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カンナギ  作者: 長野智
第3章

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第2話

「ねえ、岡さんって神奈木さんと仲良いの?」

 それは、恵梨香がトイレで手を洗っていた時のことだった。

 同じクラスの女子生徒二名が、いつからか恵梨香のそばに立っていた。

「うん、そうやよ。神奈木さんとは親友なん。それがどうしたん?」

 女子生徒たちは困った顔でアイコンタクトを交わすと、一人が口を開く。

「いや、なんというか……怖くない? 神奈木さんってその、なんか他の人と違うっていうか」

「神奈木さんの神社って芸能人とか政治家も通ってるみたいだしね。それに、見えてるんでしょ? 幽霊とか……なんかそういうのもよく分からなくて……」

 はな子が怖い。そう思ったことは、恵梨香は一度としてない。そのため二人が何を言っているのかが分からず、首を傾げてしまった。

「神奈木さんは怖ないよ。もしかして、神奈木さんがみんなに避けられとるんって、みんなそう思っとるからなん?」

「え、まあ……ね」

「うん。なんか気難しそうだし、怖そうだし……あたしら、幽霊とか言われても分からないし気味悪いっていうか」

「そうなんやぁ」

 やはり恵梨香には分からなかった。

「ご、ごめんね。岡さんが気にしてないならいいんだけど……」

「ううん、大丈夫やよ。それはええんやけどさ、二人、かむらいおとぎ、って人のこと知っとる?」

 恵梨香は手を拭きながら、まるで今日の晩ご飯を聞くように軽いトーンで尋ねる。すると二人は先ほどよりも気まずげに目を泳がせた。

「か、神頼くん? えっと……ねえ、知らないのかな」

「そりゃそうでしょ、今日転校して来たばっかだよ? それに、神奈木さんは神頼くんのこと相手にしてない感じじゃん、だからわざわざ言わないんじゃない?」

「神奈木さんとなんか関係あるん?」

 ヒソヒソと繰り広げられる会話に、恵梨香は躊躇うこともなく切り込んだ。二人はやはり一度アイコンタクトをすると、少しばかり恵梨香との距離を詰める。

「神頼くんの家もね、結構大きい家なんだよ。でも、神奈木さんの家のほうが目立つし活躍してるから、神頼くんは神奈木さんが気に入らないっぽい感じあるよね」

 より潜められた声だった。最後は隣の女子生徒に声をかけたために、もう一人は強く頷く。

「うん。神頼くんって頭もいいし格好いいし落ち着いてるけど……隠し切れないトゲがあるっていうか……」

「格好いい人なんや。なんかモテそうやね」

 どうしてはな子は「神頼御伽に近づくな」と言ったのか。そんなことを気にしながら口に出してみれば、恵梨香の言葉に、二人は微妙な顔をする。

「そうなんだけど……ね」

「うん……なんかちょっと、神頼くんって近寄り難くて。雰囲気違くない?」

「分かる。神奈木さんとは違った雰囲気って感じ。ちょっと陰あるよね」

 別の女子生徒がトイレにやって来たのを見て、迷惑にならないようにと恵梨香はトイレの外に出た。するとついて来た二人は、なぜかそそくさと退散する。恵梨香はただ「帰る教室は同じなのにどうして先に行くのか」と、そんなことを思っていたのだが。

