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カンナギ  作者: 長野智
第3章

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第4話

 佐々原一家は、夫婦と子ども一人という家庭だった。

 数年前からこの場所に家を買い、三人家族で暮らしていたという。夫婦は三十代で、そして子どもはまだ五歳である。

 ご近所との付き合いも良好。夫婦仲も良く、子どもものびのびと育っている。特に悩みもなく、いたって普通に暮らしていたのだが。

 ある日から、異変が起き始めた。

 それに最初に気付いたのは母親であった。息子を連れて公園に出向いたとき、息子の足元に影がないことに気がついた。

「それでも、息子に聞いてもおかしなところには行っていないと言うんです。息子は誰かの家に遊びに行く時には必ず私に伝えますし、嘘はないと思うんですが……」

 リビングに案内されたはな子と和泉は、並んでソファに座っていた。その近くにあるオットマンに、母親である直子が腰掛けている。息子の優希は直子の後ろから、不思議そうに和泉を見ていた。

 二人の前には紅茶が置かれていた。はな子は昨日もその話を聞いていたからか特に興味もなさそうに、カップを持ち上げて紅茶を楽しんでいる。

「……念のため、近くの鎮守水守神社へ相談に行きました。そうしたら神頼家の方がやってきて、なぜか今回神奈木家の方に来ていただける流れになりまして」

 ここは神頼家の管轄だと言っていたために、通常であればそのまま神頼家が対応していたのだろう。直子が「なぜか」と言うように、神奈木家に繋がることは異例なのか。そんな疑問を抱く和泉の視線に気付いたのか、カップをソーサーに戻したはな子は「普通はこんな流れありえないね」と和泉に振り向いた。

「神奈木は要人が頼る家だからわりと忙しくてね。本来であればその土地を任された担当者が対応するから、その担当がこっちに流すなんてないよ」

「それが神頼家ってこと?」

「そう。神頼家は業界では大きな派閥ではあるけど、神奈木に仕事を流すなんて立場ではない。今回はじいちゃんが特別に引き受けちゃったからやってるだけで」

 直子は申し訳なさそうに眉を下げた。

「……神ノ神社には行けなかったんです。神奈木家への依頼料が高いことは知っていましたし、予約が詰まっていることも有名でしたから……だから今回、神奈木家の方が来られて驚きました」

「……十蔵さん、優希くんを見て何かを感じたとかかな。僕と似てるし」

「それもあるのかも。……ちなみに、血縁関係はないんだよね?」

 直子はふるふると首を振り、同様に和泉も「違うと思う」と言葉を返す。

 それにしてはよく似ている。以前恵梨香についていた神様の世界に行っていた際、はな子も和泉の幼少期を目にしたが、兄弟と言っても違和感がないほどには血の繋がりを感じられた。

「まあ、世界には三人くらい似た人間が居るっていうし、優希くんはまだ五歳だから今後似るとも限らないし……」

「ところで気付いてる? 優希くん、私たちが来てから瞬きしてないでしょ。それに影もない」

「え、あ、本当だ」

 そこで初めて、和泉が少年の足元に目を移す。影はない。しかし少年は死んでいるというわけではない。

「あの……その方を連れて来られたということは、何かヒントが……?」

「彼は私の助手なので連れてきただけです。今日は彼含めて話を聞きたくて。……まず、いつからこの現象が?」

「数週間前からです。それまでは何もなく、前触れもなく突然で……この子も体調が悪いわけではないので病院に行くのも違いますし……最初は影がなくなりました。次にはこの子、瞬きをしなくなっていて」

 和泉が少年に「目は乾かない?」と声をかければ、少年は直子の背後に隠れながら小さく頷く。

「その後からは、ゆっくり変になっていって……これが、この子がうまく写らなかった写真です」

 直子は、スマートフォンを和泉に渡した。はな子には昨日見せたからだろう。

 少し戸惑いながら、和泉はそれを大人しく受け取る。

 写真はいくつかあった。そのうちの一枚を開くと、公園で遊んでいる少年が写っているが、顔だけがぼやけていて見えない。ピントが合っていないような、モザイクがかけられているような。その不思議な写真に首を傾げていると、はな子が隣から次々に写真をスライドさせて表示する。しかしすべて、同じように少年だけが見えなかった。

「これって……」

 和泉の呟きの後、カシャッ! と電子音が響いた。和泉が顔を上げると、スマートフォンを和泉に向けて構えたはな子と視線がぶつかる。

「……何? 僕の写真?」

「あんたは写るのかなって気になって」

「やめてよ、僕は関係ないでしょ」

 そんなことを言いながらも写っているか気になるのか、スマートフォンを直子に返した和泉はすぐに、はな子の手元に目を落とす。

「写ってる……」

「写ってるね。なるほど、和泉は写るのか……」

「何、僕が優希くんと似てるから気になったの?」

「逆だよ」

「逆?」

 自身のスマートフォンをポケットに戻し、はな子はそれ以上は何も言わなかった。話を変えるようにその目を直子に向けると、続けて直子の後ろに隠れている少年を見る。

「その現象が起き始めた頃の話を詳しく聞かせてもらってもいい? どこかに行ったとか、何かを見たとか」

 大人相手と変わらないトーンで語りかけたはな子に怯えたのか、少年はさらに直子の後ろに隠れてしまった。はな子の眉がピクリと揺れる。その隣で、和泉が慌てたように前のめりに身を乗り出した。

