第10話
これはおかしいと気付いたはな子が、放課後、和泉と共に教師たちに事情を聞きに向かった頃。恵梨香はいつものように、下校するべく沙織たちと昇降口にやってきた。
「なあ、ちょっとあの二人、いい感じやと思わん?」
ニヤリとしながらそう言ったのは、噂話が大好きな広美である。
「あー、神奈木さんと和泉くんやろ? それ思ったんよ。最近ずっと一緒におるやんね」
「ね。恵梨香も一緒におったやん? 今日あたしらとおったんは、あの二人に気ぃ遣ったとかなん?」
「え、いや……」
沙織が疑われたから、とは口が裂けても言えない。そもそもそんな話をしてしまえばはな子がこの学校に来た目的にも触れなければならないために、言い出せるはずもなかった。
恵梨香は沙織が疑われて腹が立ったし、悲しかったけれど、決してはな子のことを嫌いなわけではない。だから恵梨香ははな子に不利益が生まれるような、はな子の都合が悪くなってしまうような、そんなことだけはしたくなかった。
「……ま、まあええやん、神奈木さんたちのことは。うちらはとりあえず、沙織の家に集まって話そうや。そういえば今日広美の好きな安達くんお休みやったやん、寂しかったんちゃう?」
「やめてぇや恵梨香―!」
「ほんでも仕方ないやんね。やって安達くん、今日はカミシロサマとおるんやろ?」
紗奈の言葉に、恵梨香の足が自然と止まった。昇降口を出て、グラウンドを突っ切っていたさなかだった。
カミシロサマ。それは、つい先日はな子と話していた存在である。
「あ、そうやっけ? ほしたら二、三日は会えんのん。広美どんまいやん〜」
「でもそれは仕方ないよー寂しいけど……」
キャッキャと話す三人は、その違和感には気付いていないようだった。
カミシロサマが日常に溶け込んでいる、という明らかな「違和感」。恵梨香の知る限りでは、三人もその存在をどこか恐れていたはずだった。
(カミシロサマとおるって何……? それって、安達くん危ないんちゃうん? みんなやってカミシロサマは怖いねって名前すら出さんようになっとったのに、何でそんなに笑いながら……)
二、三日カミシロサマと一緒にいる、とは、いったいどこで何をして?
「恵梨香―? どうしたん? 沙織ん家行こうや」
恵梨香が立ち止まっていることに気付いた三人が、二メートルほど先で歩みを止めた。そうしてくるりと振り返り、いつもと変わらない様子で恵梨香を見つめている。
その視線が、恵梨香にはどこか恐ろしく思えた。
「……さ、沙織さぁ……」
確認してはいけない。絶対に、聞いてはいけない。そんな予感がするのは、はな子の言っていたことが正しいかもしれないと、心の片隅で思っているからなのだろうか。
恵梨香の心臓がばくばくと跳ねる。そんな音を聞きながら、不思議そうな顔をして「なに?」と反応を返した沙織を、怯えるようにうかがっていた。
「恵梨香? 顔色悪ない?」
「はよ沙織ん家行こうやー」
広美と紗奈は恵梨香を見ながら、変わらない様子で誘いかける。
だけど恵梨香はどうしても、それに気さくに乗ることができなかった。
「……沙織、カミシロサマと何か『約束』したん……?」
聞いたものの、沙織は難しい顔をして眉を寄せただけだった。
「約束? 何のこと?」
嘘をついているわけでもなさそうな表情に、恵梨香もホッと安堵の息を漏らす。
それもそうだ。カミシロサマがどういう存在なのかは、ここに居るみんなが知っている。そんな相手と軽率に約束をしようなんて思う者は居ないだろう。
「そ、そうやんな、なんでもないんよ、ごめん変なこと聞いて」
「たまーに恵梨香って不思議やよね〜」
「やってさぁ〜、最近神隠し事件とか、変な目撃証言とかあるやん? そんなん続いとるとちょっと不安になるん」
ようやく体の緊張が解けた恵梨香は、三人の元に急いで歩み寄る。しかしふたたび、沙織の言葉で足を止めることになった。
「神隠し事件? そんなんあった?」
時間さえも止まった感覚だった。
だって、クラスメイトが二日も消えていたのだ。それも一人ではない。多くはないけれど、このひと月で数名は確実にどこかに消えた。
