも確かに、ただの悪霊でも、悪い妖怪ってわけでもなさそう)
ソレには、どこか不思議な存在感がある。けれどどれだけじっくりと見ても正体は見えてこなくて、はな子はすぐに諦めたようにため息を吐き出した。
『そっちはどうだ、はな子。順調か』
はな子のスマートフォンが震え始めたのは、昼休みのことだった。着信を知らせていたようで、液晶を確認して、祖父である十蔵からのものであると理解する。はな子が一人で依頼を受けることは少ないことではないが、十蔵なりに心配だったのだろう。一言目から「そっちはどうだ」なんて、ずいぶん気が急いているらしい。
「うん、まあ、順調かな。そういえば、じいちゃんの言ってた『耳』を見つけたよ」
『ほう? それはそれは……東京に引っ張ってこれんのか?』
「無理言わないでよ、ここの村の人なのに」
十蔵は今も病院にいるのか、声を潜めているようだ。それに気付いたはな子はすかさず、十蔵が何かを言い出す前にと口を開く。
「太郎は?」
聞かれた十蔵は、ほんの少しだけ迷うように間を置いた。
『……なんとかもってはいるが、気を抜けば連れて行かれるだろう。わしも四六時中一緒におってやれるわけじゃあない。はな子、はよう戻ってこい』
「……分かってる」
太郎は入退院を繰り返している。それは、力の強い「モノ」に取り憑かれて、あちらの世界に引っ張られているからだ。本来であればはな子に起こるはずだったその災いは、はな子にではなく弟の太郎に降りかかった。はな子の「氣」が強く取り憑けないから、というのもあるのだろうけれど、そもそも太郎が取り憑かれやすい体質だったというのが第一の理由だろう。
太郎は今も戦っている。はな子は今すぐにでも東京に戻って、太郎に悪さするそいつを祓ってやりたくて仕方がなかった。
『しかし、気が急くばかりにこれまでと同じように無理やり解決してはならんぞ。これ以上にもなれば、太郎も耐えられんだろう。……いいか、『耳』をきちんと使え。相手の言葉を聞き、もっとも良い方法で終わらせなさい』
「……うん」
そんなことはしたことがないのだけど、太郎のためならば仕方がない。効率重視で即解決を選んできたはな子のやり方には反するものの、はな子にだって、今ばかりはそれを突き通すべきではないことは分かっていた。
「それじゃあね、じいちゃん。出来るだけすぐに戻るから、太郎のこと頼んだよ」
『ああ、任せなさい。何かあれば、すぐに言うんだぞ』
「うん」
通話を終えると、はな子はすぐにスマートフォンをポケットにしまう。
――思っていたよりも、太郎の方は深刻らしい。
はな子は、東京に来る直前まで病院に通っていた。しかし病室が神気に満ちていて、はな子には踏み入れることができなかった。あの場に入ることができるのは、霊やあやかしに対してよほど鈍感な者か、あるいは十蔵のようにうまく溶け込める者だけだろう。やや鈍感だった医師でさえ長時間居れば体調を崩すほどで、誰もあの部屋には近寄ることができなかった。
だからこそ余計に焦ってしまう。早くこちらを終わらせて戻り、ひとまず強引にでも太郎から「そいつ」を引き離さなければと、そんなことばかりを考えていた。
「神奈木さん、どうしたん?」
なかなか教室に戻ってこないはな子を不審がってか、教室の扉から恵梨香と和泉が顔を出す。和泉の顔色は、やはり悪かった。
「……なんでもないよ。……今日の放課後から、ちょっと学校回るからね」
それでも、和泉に気を遣っていられる余裕もない。はな子の容赦ない言葉に和泉はぴしりと背を伸ばすと、何度も何度も頷いていた。




