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カンナギ  作者: 長野智
第3章

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第1話

 座り心地の良いシートに深く腰掛けて、男は自身の手元を見下ろしていた。

 移動中の車内。男の手には写真があり、三人の男女が写っている。

 エンジン音の小さなその車内では、男が軽くため息を吐く音すら大きく聞こえた。

「いかがなされましたか、御伽(おとぎ)様」

 御伽と呼ばれた男は、それでも写真から目を離さなかった。

 その視線は一直線に、写真に写る男女の一人――神奈木はな子へと向けられている。その瞳には感情はなく、ただじっとつまらなそうな色を宿していた。

「……神奈木も落ちたよね。こんな凡人と連んでさ」

 御伽は少しばかりそれを見ていたが、すぐに写真を男に渡す。

「神奈木家のはな子様ですが、田舎の高校に出向いていたところ、役割を終えたため、手続きを終えた本日学校に戻られるようですよ」

「……ふぅん……興味ないね」

「写真に写っている二人も共に来られるそうです」

 男の言葉に、ようやく御伽がその目を男に移した。

「……神奈木はな子が連れて来たのか?」

「少し前のニュースですが、こちらを」

 スマートフォンを操作した男は何かのページを開いてすぐ、デバイスを御伽に渡す。

 表示されていたのはニュース記事だった。田舎の学校での怪事件。その田舎は現在大混乱で、渦中の校長が事態の収拾に努めているらしい。御伽はそれを静かに読み、デバイスを男に返した。

「……また派手なことをしたのか」

「業界は騒がしいですよ。また神奈木がひとつ怪異事件を解決したと。業界の神奈木家への信頼はうなぎ上りです」

「だからなんだ。おれには関係がない」

「そうです。あなたには関係がありません」

 ぐしゃりと、男が写真を握りつぶした。しかし御伽は咎めることなく、ゆったりとシートにもたれて寛いでいる。

神頼(かむらい)家の長男である御伽様には、このようなことなど些事です。……あなたは誰のことも気にせず、これまで通りの生活を続けてください」


     *


「こ、こここ、ここが東京の学校……!?」

 田舎出身の恵梨香は、視覚から得る大量の情報に戸惑いながらも、その綺麗な校舎を見上げていた。

 綺麗な校舎。たくさんの生徒。化粧をしているキラキラの女の子。スカートの丈も短く、恵梨香は何度も瞬きを繰り返す。

「す、すごい……なあ神奈木さん、ほんまに大丈夫なん? うちら一緒の学校に転入させてもらえたけど……」

「大丈夫大丈夫。裏口ってやつ。ほら、うちって意外と結構大きな家だから」

「う、裏口……ここ進学校だよ……? 僕たちついていけるのかな……」

 和泉はやはり、はな子の後ろに隠れるように小さくなっていた。

「ていうか和泉くん、声聞こえんのん? 大丈夫なん?」

「う、うん、大丈夫……神奈木さんがそばに居てくれるから……」

「朗報だけど、多分岡さんと居ても声は聞こえなくなったと思うよ」

「え、うち? なんで? 狐さんおらんなったよね?」

 恵梨香はキョトンとしていた。しかしはな子はそちらを見ておらず、恵梨香の足元を一瞥する。

 女の子が一人。静かに恵梨香のスカートの裾を掴んでいる。

「神奈木さん?」

「あんたたち、私と同じクラスだからね。ほら行くよ」

 はな子が歩き始めると、和泉と恵梨香も慌てて続いた。

「神奈木さんって、学校では普通の生活してるん?」

「普通のって何?」

「ほら、田舎に来たんは依頼があったからやろ? 普段の学校生活ではなかったわけやんか。やけ、普段はどうやって生活してるんかなって」

 和泉も気になるのか、窺うように上目にはな子を見ている。

「あのねえ、怪異事件なんてそうそう起きるものじゃないの。この間のだって、岡さんに憑いてた神様のせいでしょ。普通はそんなこと起きないから」

「え〜、そうなん? つまらんや〜ん」

 昇降口にやって来た三人は、早速靴を履き替える。はな子の言った通り、靴箱にはすでに和泉と恵梨香の名前があった。

「つまらないって……神社に帰ったらじいちゃんの手伝いだからね? 和泉は家族がこっちに引っ越してくるまでだけど、岡さんはずっとだよ」

「ええよ、うちはめっちゃ楽しみ!」

「岡さん、僕たちは職員室に行かないと」

 和泉の呼びかけに、恵梨香は「そうやった!」と言ってはな子に手を振った。二人は転校生であるために、一度職員室に行く必要がある。それでも靴箱を知っていたのは、それこそはな子曰くの「裏口」あればこそである。

