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カンナギ  作者: 長野智
第2章

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第5話



「岡さん、ちょっと元気なかったね」


 ガタゴトと揺れる電車内には、はな子と和泉しか居なかった。


 家を出てすぐ、車を出そうとしたより子に、車で行くよりも電車のほうが早いからと断りを入れたのははな子だった。恵梨香はその頃にはもうその場にいなかった。和泉の言うように元気のない様子で、けれど二人には悟られまいと笑顔を浮かべて、太郎の病室へと一人向かったからである。


 流れる景色を見ることもなく、はな子はふぅと短くため息を吐き出した。


「そう? 岡さんていっつもうるさいくらいだから、今朝くらいがちょうどいいんじゃない?」


「もう。そんなこと言って、神奈木さんだって心配してるくせに」


 ――実は、はな子も少し気にはなっていた。


 今朝の恵梨香の様子はたしかにおかしかった。元気がないと言うのか、覇気が無いというのか……普段が底抜けにポジティブで明るいために、その変化が余計に目立っていた。


 けれど和泉が「大丈夫?」と聞いても、恵梨香は作り笑顔を浮かべて大丈夫だと答えていた。顔色も良かったし、体調が悪いわけではないのだろう。


「私たちがどう思ったって、岡さんが何も言わないんだから仕方ないじゃない」


「そうだけど……」


 和泉の表情が、途端に曇る。


「……もしかしたら岡さん、何かを知って落ち込んでたりするのかも……」


「……――何かって何?」


「それは……」


「この間も聞いたけど、あの狐から何を聞いたの? あれからあいつあんたを避けるみたいに動いてて、話し合いたくないって丸分かりなんだけど」


 狐さんに確認を取らせてほしい。和泉はその言葉にならい、何度か狐と話す機会をうかがっていた。しかし結果は惨敗だ。狐にはつんと顔を背けられて、相手にもされていない様子だった。


「……だから……僕の独断では、言えないことなんだよ……」


 和泉はやっぱりあのときと同じ言葉を吐いて、静かに俯いた。




 それから二人に会話はなかった。


 二人きりの電車内には、ガタンガタンと電車が揺れる音しかしない。車掌のアナウンスが聞こえた。降りる駅が次であると知った二人は、それでもぼんやりと外を見ていた。




 東京からずいぶん離れた田舎町である。電車と新幹線を経由して目的地にたどり着いたのは、家を出てから二時間と少しが経った頃だった。




「ご無沙汰しております、神奈木さん。お待ちしておりました」


 呼び鈴を鳴らすと、年配の男が顔を出した。


 そこは普通の一軒家だった。とりたてて秀でたところはない。普通のサラリーマンがその人生で一度は購入するだろうと想像ができる広さと大きさの、今時のデザイン住宅である。


 事前に連絡は入れていた。事情は話していないけれど、今回協力を仰いだ篠山家は、突然の申し出にもかかわらず話を聞くことを快く受け入れてくれた。


「その後はどうですか」


 リビングに案内されて、はな子が一番に問いかける。


 篠山ははな子と和泉にお茶を出すと、二人の側に腰掛けた。


「ええ、おかげさまでおかしなこともなく。……本当に助かりました。妻とも仲良くやれております。晩婚にはなりましたが、信じられないくらいには幸せです」


 篠山が嬉しそうに頬を染めていた。その表情は嘘を言っているようでもなく、今回の仕事のことを知らない和泉も、なんだか誇らしい気持ちになれた。


「……私はもう長いことね、本当に悩まされていたんですよ」


 はな子は一度、出されたコップを持ち上げる。


「そういえば、私についていたという『もの』の話は、どこからすればいいですかね」


「私たちに明かさなかったことがあるのなら、それも知りたいですね」


 はな子の鋭い目が射抜く。


 前回、篠山家ははな子に何も明かさなかった。篠山家はただ「何がどうなっているのかが分からない。何かが憑いているのであれば祓ってほしい」と、通常よりも高い金額を支払っただけである。


 当時ははな子も深くは考えなかった。


 高い金額は「探るな」という意味に思えたし、そこまで興味があることでもない。詳細を語ることではな子がこの依頼を受けてくれないかもしれない、と怯えている可能性もある相手に、はな子があえて「受けません」という理由もない。


