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第5話 褒賞と代償

 父が陛下への謁見を済ませてから五日後。

 メラニアが伝えた違法サロンを筆頭に、多くのサロンや酒場が摘発された。


 外部に情報が洩れぬよう、すぐに動いてくれたらしい。

 現在、箝口令を敷いた上で、多くの貴族が城に拘束をされている。事前に得た情報と証言を照らし合わせた上で、各々の罪が裁かれることだろう。


 もちろん、アルゲルも。

 死に戻ってから約ひと月。彼の顔を一度も見ることはなかった。

 婚約破棄騒動が起こるよりもずっと前からメラニア達の関係はとっくに破綻していたのだ。


 多くの貴族が混乱する中、メラニアの父は早々に子爵家に婚約破棄を突き付けた。

 情報規制事項に触れない範囲のカードを何枚も用意し、慰謝料を搾り取れるだけ絞りとったのだと。


「貴族同士のパワーバランスも変わってくるだろうな。少なくとも、公の場で我ら役持ち貴族を馬鹿にする者は消えるはずだ」


 淡々と告げる父の姿は、伯爵家当主と呼ぶにふさわしいものだった。

 ……小脇に買ってきたばかりの本を数冊抱えていなければ。


 メラニアよりも少し遅れて出迎えにやってきた母も、それらの存在にいち早く気づいたようだ。目じりを釣り上げて詰め寄る。


「あなた、その本、どうされたんですの? 私の記憶が正しければ、もう今月は新しい本を買うお金などないはずですけれど……」


 父はせめてもの抵抗として、本を背中の後ろに隠す。

 まるでいたずらがバレた子供だ。悪いことをした自覚はあるのか、完全に目が泳いでいる。それでもなんとか言い訳をしようと必死で頭を働かせる。


「えっと、これは自分へのご褒美というか……。陛下が此度の活躍を褒めてくださってな、報奨金を下さるらしいんだ。だから前借り……そう、これは仕事への正当な対価なのだ!」


 半月で膨大な証拠を集めたとは思えないほど雑な言い訳だが、メラニアがよく知っている父の姿はこちらである。


 お金があればあるだけ本に使い込む父に代わって財布を管理している母にはまるで頭が上がらない。もちろん母とて常に厳しいわけではない。この一ヶ月、父がどれだけ頑張ったのか知っている。


 ゴテゴテした装丁の、明らかに高価な本を何冊も買ってこなければ口出しすることもなかっただろう。


「去年のボーナスで直す予定だった屋敷の外装の件、お忘れではありませんよね?」

「……私が悪かった」


 ボーナスを補修工事費用に充てることになった理由は、母がコツコツやりくりをしていた費用を父が前借りしたからだ。


 絶版になった本が古書店で見つかったのだと。ボーナスを待っていたら買われてしまうと必死で頼み込み、見事に入手した翌月にすっかり忘れて他の本を買ってきた。


 父は本を前にすると色々と抜け落ちてしまうのだ。

 本人も自覚があるからか、頭を垂れて身体を縮こませる。


「まさか慰謝料には手を付けていないでしょうね?」

「もちろんだ! 今後もあの金にだけは手を付けるつもりはない。それに自分用はこの一冊だけだ。残りはメラニアを愛してくれた妖精に渡すために買ってきた」


 ほら、と前に突き出された本は三冊とも児童書だった。

 どれもメラニアが幼い頃に好んで読んでいたおとぎ話である。


 本好きの妖精にお礼をするなら、やはり本がいいと考えたのだろう。

 メラニアも兄に贈る本とは別に、妖精に捧げるための本を用意しなければ……。


 それはそれとして、あのシリーズの特別装丁版が出ているとは知らなかった。

 後日、父からどこの書店で購入したか聞かなければ。


「その言葉で安心しましたわ。この子がお嫁に行く時はろくなドレスも用意してやれないのでは困ってしまいますから」

「お母さま、私はできれば結婚せずに生きていきたいと思っています」

「今はそう思っていても、いざ結婚したい相手ができた時にお金がないんじゃ困るでしょう。嫁入りと同じくらいお金がかかる決断をするかもしれないし、お金がある分にはいいんです!」

「そうだ、人生何があるか分からないからな。私もまさか自分の代で家格が上がるとは思っていなかった」


 父は母に加勢するように重大情報を放り込む。

 突如放り込まれた爆弾発言にメラニアだけでなく、母も目を見開いた。


「初耳ですが!?」

「初めは領地をくださるって話だったんだが、うちの家系はそういうのに向いていないからなぁ。断ったら報奨金とついでに、侯爵位もくれるって話になってな。後日、正式に文書でくださるそうだから、その時にでも話すつもりだった。あ、給料も上がるぞ!」

「あなたはどうしてこう、いつも大切なことを後回しに……。ああ、新しいドレスを何着か仕立てないと」


 今回活躍した者達に褒賞として与えられる土地は、近々取り上げられる領地である。

 その中にはアルゲルの実家である子爵領も含まれる。子爵領は小麦の生産が盛んで、領収入はかなり安定している。


 幼い頃から「お前を娶ってやるのだからありがたく思え」と嫌というほど聞かされてきた。


 だがいくら収入が見込める土地とはいえ、土地を取り上げられるほど今回の事件に関わっていた貴族が治めていた時点で何かある可能性が高い。問題を抱えていなかったとしても、今回の事件には関わっていない分家筋から恨みを買うのは確実だ。


 そんな爆弾みたいな領地を上手く回せるような人材はガルド家にはいない。

 給料のほとんどを書籍に突っ込むのは父に限ったことではない。ガルドの家系に生まれる男児は大体同じようなものだ。そして数字に強い、メラニアの母のような女性を妻として迎え入れる。


 領地を断る判断は正しかった。

 母もメラニアもそこに異論はない。


 だが爵位が上がるなんて……。

 父の「貴族同士のパワーバランスも変わってくる」の言葉はその通りの意味だったのか。


 領地同様、上位貴族の枠を空席にしておくわけにはいかない。

 ガルド家を筆頭にいくつもの家の家格が変わるはずだ。だがいくらなんでも急すぎる。


 しばらく両親と長兄は夜会服の仕立てと社交に追われることになることだろう。


 だが死に戻る前にメラニアが見た光景とは違う。

 大好きな家族が馬鹿にされることはない。


 メラニアにとっての最悪が回避されたのである。

 その対価として、今年の外装工事もまた延期になりそうだが。


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