 騒がしい二人が離れ、はな子は教室に向かった。

 はな子は遠巻きに見られていた。騒がしい廊下もはな子が来れば静まり返り、みな目を逸らす。

 そんな中、

「神奈木はな子、久しぶりだね」

 涼やかな声がはな子を呼び止めた。

 はな子は足を止め、ゆるりと振り返る。立っていたのは、はな子とは違うクラスの同級生の男である。

 黒い髪は短く、丸い頭を綺麗に見せている。目元はやや垂れており、微笑んでいるからか柔らかな雰囲気と優しい印象を与えていた。

「……神頼御伽(かむらいおとぎ)。久しぶりかな? あまり関わらないから覚えてないけど」

 一瞬、御伽の眉が揺れる。しかし微笑みは崩れることなく、一歩、はな子に近づいた。

「ニュース見たよ。さすがは神奈木家だね。おれたちみたいな偽物一家には恐れ入る功績だ」

 周囲から人が失せた。通学時間の校舎内であるというのに、教室付近の廊下にははな子と御伽以外には誰も居ない。

 はな子との距離が一メートルになったところで、御伽はようやく立ち止まる。

「……何か用?」

「いや? 凡人と連むようになったんだなって。どうしたの? 高尚な人間でも、孤独に耐えられなくなったのかな?」

「……残念ながら、私は高尚な人間なんかじゃない」

 興味もなさそうに、はな子は目を逸らす。しかしその視界の片隅には、黒い何かが取り残されていた。

「はは! それこそ嫌味だろ」

 不快を滲ませた笑い声。それでもはな子はそちらを見ることなく、どこか退屈そうに窓の外に目を向けている。

「おれたちにとっては最高の嫌味だね。まあ、せいぜい牙を剥かれないことだけ願っていなよ。そうやってきちんと目をそらしてね」

 ぽんと、男がはな子の肩に手をおいた。それは、はな子の隣を通り過ぎる際の、ささやかなアクションだった。けれどもはな子の目は窓の向こう。まったく御伽を視界に入れない。

 すると、肩に置かれた手に、微かに力が宿る。

「窓の反射にも気をつけなよ。……反射でもなんでも、それ(・・)と目があったら終わりだ」

 直後、唐突に肩が軽くなった。御伽が手を離したからだ。

 御伽が静かにその場を離れる。それでもやはり、はな子は御伽の背を見ることすらなかった。


 HRでは、早速和泉と恵梨香の紹介がされた。席は三人とも離れたが、やはりはな子の宣言通りである。

 恵梨香はすぐに周囲の生徒と打ち解けていたが、和泉は終始体に力が入っているようだった。

 そんな日の、休み時間。授業合間の十分程度の休憩である。和泉と恵梨香はすぐにはな子の席にやって来た。

「なあなあ、やっぱり東京の人はみんなええ人やなぁ。お隣の佐藤さんとかな、うちのこのヘアピン可愛いって!」

「す、すごいなぁ岡さん、コミュ強すぎる……見習いたいよ」

 和泉はお腹を押さえながら、落ち込んだように目を伏せる。恵梨香にはなぜそんな反応をするのかが分からないようだった。

「教科書とか前の学校のんでええんかな? 教科書って学校共通?」

「当たり前でしょ。学校ごとに変わってたら教育水準変わって大変じゃない」

「確かに! 神奈木さんってやっぱ頭ええなぁ」

 念のため教科書は持って来ていたが、やはり不安にはなったらしい。恵梨香は照れたように首を傾げるが、はな子は呆れたように肩を竦めた。

 ふと、和泉が廊下に目を向ける。その先には何もない。和泉は見えるわけではないために、何かを感じとってのだろう。

「……和泉? どうかした?」

 はな子の声を聞いて、和泉はすぐに振り向いた。

「この学校、少し変じゃない?」

「変? なにが?」

 恵梨香も興味ありげに顔を寄せる。

「……どこかから、声が聞こえるんだ。でもどこか分からなくて。すごく小さな声だから何を言ってるかは分からないんだけど……」

 先ほどまで和泉が見ていた視線を追って、はな子はそちらを一瞥する。

「それの何が変なん? 声が聞こえるんなんかいっつもそうやん」

「そうなんだけど、この声はなんかこれまでのものと違う気がするんだ。神様が濁っていたカミシロサマとも違う……難しいんだけど、関わりたくない声だなって」

「和泉、岡さん」

 呼ばれて、二人ははな子に目を向けた。

「ひとつ、約束してほしいことがある」

「なに?」

 はな子が改めてそんなことを言うなど珍しく、和泉も恵梨香も戸惑っているようだ。二人は互いに目を見合わせたが、すぐにはな子に視線を戻した。

「神頼御伽って生徒には近づかないこと」

 はな子がそう言うと同時に、チャイムが鳴った。そのためどうしてそんなことを言うのか聞けなかった二人は、やはり腑に落ちない顔をして席に戻っていった。

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