 なにせはな子は強い。だからこそ、深く考えないという選択ができた。


「……神奈木さんには恩があります。当時は話すことを躊躇ってしまいましたが……今はずいぶん落ち着いて、自分にも余裕ができました。知っていることをすべて、お教えします」


 はな子が最後に見た篠山は、顔色が悪く、表情も引きつっていた。カリカリとした雰囲気でもあったと思う。今とはまったく正反対で、本人が「余裕がなかった」と言うのもよく理解ができる。


「とはいえ、私も詳しいことは知りません。見たこともないので、父から話を聞いても実際にそうだったのかも実感はありませんでした。こうして解放されてようやくそうだったのだと思えたくらいのものです」


「篠山さんにではなく、『家系』に憑いてたものがいた、ということですか」


 はな子の指摘に、篠山が肯定するように頷く。


「私が生まれた頃にはすでに祖父はおりませんでした。そのため、私に話してくれたのは、祖父から伝え聞いたと言う父からです。……父いわく、これは江戸時代から続いているそうです。古い話ですよ。本当かどうかも分かりません」




 とある旅人の男が、たどり着いた山奥の集落で足休めをしようと決めた。小さな集落だったけれど、よそからやってきた男を歓迎してくれたことが、足休めを決めたきっかけである。


 その集落には、たった一つだけ神社があった。集落の者が言うには、そこには女神様が住んでいて、いつもこの集落を、ひいては山全体を見守ってくれているとのことだった。


 だから男はお世話になっているのだしと、毎日手を合わせに出向いた。男は集落の手伝いも始めたために、知らぬ間に滞在の期間も長くなる。その間手を合わせに毎日そこに通っては、いつも感謝を伝えていた。


 するとある日、そこに一人の女が座っていた。見たこともないほど美しい女だった。


 男はつい見惚れて、声をかけた。どこからきたのか、それを聞いても女は答えず、すっかり落ち込んだ男はいつものように手を合わせて、帰ろうかと踵を返した。


 しかし、そこでようやく女が口を開く。


 ――そなたはどこの者ぞ。


 そんなことから、男は女と仲良くなった。




「それが、その神社の女神様だったと言われております」


「……なるほどね。それで執着されたと?」


「……それだけではおそらく、女神様ともあろう方が目をつけるはずがありません。……私たちは女神様に対し、不義理を犯しました。それをお怒りではないかと、父は言っておりました」




 男は旅人である。


 どれほど女と仲良くなろうとも、旅に出ることになる。


 しかし男はそんなこともうっかり忘れて「毎日手を合わせにくるよ」なんて、そんな約束をしてしまった。


 女の美しさに浮かれていたということもある。格好つけたかったのもあるのだろう。女はそれを信じ込んで、毎日毎日男を待っていた。


 最初は良かった。男は神社を訪れていた。しかし男が旅に出ると、それを知らない女は待ちぼうけることになる。


 男は別れの言葉を伝えていなかった。予想以上に仲良くなってしまったということもあり、そして女が思ったよりも男を慕ってくれたということもあり、悲しませることになると分かっていたから、男は何も言わずに立ち去った。


 それからだった。


 男は女運に恵まれなくなり、それどころか不運ばかりがやってくる。夢にはあの女が出てきてすすり泣いては、恨めしや恨めしやと男を睨みつけていた。




「祖父も、父も、未婚のまま亡くなりました。『あなたの子だから』と、突然子どもを一方的に押し付けられて別れることがほとんどだったらしいのですが……それでも、女神様がずっと私たちに憑いていたのであれば、血縁関係ではあったのでしょう。血を絶やさなかったのは恨みを晴らすためですかね……。どれほど女性と付き合ってもうまくいきませんでした」


「……だけど、それでどうして太郎くんのところに行ったのかな?」


 和泉は単刀直入に、浮かんだ疑問を口にした。


 たしかにおかしな話だ。女神が取り憑いていたのは篠山家であり、その対象を間違えるはずがない。


「……私が祓うとき、その女神様とやらはすでに歪んでた。神気こそ強かったのは、その執念の賜物かもしれないね。例の旅人がよほど好きだったんだと思う。……和泉、あんた病室で何を聞いたんだっけ?」


