牛若
牛若は清盛によって処刑されたのである。
牛若は常磐の息子だった。常磐が清盛の娘を産むと清盛の妻・時子は許すことが出来ず、清盛を問い詰めた。
「いけませんね。国家を預かる方が子どもたちを敵味方にするだけでなく、その母(常磐)を愛人にするとは。私の立場はどうなされます」
時子は微笑みながら清盛に言う。
「常磐は妾じゃ。正妻のお主とは違う。それにお主の弟である時忠の娘を院に仕えさせお子が親王となられ、そちは今では立派な二位殿ではあるまいか?これも政治のひとつなんじゃよ」と清盛は悪びれず答えた。
「それなら申し上げますが常磐の娘は平家の娘として立派に育てあげましょう。ただ牛若は源氏の子、この平家の敵となるお方。頼朝殿の命を見逃してすでに鎌倉殿となっています。この平家の脅威になりつつあるのですぞ。それを二位の立場から見逃すことは出来ませぬ」と扇子を畳む。
「そんな殺生な。あんたには神も仏の心もないのですか」苦り切って清盛がいう。
「何を仰るのです。祇王も仏も囲わせているのは女子ならばこそ。男子は決して赦してはなりませぬ。頼朝のことも私の意見より池禅尼様のお力添があったからでは御座いませんか?あの時の失敗は誰が責任を取ったのでございましょうか?」時子は清盛よりも頭が切れた。
「あい、わかった。そこまで言うならそちの勝手にせい。しかし、わしはこの件にかんしてはかかわらないぞ。娘に恨まれたらたまったもんじゃない」
「それは重盛にやらせましょう。義理の息子だとはいえ平家の母の気持ちが理解出来ましょうぞ、あれは賢い子であるから」
「勝手にせい!」清盛はそう言うしかなかった。
時子、常磐御前、重盛の前に牛若が連れてこられる。この時牛若はかぞえで三歳の幼子であった。手をうしろに縛られ泣く猶予もあたえられずに、ひざまつかされたのである。
「それで常磐、そちには義家から預かっている短刀があるそうじゃな」
「はい」と常磐の声は微かに震えていた。
「それは物騒ではないか。寝首を斬られたら後世までの笑い者。なあ、重盛」
「ごもっとも」額の汗を拭いながら、こんな役割は御免被りたいと重盛は考えていた。牛若の首を斬るのはこの俺ではないか?
「父の遺言の刀で死ぬのは本望ではないか?慈悲深い私ゆえのことその短刀も遺体ごと埋葬してやろと思う」時子には鬼子母神が宿っていた。
常磐に短刀を持ってこさせ、重盛はそれを受け取る。牛若は泣くに泣けない。声ひとつ上げようとはしないのはもののふの子であるからなのか?
重盛が首に短刀を当てたときに、小さな声で「か…か…さ…ま」と聞いたような気がした。その声は常磐の絶叫にかき消された。
常盤御前は茫然自失となって仏御前に介抱されていた。そして弱々しい声でいうのであった。
「牛若の恨みはそう晴らせるものではありません。そこでお願いがあるのですが、牛若の成仏のためにわたしが吟じた歌で舞ってはくださりませんか」
「そのことは祇王にも相談しましょう。それにいま、静と申すものが弟子入りしたとか。彼女の舞として『牛若の舞』は人気になりましょう」
稽古の日、常磐は瞽女として悲痛な物語を我が息子のために歌う。それはまるで牛若が生きているような騙りであり、仏御前の琵琶もそれに呼応した。静御前は牛若の成長した義経となっても舞ったのである。その噂が平家を苦しめた。神出鬼没となった義経のもののけは平家を壇ノ浦まで追い込んでいく。
それが畢竟、静御前の「義経伝説」の舞だった。