「な、に言ってるん……?」
そういえば、噂話が大好きな広美が、今回の神隠し事件については何も言っていなかった。
最初に消えたのは、クラスメイトの男の子だ。掃除の時間中に雑巾を洗うと教室から出て、そのまま戻ってこなかった。恵梨香も掃除当番ではあったのだけど、恵梨香以外の誰もが彼が居なくなっても違和感を覚えていなかったために、体調不良で帰ったのかなと思っていた。異変に気付いたのは翌日だ。そのクラスメイトが荷物を置いたままで学校に来なかったことから、ようやく「おかしいのではないか」と思い始めた。
その時に偶然通りかかった校長が、難しい顔をしていた恵梨香に声をかけた。校長は学校と生徒のことを誰よりも思ってくれている。それを分かっているからこそ、恵梨香も隠すことなく起きた出来事を話すことが出来た。嘘偽りなく話したのち、驚いた様子を見せた校長を見てようやく、その出来事がやっぱりおかしいことだったのだと恵梨香も思い知る。
「……少し調べてみるよ。ありがとう、岡さん」
そう言って動き出した校長は、数日後、ふたたび恵梨香の元にやってきた。
「家にも帰っていないみたいだ。それなのに家族の人は、帰ってこないことをおかしいと思っていないようだった」
「……みんなもそうなん。クラスのみんなも、何も言わん」
「……おかしいね。まるで、神隠しだ」
「神隠し?」
そうして、クラス――ひいては学校の誰かが居なる事件が立て続けに起きて、その度に恵梨香と校長は話し合った。
おかしいのは、誰もが何も言わないことだった。家族に聞いても同じである。校長の話では、帰ってこない生徒の話をすると、全員がどこかぼんやりとした表情になるという。まるで何かに操られているみたいだと、校長はそんな信じられないようなことも言っていた。
そうして、恵梨香と校長の間で今回のことを「神隠し事件」と呼ぶようになった。誰かが消えれば、恵梨香が情報を渡す。そうして校長が動く、という一連の流れが定着していたものである。
どうして恵梨香は、そうしながらも沙織や広美や紗奈に、何の相談もしなかったのか。
それはきっと、恵梨香自身にも「みんなに言っても無駄だ」と、なんとなくにでも分かっていたからだ。
「恵梨香?」
不思議そうな紗奈の声で、恵梨香はハッと我に返る。
「……あ、安達くん……もしかして……」
カミシロサマと会っている、というクラスメイトはもしかしたら、カミシロサマの元に連れて行かれて、神隠しに遭っている状態なのではないだろうか。
今回は家に帰ってから学校にやってこなかったために「休み」であると恵梨香にも思えた。だけど、最初の生徒が消えた時にも何も言わなかったクラスメイトたちは、神隠しに関しても「休んだ」と思っているだけで、それはカミシロサマが何かしらの干渉をしているからという可能性も高い。
(でも、それならうちはなんでおかしいって気付くん……?)
それに、どうしてスキー旅行以降そうなってしまったのかも分からない。
カミシロサマが誰かれ構わず声をかけるという噂が流れ始めたのは、恵梨香が高校生になった頃からだった。もちろんいつものみんなもそれを知っていたし、その時にはみんながみんな「怖いね」と体を震わせていた。どこから流れた噂なのかは不明だ。なにせ田舎なために、すぐに出どころの分からない噂が広がっていく。
だけどたぶん、恵梨香が聞いた時には「大人の人がカミシロサマに『約束』をしようって言われたらしいよ」と言っていたから、誰かが体験はしたのだろう。
「恵梨香、帰ろうや〜」
「……いや、うちやっぱり……」
途端に、恐ろしくなった。
クラスメイトも沙織たちも、明らかにおかしい。態度が普段どおりなだけに、余計に違和感が浮き彫りになっている。
今までは見ないふりを出来ていたそれが、大きくなりすぎて見過ごせないほどになって恵梨香の目の前にあった。
恵梨香が一歩足を引く。すると突然、沙織の表情がスゥと失せて、恐ろしいほどの「無」になった。
「……何なん? 恵梨香、なんで恵梨香だけそっちにおるん?」




