第3話
和泉の表情は、これまでになくキラキラとしていた。それを見て、話はまとまったのだと理解をしたはな子は、ようやく出されたお茶に手をつけた。
「よかったわねえ千歳、いいお友達ができて!」
「う、うん」
「ねえ神奈木さん、うちも協力したい! いいやろ? うちだけ仲間外れにせんといてよー」
「仲間外れって……」
「そういえば、岡さんの近くにいる狐って悪いものじゃないの?」
和泉は思ったままを口に出したのだが、恵梨香はそれにはたと思い出す。
そういえばはな子は最初、この狐は「みんなに迷惑をかける」と言っていた。それなのに「悪いものが近寄らない」というはな子の側にいるのは、いったいどういうわけなのか。
「な、なあ神奈木さん、おかしい。狐は悪いもんやって最初に言っとったよね?」
「あーあれ嘘。その狐は神様の使いみたいなものだから全然悪いものじゃなくって、まあ男運には恵まれないだろうけど、憑けてるといいんじゃないの」
「えっ! そうなん!」
「……ていうか、そんなのどこで拾ってきたの? 神使をわざわざ送ってくるって、その神様ってよっぽど……」
はな子がじっと、何かを探るように狐を見下ろす。狐は変わらず恵梨香の足元で丸くなり、はな子の視線にも気付いていながら、綺麗に無視を決めこんでいた。
(まあ、ちょっと鈍感で天然なだけで、居て迷惑なわけでもないし……)
邪魔にならないのなら、恵梨香の存在を許容することも悪くはない。それに、恵梨香に気に入られていれば、いざという時にはこの狐が恵梨香もろともはな子や和泉も守ってくれるかもしれない。利用価値は充分にあると言えるだろう。
はな子が打算的なことを考えていると、和泉の母が何かを思いついたようにポンと一つ手を打った。
「そうだ、はな子ちゃん。さっき言ってた『依頼をこなしにきた』って、何のことなの? おばさんそれが気になって仕方ないわ」
前のめりに問いかけられて、はな子は反射的に体を後ろにそらせる。
和泉の母は、実はファンタジー小説が大好きだった。魔法使いが出てくるものは特に好んで揃えていて、だからこそはな子の霊力や依頼という言葉にもわくわくを隠しきれないようだ。
母の言葉に、和泉も恵梨香もきゅっと表情を固くする。こちらは母とは違い、なぜか緊張しているらしい。はな子は姿勢を正すと、少しだけ母から距離をとって、そんな二人に目を向けた。
「うちに依頼を持ちかけたのは校長先生だよ。変なことが起きてたんでしょ?」
「あ! もしかして、神隠し事件とか、変なものが見えたって話のこと?」
恵梨香の言葉に、はな子が頷く。不登校になっていた和泉は知らなかったのか、恵梨香に「何それ?」と不思議そうに聞いていた。
「最近の話やよ。いきなし誰かおらんくなったと思ったら、二日後くらいにひょっこり出てくるん。どこ行ってたんか聞いても『トイレ行ってた』とか『掃除してた』とかありえんことばっかり言うけ、神隠し事件って呼んでたんよ」
「あとは校長が、黒い影を見たとか、女の人が立ってたとか……あとは見回りの時に変な声を聞いたらしくって、それで依頼を出す踏ん切りがついたんだってさ」
「……なんで突然そんなことばっかり……」
「それを解決するために私がここに来たの。最初に言ったでしょ、私の邪魔だけはしないでほしいって」
はな子はいつも「仕事」で転々と移動を繰り返している。数をこなす上にスパンも短いため、友人は作るだけ無駄だと分かっているし、そもそも誰かと関わることさえ効率的ではないと知っているのだ。
はな子はいつもひとりぼっちだった。だけどそれで良かった。それでも今回、偶然ながらに「耳」である和泉と出会えたのは、思わぬラッキーと言えるだろう。
「うち、その件について校長先生とちょっと探偵ごっこしたん」
「……校長と?」
恵梨香は嬉しそうに頷くと「でも分かったことは無かった」と、苦笑を漏らす。
その話ははな子は聞いていない。実は校長は突然の出張が入り、はな子と入れ違いにこの学校から離れたのだ。連絡をしても繋がらないし、偶然なのか何かに邪魔をされているのか、とにかくコンタクトは一切遮断されている状態である。
「……ひとまず今日のところは帰るけど、さっそく明日から動くからね」
「う、うん! 僕、頑張るよ……」
「うちも頑張る! 狐さんも頑張るんよ!」
恵梨香も張り切って拳を作ると、もう一方の手ではな子が見ていた足元に触れた。狐はそれに反応したように上を向く。その目はどこか優しく、はな子には決して見せない慈愛を浮かべていた。