「こんにちは、岡恵梨香さん」

 声が聞こえた。振り向くと、同じクラスには居ない男子生徒が立っている。

「……こんにちは。うちのこと知ってるん? 誰?」

「岡さんって、見えたり祓えたりするの?」

 恵梨香の質問には何も返らない。男はただ微笑み、質問だけを口にした。

「? 見えたりって何が? うち目は見えとるけど」

「ふっ……ああ、そう。はは」

 男は堪え切れないとでも言いたげに、濁った笑みを漏らす。それは嘲笑だった。

「あーあ。もう一人はともかく、こっちはやっぱりただの凡人か」

 クスクスと、男は変わらず馬鹿にしたように笑う。

「君、どうして神奈木はな子と一緒に居るの? 何も出来ないくせに」

 そこでようやく、鈍感な恵梨香にも、男が恵梨香に攻撃をしているのだと分かった。

「……何も出来んくても一緒におってええんやって言ってもらえたけ。友達やし気にせんでええって」

「……友達……」

「あなたは何なん? 神奈木さんのことが好きなん?」

 それまで柔らかだった男の表情が、突如ギロリと鋭いものに変わった。

 強い瞳が恵梨香を射抜く。無意識に背筋が伸びた。

「……君、見えないんだっけ」

 男が目を閉じた。そして数歩進み、恵梨香の目の前に立つ。

 なぜか体が動かない。それは金縛りのような、本能的な判断のような……とにかく、恵梨香にとっては不思議な感覚だった。

「良かったね、命拾いしたみたいだ」

 君は見えていないもんね。そう言い残して、男はそのまま恵梨香を通り過ぎた。

 それが神頼御伽であると、恵梨香が知ったのは、教室に戻ってトイレで話した女子生徒たちに教えてもらってからだった。


「なーんか、変な子やったんよ」

 神社に戻ってすぐ、神社の境内をホウキで掃きながら、恵梨香はぼんやりと空を仰ぐ。

 背後には、集めた落ち葉やゴミを袋に入れている和泉が居た。

「神頼くんのこと?」

「うん。……なんか変な空気やった。何者なんやろ、あの子」

「神奈木さんが気をつけてって言ってたから、あんまり近づかないほうがいいと思うよ」

 落ち葉を袋に入れると、ガサガサと乾いた音が立つ。几帳面な性格なのか、和泉は取りこぼしがないように端から丁寧に袋に入れている。

「和泉くんは神頼くんと話したん?」

「いや、話してないよ。神頼くんって二組だったよね? 僕が嫌な感じしたのがそっち方向だったから、なんか向かう気にもなれなくて」

「ふーん……あ、なんか神頼くん、憑いてるみたいなこと言ってたん。和泉くんが嫌やって思う気配それなんかなぁ?」

「どうだろ、見たことないからなあ、その人のこと」

 ゴミを集め終えたのか、和泉は体を伸ばすように立ち上がる。ほとんど中腰だったために体が疲れたのだろう。

 ちなみにはな子は仕事で不在だ。学校から帰って早々、二人を置いてどこかに行ってしまった。

「それに僕、見えるわけじゃないし……聞こえるだけだからね」

「……なあ、よく考えたらなんやけど、和泉くんの体質って不思議やんなぁ。聞こえるだけってなんでなんやろ」

「? そういう体質だからじゃない? それを言ったら神奈木さんだって不思議だけど」

「んー、まあそうなんかな……」

 悩ましい顔でホウキをバタバタと振っている恵梨香は、和泉にとうとう「ホウキの先を弾かないで! ゴミが散るから!」と叱られたのだが、恵梨香は反省した様子もなく「は〜い」とのんびり答えただけだった。


 はな子が神社に戻ったのは、数時間後のことだった。その頃にはすっかり綺麗になった境内を歩き、のんびりと社務所に戻る。

 和泉と恵梨香は、十蔵がまだ神社に居るために、社務所で十蔵と夕食を食べていた。神社の社務所は広く、座るスペースもある。とはいえ三人で座って食事をするには少しばかり狭い。

 そんな一室に、はな子も加わった。さらに圧迫感を覚えるが、和泉も恵梨香も気にしなかったのか、はな子を認めて嬉しげに笑みを浮かべる。

「神奈木さんおかえり! 神奈木さんのお母さんがご飯持ってきてくれたんよ。一緒に食べよ〜」

「今日の仕事、僕居なくて大丈夫だった? また無理に祓ってない?」

 はな子に前のめりに声をかけた二人の隣で、十蔵が満足げに笑う。祖父心としては独りだった孫に友人が出来て嬉しいものだが、当の孫は照れ臭そうだ。はな子はひとまず二人から離れながら、用意されている夕食の場に腰掛けた。