「優希くん、僕たちは怖くないからね。ただ、優希くんを助けたいって思ってるだけなんだ」

「…………ぼく、どこも悪くないよ」

 直子の後ろから、くぐもった声が届く。

「優希……ママ、何度も言ったでしょ。影がないことはおかしいの」

「おかしくない」

「優希は元気かもしれないけど、ママにもみんなにも影はあるのよ。ほら見て」

 直子は自身の影を指すが、少年は目を逸らす。

 はな子は子どもが苦手なのか我関せずだ。反して和泉は、心配そうに少年を見ていた。

「優希くん、何かきっかけとか覚えてないかな? 優希くんはおかしくないんだけどね、何かが優希くんをそうさせてるんだよ。ずっとそうしてたら、ママもずっと心配しちゃうから教えて欲しいな」

 静まり返っていた部屋で、和泉の言葉が余韻を残して消える。躊躇っていた少年は少しすると、直子の背後から少しばかり顔を出す。

「……夜に、変な影があったよ」

 少年の言葉を受けて、はな子が問いかけようとしたところを隣から和泉が止めた。

 無言の攻防を制したのは和泉だった。はな子が引いたというよりは、諦めたというのが正しいのかもしれない。

「いつあったの?」

 和泉の穏やかな言葉に、少年は少し悩むような素振りを見せる。

「……忘れた。でも、夜に起きたらそれがいたんだ。目があってね、『ここに居たんだね』って言ってた」

「……ほかに覚えてることはある?」

「んー……なんか、可哀想だったよ。泣いてた気がする。真っ黒だったから分からないけど……たぶん、悲しそうだった」

 和泉が訝しげにはな子に振り返ると、はな子も同じ表情で和泉を見ていた。「まだ何か聞きたいことはある?」「特にない」そんなことを目で会話して、和泉は「ありがとう」と少年に笑いかける。

 それを最後に、直子にはまた来ることを伝え、二人はひとまず神社への帰路についた。

 直子ははな子が来たからか焦った様子もなく、深く頭を下げて「よろしくお願いします」と告げただけだった。

 

「……何か分かった?」

 だんまりとした空気を終わらせたのは、やはり和泉だった。

 それは、二人が電車に乗った直後のことである。

 しかしはな子は何も言わない。ただ前を向き、和泉の方を見ようともしなかった。

「……神奈木さん?」

 電車が揺れる。人はやや入っていたが、二人は座ることができた。時間帯的に学生はおらず、平日が休みの社会人が多い。車内は静かであるために、電車の走る音がやけに大きく聞こえた。

「……和泉。やっぱりあんた、過去に何か憑けてたでしょ」

「え? どうなんだろう……僕、昔から声が聞こえてたから、憑いてるとか憑いてないとか分からなくて」

「同じ速度で、ついてきてる」

 そこでようやく、はな子が横目に和泉を見た。

「電車の外を、同じ速度でナニカがついてきてる。あの家から、おそらくあんたを狙って」

 反射的に電車の外を見ようとした和泉の顔を、はな子が強引に押し戻した。

「いたた、何? どうせ見えないのに」

「見えなくても見たらダメだよ。厄介なやつは、視線が向けられただけで『認知された』と思い込む」

「……ご、ごめん」

 座り直した和泉は、やけに体が強張っている。

「安心しなよ。何も聞こえないでしょ?」

「うん。聞こえてない」

「私がそばに居るからね。だからあいつは電車に入れなかった。声も届けられない」

 はな子の落ち着いた言葉に、和泉は小刻みに何度も頷いた。

 いったい何が和泉を追いかけてきているのか。確認も出来ないために、恐怖ばかりが駆け巡る。

「……僕、殺されるのかな……?」

「違うと思う。……おそらく優希くんは身代わりだったんだよ。和泉に似ていたから、狙われた」

「僕の身代わりって、なんで……」

「優希くんに異変が起きたのは数週間前からでしょ? それって、和泉が東京に来たのと同じ頃じゃない?」

「……そういえば……」

 恵梨香のことでバタバタとしていたから忘れていたが、東京にやってきたのは確かにその頃である。

「今日だって、この街の駅に降りたとき『おかえり』って聞こえたんでしょ。それに、優希くんが言ってた『ここに居たんだね』っていうのも、あんたが帰ってきたことに気付いて探してたからかもしれない。たまたま先に優希くんを見つけて取り憑いたのかも」

「それじゃあ……今日僕が見つかったから、僕の方に……?」

 言葉尻は震えていた。和泉ははな子に否定してほしかったのだが、はな子が冷静に頷くのを見て、さっと顔を青ざめる。

「いい? 今ついて来てるのは神様や幽霊なんてもんじゃない。全部が混じって、汚れたナニカだよ。カミシロサマが神様が濁ったものだとしたら、それよりももっと淀んでる。……残念ながら、あんたを貸し出せばどうなるか分からないから、今回は強制的に祓うしかないかもね」

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