第41話 図書館の妖精
メラニアの意識が完全に別のことに向いている間も、ももちゃんとジニアの言い合いは続く。
「だから俺のところじゃなくて、メラニアと一緒に過ごしているのか。まだ寝床も残してあるんだぞ?」
「美味いお菓子もくれるしな! お前は寝床選びも食事もセンスがない」
「普通のモモンガならあれで十分だろ……。だがメラニアを気に入っているのなら、なぜメラニアの記憶も残した。知らない方が幸せだったことも多いだろう」
刺された瞬間のことを言っているのだろう。
メラニアにとっては未だ恐ろしい瞬間ではある。忘れてしまった方が幸せだったかもしれない。
だが自分の死因と恐怖を明確に覚えていたからこそ、メラニアはすぐに動き出せた。
忘れていたら、メラニアには再びアルゲルに婚約破棄される未来が待っていたはずだ。
「他でもない、本人がそう願ったからだ。力を掛け合わせるなど、長きにわたり力を溜めていた我が輩ですら、相当な無理をせねばならんかった。おかげであれだけあった力のほとんどが枯れ、愛らしいだけのモモンガになってしまったわ。責任を取って今後もお世話をしてもらわねば割りに合わん」
ももちゃんは「なぁ、ぬしよ」と振り返る。
「それはもちろん。ももちゃんはうちの立派な一員だから、妖精じゃなくても今後もしっかりお世話するけれど……。なんでそこまでしてくれたの? 幼い頃から知っているとはいえ、ももちゃんにとってデメリットが大きかったんでしょう?」
メラニアは元のももちゃんを知らない。だが話ぶりから察するに強い力を持った妖精だったのだろう。
見た目もモモンガよりももっと大きな、立派な姿だったのかもしれない。
メラニアを含め、ガルド家は揃って愛らしいモモンガ姿を気に入っているが、ももちゃんもそうとは限らない。
長らく見守ってきたとはいえ、何百年の中にあるほんの数年だ。そこまで肩入れしてくれる理由が浮かばない。
「妖精が力を使うのは、自らが欲しい物を手に入れるため。我が輩はぬしらの紡ぐ物語をもっと見たいと思った。対価などそれで十分だ。お前のせいで最悪なエンディングになるところだったからな! お前達のことだからすぐにくっつくと思ったのに、まさか思い出をなくしてもなお思いが捨てきれないとは思わなんだ」
ももちゃんは思い出したようにムキーッとジニアを威嚇する。相変わらず仲がいいのか悪いのか分からない二人だ。
「そういえばなぜジニア様は記憶を取り戻せたんですか?」
「それは……」
「あの瞬間、この男はようやく目の前のぬしだけを愛すると決心したからだ。我が輩は何人もの相手に想いを抱くような軟弱者は好かん。同一人物とはいえ、大事にする覚悟は重要だ」
言い淀むジニアに代わり、ももちゃんが応える。ももちゃんなりの意趣返しのようだ。
秘密を言ってやったとばかりに上機嫌になる。
ついでにジニアの皿に残ったケーキに手を伸ばし、もっしゃもっしゃと食べ始めた。
母がいたら確実に怒られるであろう行為も、今は止める者はいない。ジニアも気づきつつ、指摘する様子はない。ももちゃんはそのことを理解しているのだ。
メラニアもお茶を注ぐだけにとどめる。
代わりに記憶を取り戻した本人に問いかける。
「でも私、ミラージュモンキーを捕まえただけですよ? 珍しい魔物ではありますが、一生の覚悟をするようなことでは……」
「好きな女性が輝いた目で、俺との未来を語ったんだ。あれで落ちない男はいない」
「そう、ですか……」
思いの外、豪速球が返ってきた。先ほど言いづらそうに視線を彷徨わせていたのが嘘のよう。逆にメラニアが恥ずかしくなる。きっと耳まで赤くなっていることだろう。
「だが父上がすんなり結婚を許してくれるかは分からんぞ。なにせ未来から戻ってきたことを一年も隠していたのだからな」
「メラニアが俺を認めてくれたんだ。あとはメラニアの家族に認めてもらえるまで頑張るまでだ」
「ずいぶんと吹っ切れたな。だが障害はまだあるぞ! お前がグタグタ悩んでいる間に、就職先も決めていたのだからな! すぐに結婚できると思うでない」
ももちゃんは今、どのポジションに立って話しているのだろうか。
小動物枠よりも妹を大事に思う兄に近いような……。ももちゃんの今までを考えるとあながち間違いでもないのか?
「王立魔物研究所のことか? もう採用が決まったんだな。さすがはメラニアだ」
「あ、それに関しては所長さんが私とジニア様は結婚するものだと勘違いしていたみたいで。すぐには無理だけど、ゆくゆくは辺境伯領付近にも研究所を作る予定だから、そちらで働くこともできるって言ってくださったんです。可能であればウィルヴェルン家の人とも話したいとも言っていたので、今からでも連絡を取ってスケジュールを教えてもらえればなんとか調整できると思います」
「結婚すると思っていたのに、あんな花束を用意してきたのか……」
ジニアは例の花束を思い出し、呆れたように息を吐く。
ちなみにあの花束の一部はお風呂の入浴剤に変わった。母はもったいないと眉を顰めつつ、お風呂から出てくる頃にはすっかり機嫌を直していた。
もらい物とはいえ、たまの贅沢もいいものだ。
残りはいくつかの花瓶に分けた上で、家の至る所に飾られている。