「してはな子、どうじゃった。和泉くんが必要か」

「いるね。和泉、明日一緒に来てよ」

「えー! うちは!?」

「岡さんは学校に行って」

 箸を持って食事を始めるはな子を、隣に座った恵梨香は納得いかないように睨み付ける。

 しかしはな子はどこ吹く風。恵梨香の視線を黙殺し、和泉からの「今回はどんな仕事なの?」という言葉のみを拾い上げた。

「じいちゃん、これって言っていいよね? 岡さんもいるけど」

「うちだって聞きたいー! ねえおじいちゃん、うちも聞いてええよね!?」

「そうさな、構わんだろう」

 十蔵はやはり楽しそうだが、恵梨香だけは頬を膨らませて腑に落ちない様子である。

「簡単に言うと、人間が怪異になってるの。とあるご家族なんだけど……そこの息子さんに出ちゃってるみたいで厄介なんだよね」

「なんそれ? 人間やのに?」

 味噌汁をすすった恵梨香が、不思議そうに問いかけた。事情を聞けたからか機嫌はすっかり元通りのようだ。

 和泉も同じところが気になっていたらしく、恵梨香の問いかけの返事を待つようにはな子を見ていた。

「そうだね、普通はそんなこと起きない。人間に介入できるのなんか、力の強いものくらいだよ」

「……今回もまた神様が関わってるとか?」

「どうだろう。今日はひとまず家に行ってみたけど……」

「はな子。あのあたりには大昔、ダムがあっただろう。土地が関係しておると思ったが……実際に見てみてどうじゃった」

 もりもりと天ぷらを食べながら、十蔵が上目にはな子を見ていた。はな子は浅く頷く。

「おそらくビンゴだと思う。何がきっかけかは分からないけど……ちょっと前からそれが起き始めてたんだってさ」

「主にどんなことが起きてるの?」

「今日聞いたのは、影がなくなる、呼吸をしなくても苦しくならない、瞬きが不要、写真に写ろうとしたらピントが合わなくなる、とかかな。緩やかに侵食されてる感じらしいから、ひどくなるとどんどん悪化していくんだと思う」

「……なんか、人間やないみたいやね、それ……」

 恵梨香は自身で呟いて、ようやくはな子の言葉の意味を理解した。

「人間が怪異化しとるって、そういうことなん? それなら悪化し続けたら……」

「おそらくだけど、完全に怪異になる可能性がある」

 恵梨香と和泉が表情を強張らせる中、はな子はなんてことない顔で箸を進める。

 十蔵は難しい顔をして、何かを思い出すようにその目を宙に向けていた。

「人間が怪異になる事例はこれまでには無かったが……人間に干渉することが出来る怪異とは、かなり力が強いものということだなぁ……」

「じいちゃん、あの土地のこと詳しい?」

「いや……あそこは神頼家の領域じゃからな。わしらが介入することを好まれなんだ」

 神頼。その名前に、和泉と恵梨香は黙って目を見合わせる。

「だけどその神頼が今回、うちに話を持ってきたんでしょ」

「そうじゃなぁ……あそこの(ぼん)は、はな子を何かと気にしておる。おそらく今回は、そこの二人を試したいんじゃろ」

 十蔵が目を向けたのは、和泉と恵梨香だった。

 二人は食事を進めていた手を止め、不思議そうに首を傾げる。

「うちら?」

「でも僕、声を聞くことしか出来ないけど……」

「ほんっとに迷惑。神頼の管轄ならただの怪異事件じゃないよ。……今日家にも行ったけど、たぶんもっと根深い。神様が濁るなんて可愛いものじゃない、あれはいろいろ混じってた」

「どういうこと?」

 恵梨香は目を輝かせていたが、和泉は不安そうな顔をしていた。しかしはな子は構うことなく、難しい顔で箸を進めながら「明日行ってみれば分かるよ」とため息混じりに呟いただけだった。

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