「あ! この子に触るなって、出て行けって!」


「そう。……たぶん、太郎のことを旅人だと思い込んでるんだと思う。悲しみゆえに、誰かそんな存在でも居ないと狂ってしまいそうだったんだよ」


 はな子は落ち着いた様子だった。正体と理由さえ分かれば、あとはどうにでもなる。すぐに戻って和泉に話をつけてもらえば良いだけなのだ。


「ありがとうございました、話が聞けて良かったです」


「いえ。お力になれたのなら何よりですよ。……今後も何かお世話になることがあるかもしれませんので、そのときはまたよろしくお願いします」


 篠山は最後まで何も聞かなかった。二人を無駄に引き止めることもなく、にこやかに見送って終わった。




 二人は帰り際にもらった手土産を持って、さっそく電車に乗り込んでいた。


 あとは帰るだけである。事情を知ればどうということもない。思った以上に簡単に終わりそうだなと、はな子が思うのはその程度のことである。


「……ねえ神奈木さん。か、帰ったらさ、その……狐さんを捕まえてくれないかな」


「……あの狐を?」


 和泉は、暗い表情を貼り付けて俯いていた。


「やっぱり、どうしてもすっきりしたい。僕は太郎くんも助けたいけど……岡さんのことも助けたいんだよ」


 助ける、と表現するほど危ないのかと、はな子はあえて口には出さなかった。




 ――篠山のように、家系に神様が憑いている、というのはたまに聞く話だ。だいたいは過去によほど気に入られることをしたか、よほど徳の高い家系かのどちらかである。けれどわざわざ神使をつける神様は少ない。本人が側にいることがほとんどで、神使をつけてまで常に「監視」でもするかのように見守ることはあまり見ない事例だった。


(……いや、ある意味扱いが雑っていうのかな……)


 逆の発想で考えると、そうとも思える。


 はな子は今まで、恵梨香に憑いている神様が高位のものなために、本人が一人の人間に憑くことができず、神使を寄越しているのかと思っていた。


 逆に考えれば、自分自身が憑くまでもないような、けれど監視は必要な人間だと判断された可能性もある。それならば和泉の反応も納得だ。狐と女神の会話で何を聞いたのか、良いことでないのは確実である。




「いいよ、そうしよう。……岡さんにも、手伝ってもらってるからね」


 和泉は思わず、パッとはな子に振り向いた。まさか、恵梨香のことをそんなふうに言うとは思ってもいなかったのだ。


「う、うん! そうしよう! 岡さんも大切な友達だし、たくさんお手伝いしてくれてるもんね! ……僕ね、岡さんの元気なところにすごく助けられてるんだ。でも岡さんは無意識に我慢するでしょ? 僕たちに心配かけないようにしてるっていうか……本当はね、まだ立ち直れてないんだよ。夜な夜な泣いてるんだ。隣の部屋から聞こえてくる。……ずっと一緒に居た友達がみんな突然いなくなったから、仕方がないんだろうけど……」


 だから今度は、僕が助けたいんだよねと、和泉は強い瞳で言い切った。




 実ははな子も、すすり泣く声は聞いたことがある。


 それは偶然目を覚ました深夜のことだった。トイレに行くのにその部屋の前を通ったとき、中から恵梨香の悲しむ声がした。何を言っているのかは聞こえなかった。けれど昼間は元気なふりをして恵梨香が何も言わないから、はな子にも踏み込むことができなかった。




 はな子だって、心底薄情なわけではない。恵梨香の能天気さに救われている部分もある。だけど恵梨香はいつだってはな子や和泉に頼らないから、手を差し伸べることもできないでいる。


「そうだね。……あの子は感情で動いて、突っ走ってから回って本当に大変そうだから、私たちが助けてあげないとね」


 そんなふうに言うくせに、はな子の耳は赤かった。だから和泉は何も言わずに、ただ嬉しくなって「そうだね」と笑顔で言葉を返しただけだった。




 二人が家に戻ってきたのは夕方になる頃だった。篠山の家は遠く、意外と時間がかかってしまったようだ。


 はな子が玄関を開けると、珍しく中から言い合う声が聞こえてきた。


 二人は玄関先で一度目を見合わせて、何が起きているのかとふたたび奥に視線を戻す。


 神奈木家の人間は基本的に、十蔵とはな子以外は静かなものだ。言い合うことはないし、騒ぐこともない。声も小さめだ。けれど今は、会話こそ聞こえないけれど、大きな声はしっかりと聞こえていた。

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