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カンナギ  作者: 長野智
第2章

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第8話

 恵梨香の住んでいた地方に向かうのは、はな子と和泉のみとなった。十蔵は今受けている仕事の消化に忙しく、太郎はやけに行きたいと言ってはいたが、その途中ではな子に恨みを持つ何かに取り憑かれたのでは厄介である。


 太郎は十蔵の元に居たほうが良いとして、結果置いて行かれることになった。


「岡さんね、姉さんたちの足手まといになりたくないんだってさ」


 東京を発つ直前だった。


 空港に見送りにきた太郎が、とてつもなく言いにくそうにはな子に伝えた。


「自分だけは何もできないって悔しそうだった。おれ、気持ちわかるよ。岡さんの気持ち、一番分かる。だから今回無茶をしたんだと思う。ようやく役に立てるって思っただけなんだ。……怒らないであげてね」


 はな子は何も言わなかった。和泉もただ落ち込んだように、視線を伏せただけだった。


 はな子には恵梨香の気持ちは分らない。なにせはな子は恵梨香のように「役に立てない」なんて思ったことはない。はな子は幼い頃から特別だったし、多くの人から求められていた。人の役に立つことが当たり前に育ってきたのだ。


「僕も、岡さんの気持ち分かる気がする」


 ずっと黙り込んでいた和泉がそう言ったのは、飛行機が離陸した頃だった。


「逆の立場なら耐えられなかったかもしれない。……僕は神奈木さんの『耳』になれて本当に良かった。今までは煩わしかったけど、初めて『声』が聞こえて良かったって思えた」


「……役に立つって、そんなに大事なこと?」


 はな子は和泉のほうを見ないまま、つまらなさそうにつぶやく。


「鬱陶しいだけだよ。勝手に期待されて、勝手に失望されてさ。仕事だからやんなきゃいけないし、でもそのせいで太郎はいっつも危ないし……ろくなことない。普通に生きられるならそれが一番でしょ」


「それは役に立ってる人の言い分なんだよ」


 二人は特に目を合わせることもなく、それぞれ前に向いていた。


「……でも僕ね、本当は岡さんが羨ましいんだ」


「……羨ましい?」


「うん。……前に、神奈木さんも言ってたでしょ、ニコニコ笑ってるだけで何もできない子だって」


「あれは……あのときはそう言わないといけなかったし」


「そうなんだけど。……それでも神奈木さんはそもそも無駄が嫌いそうな性格だったから、そんな神奈木さんの側に、何ができなくても居ていいよって許されてる岡さんが、羨ましいんだよ」


 はな子がちらりと和泉を見ると、幾分穏やかな表情をしていた。含みがあることを言われたわけではないのだろう。


「……無い物ねだりだよね。本当は、ありのままでいいのにね」


 僕もわかってるんだけどねと付け足して、和泉はそれきり黙り込んだ。


 こういうとき、何を言うのが正解なのかをはな子は知らない。友人なんて今まで居たことがなかったし、誰かと関係を続けようと努力をしたこともなかった。




 ――自分はいったい、どうしたいのだろう。


 はな子は少しだけ考える。


 今回のことは仕事ではない。お金をもらっているわけでもない。太郎も良くなったし、無理に時間を割いて出向く必要もない。何より恵梨香自身が選んだことだ。恵梨香が選び、考えて生贄になることを決めた。それを今更、はな子がどうこう言ってどうなるというのか。


「……私は、岡さんが役に立ってないとか思ったことないよ」


 それでも。


 恵梨香がひっそりと居なくなって、多少なりとも腹が立つのだから仕方がない。見つけ出してこっぴどく叱ってやらなければ、はな子の気持ちはおさまりそうにもなかった。


「役に立つとも思ってないしね。……友達って、役に立つ立たないじゃないんでしょ」


 はな子の耳はやっぱり赤かった。和泉は嬉しそうに笑いながら「岡さんは親友だって言ってたよ」とはな子を茶化していた。




 何の因果か、二人はまたしてもあの山奥の村に戻ってきた。


 空港で二人を出迎えたのは和泉の母だ。意気込んで田舎を飛び出していった息子がすぐに戻ってきたために、いたく驚いた顔をしていた。


「本当にいつもいきなりなのね、あなたたち」


 そうは言いながらも、和泉の母はどこか嬉しそうだった。


 はな子が行き先を伝えると、和泉の母はいつかのように探偵気分で「任せてちょうだい!」とはりきってアクセルを踏み抜いた。車内ではやはり和泉の母がよくしゃべっていた。本当に和泉の母親であるのかと疑いたくなるほどにはおしゃべりである。相変わらずな様子に、はな子は時折呆れたようなため息を吐いていた。


「そういえば今回はなんで戻ってきたの?」


 和泉の母は「そっちに戻るから迎えにきてほしい」と言われていただけで、詳細を聞かされていない。出会い頭にではなく少し経ってから聞くことに、はな子は可笑しくて笑ってしまいそうだった。


「おばさん、岡さんの家族のことって知ってる?」


 それでもこらえて聞いてみると、和泉の母は不思議そうにバックミラーからはな子を見ていた。


「恵梨香ちゃんのご家族のこと……? まあ、そうね。あなたたちよりは知ってるんじゃない?」


「何も聞かずに教えてほしいんだ」


 はな子も和泉も真剣な顔をしていた。それに応えようと、和泉の母は必死に思い出す。


「……聞いた話だと、お母さんはだいぶ昔に亡くなってて、今はお祖母さんと二人暮らしだったみたいだけど」


「岡さんの母親はどうして亡くなったの?」


「恵梨香ちゃんを産んで、少しして亡くなったって聞いたわよ」


 それは、以前に恵梨香から聞いた話で間違いない。和泉の母の言葉の信憑性に、はな子と和泉は目を見合わせて一つ頷く。


「それじゃあお祖父さんは? どうして亡くなったの?」


 矢継ぎ早な質問に、和泉の母も苦笑を漏らす。しかしはな子の「仕事」を知っているために、おかしなことを言い出したとは思わなかった。


 この質問も、きっと何かに繋がるのだろう。それを思えば、真面目に答えないという選択肢も生まれない。


「お祖父さんは恵梨香ちゃんが小さい頃に亡くなったんじゃなかったかな。事故死とかではなくて、普通に寿命だったって話だけど」


「……ねえ神奈木さん。どうしてお祖母さんはご長寿だったのかな?」


「……直系じゃない場合、神様が嫌がることもある。お祖父さんは寿命で亡くなったみたいだから、もしかしたら神様はより直系の血に近い女の魂を好んでいたのかもね。……だから、岡さんを産んでもう必要なくなったお母さんをすぐに連れて行った可能性もある」


 赤信号で車が止まる。音が消えて、緊迫感も高まっていく。


「……おばさん、近くに行ったら私たち走るから。たぶんここ車で入れないし」


「え! でも危ないわよ⁉︎」


「急がないといけないの」


 はな子にしては珍しく焦っているようだった。


 それには和泉の母も何も言えなくて、信号が変わってすぐに車を発進させた。


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