第14話
二人はすぐに水の中に落ちる。やや深いが、溺れるほどではない。はな子はすぐに冷静になり体勢を整えたが、和泉は混乱しているようだった。ジタバタと水の中で暴れて、呼吸ができない状態である。はな子はすぐに背後に回り、和泉を無事回収した。
「ぶは!」
陸に引きずり上げると、和泉は思いきり水を吐き出す。
はな子もようやく地に足をつけて、叩きつけるそれを見つめた。
「……あの、滝だ」
そこは、はな子たちが訪れた滝だった。
いったいどういうことなのか、はな子たちは滝の奥の窪みの、神様の祠があるところから出てきたらしい。
ゴホゴホと咳き込んでいた和泉も、落ち着いた頃にようやくそちらを振り返る。はな子と同じように驚いて「戻ってきた」と安堵したようにつぶやいた。
「岡さんは!」
和泉の声に、はな子がそちらを指さした。
ほとりには、安らかな顔をして横たわる恵梨香の姿があった。
――恵梨香が目を覚ましたのは、和泉に背負われて、ちょうど和泉の母の車に乗ったころだった。和泉の母はみんなの心配をしていたけれど、ひとまずみんなを運ばなければと、すぐに車を発進させた。
二人はなぜか全身が濡れていた。だから恵梨香はそれがおかしくて「なんで濡れとん?」と呑気に笑ったのだけど、二人からは深いため息しか返らなくて、少しだけ不満そうだった。
「なにをしてたか、記憶はあるの?」
何気なく和泉が聞いてみると、恵梨香はうーんと考えるように腕を組む。
「なんかな、ちょっと不思議なんやけど……うち、学校におったんよ。ほら、前におった田舎のな。そこでみんなと、あと知らん女の子と一緒に遊びよった」
「……女の子?」
「そうなん。同級生って感じもせんくらい小さい女の子やった。でもみんな自然とその子と遊びよるし、うちも楽しかったし……久しぶりに田舎におったけ、変な夢でも見たんかな」
心底不思議そうな顔をして、恵梨香は首を傾げていた。
そうして「神奈木さんは無事やったんやね!」「和泉くんは大丈夫やったん⁉︎」と口を挟む間も無く質問を繰り返して、和泉だけがあわあわと困っているようだった。
そうして空港に着くと、和泉の母とはそこで別れる。自分の引っ越しはもうすぐ後だから、とだけ残して、あとはにこやかに手を振っていた。
「あーあ。でも本当最悪。あんな体験初めてだった」
「か、神奈木さんでもあんなことにはならないの?」
「当たり前でしょ! 神様の世界に行くなんてありえないことだから! それにあんな、神様が大切にしてる部分にまで入るとか、それで生きて帰るとか普通なら無理だからね!」
「ええ! そんなことあったん⁉︎」
恵梨香が大袈裟に驚くと、はな子がキッとそちらを睨み付ける。
「そもそも! 今回助かったのは最初に生贄になったあの女の人が気を回してくれたからだし、こうして神様が追いかけてこないのもあの人が何かしてくれたからだろうし、そんなこと奇跡だからね! もう二度と迎えに行かないよ!」
「それじゃあ狐さんおらんなったん⁉︎」
「いない! 居たほうが怖いでしょうが!」
「いややー、うちには狐さんしかおらんのに〜」
「ちょっとは凝りなさいよ!」
「まあまあ、神奈木さん。ここ、空港の待合室だから……」
言い争う二人に、周囲は何事かと興味津々に見つめている。
しかしはな子には関係がない。恵梨香にはキツく言っておかなければ、またなにをやらかすか分かったものではないのだ。
「本当、岡さんが居ると命がいくつあっても足りない」
「でもよく考えたら、太郎くんのことも解決したやん? 前の時もそうやったけど、結局恨みも買わずに綺麗に終われとるんやからええやん!」
「いーやだめだね!」
「わー、もう!」
ピンポーン、と、アナウンスが入る。
どうやら三人が乗る東京行きの便が、搭乗手続きを開始するようだ。
「ほら、行こうよ」
「はあー……本当、なんで私がこんな目に……」
「神奈木さん、マイペースやから今くらいがちょうどいいんちゃう?」
「はあ⁉︎」
「ああもう、岡さんも分かってて煽らないで」
「やって、うち嬉しいん。神奈木さんがうちのこと守って、一緒に帰ってくれるんよ。そんだけでええやんね」
いつもののんびりとした調子で、恵梨香が照れたように笑みを浮かべる。はな子はなにも言わなかった。つんと顔を背けるように搭乗手続きへと向かうと、二人が後ろからついてくる。
「神奈木さん! 待ってやー」
「神奈木さんて意外と歩くの早いよね」
「ほんまよ! うち狐さんおらんなって普通の女の子になったんやけ、優しくしてー」
やや悲しそうに恵梨香が言うと、はな子はちらりと振り返った。
恵梨香の足元には少女が一人。少女は明らかに恵梨香を掴んでいて、恵梨香についてきているようだ。逃げる様子もなく、むしろはな子と目が合うと、嬉しそうに微笑んで手を振った。
「……本当に普通の女の子になったら、優しくしてあげる」
前に向いてそう言ったはな子の言葉は、二人には届いていなかった。




