第38話 お詫びの品は思い出のケーキ
「昨日は本当にすまなかった」
翌日の放課後。
ジニアは改めてガルド家に謝罪にやってきた。
「お身体はもう大丈夫なんですか?」
「念の為に一日休んだが、この通りピンピンしている」
「よかった……」
今朝やってきたウィルヴェルン家の御者からジニアの様子は聞いていたが、実際に姿を見た方が安心できる。顔色もすっかりよくなった。
今日は熟睡できたのかもしれない。ホッと胸を撫で下ろす。
「それでこれを。ささやかではあるが、よければご家族で食べてくれ」
ジニアはケーキ箱を差し出す。わざわざ用意してくれたらしい。申し訳なさと共に、嬉しさと懐かしさが胸の中に広がっていく。
「メルクルゥのショートケーキですね! すごく並んだんじゃ……」
「女性の間で流行っていると聞いたんだが、喜んでもらえてよかった」
「味はもちろん、真ん中に入っている砂糖菓子の形で占いができるのが面白くて」
メラニアにとって、このケーキはただの流行の品ではない。ジニアとの思い出が詰まった品だ。
死に戻る前、ジニアと学生時代に流行っていた物について話したことがあった。それからしばらく経った頃。王都の夜会に出席した翌朝、ジニアがわざわざ買ってきてくれたのだ。
ショートケーキとチョコレートケーキ。半分に分けて二つの味を楽しんだ。
中から出てきたのは二つともハート型の砂糖菓子。意外と固くて、食べるのには苦労した。だがそれも含めていい思い出だ。
来年も一緒に食べようと約束したが、叶うことはなかった。メラニア達が王都に行った日はたまたま定休日だったり、店主が故郷のお祭りに参加していたり。何かと都合が合わなかったのだ。
その度に二人で次こそは! と意気込んでいたものの、叶うよりも先にメラニアが死んでしまった。
まさかこんな形で『次』がやってくるなんて……。
箱を握る手には自然と力が入る。ジニアには記憶が残っていないことだけが残念だが、そこまで望むのは我儘というものだろう。
潤みそうになる目をギュッと瞑り、代わりに笑みを浮かべる。
「よければジニア様も食べて行きませんか? お茶も用意しますので」
「だがこれはお詫びの品で」
「美味しいものは一緒に食べた方が美味しいですから」
どうぞと客間に案内する。
そしてメラニアは早速ケーキとハーブティーの用意に向かう。
キッチンで箱を開くと、通常サイズのケーキとは別に、一口サイズのケーキが目に入った。それも一つではなく、三つもある。それぞれ違う種類のケーキを選んでくれたようだ。
ももちゃん用だろうか。気遣いが嬉しい。
これは後でももちゃんにあげるように避けておこう。別の皿に取り分け、蓋をしておく。
ハーブティーは、あの日に飲んだのと同じミントティーにした。
覚えているのはメラニア一人になってしまったが、ささやかなお祝いのつもりだ。これがおそらくジニアと二人で過ごす最後の時間になるから。
「お待たせしました」
「うむ。美味しいケーキとやらはどれだ?」
客間に戻ると、机の上にももちゃんが座っていた。
ももちゃん用のハンカチまでバッチリだ。どうやらケーキの匂いを嗅ぎつけてやってきたらしい。さすがももちゃん。鼻がいい。
「ももちゃんも来てたんだね。ちょっと待っててね。今、ももちゃんのも持ってくるから。ジニア様がももちゃん用の小さなケーキも買ってきてくれたんだよ」
「気がきくではないか」
「ガルド家の皆さんへのお詫びだからな。ももちゃんにも迷惑をかけた」
メラニアは急いでキッチンに戻り、ももちゃんのケーキとカップを持ってくる。小さなケーキを載せたお皿を出すと途端に桃ちゃんの目が輝き出す。
「三つもあるぞ!? これは全部我が輩が食べていいのか?」
「うん。どうぞ」
「メルクルゥのケーキを食べられる日が来るとはな。モモンガも案外悪くない」
モモンガも?
不思議な言い方にメラニアは首を捻る。それではまるで、以前はモモンガではない何かであったかのような言い方だ。
ケーキを手で掴んで、もぐもぐと食べるももちゃんはまさしくモモンガである。膨らんだほっぺには、他の姿が想像できないほどの可愛らしさが詰まっている。
じいっと見ていると、ももちゃんはピタリと手を止めた。
「主もこれが食べたくなったのか? 少しくらいなら分けてやってもよいぞ」
「大丈夫。ただ美味しそうに食べるなぁと思って」
「美味いからな!」
にぱっと笑うももちゃん。やはりどこからどう見ても愛らしいモモンガである。ただのいい間違えだろう。メラニアはそう結論づけてフォークを手に取る。
一方ジニアは、メラニアとは別の部分が気になったようだ。
「ももちゃんもメルクルゥを知っていたんだな」
「有名だからな」
「私はモモンガよりも流行に疎いのか……」
肩を落とし「もう少し流行り物に関心を持った方がいいか」とため息を吐く。
「我が輩は流行りに敏感なわけではない。常に美味なるものと面白い物語を求めているのだ。今、この瞬間もな」
ももちゃんは空になったカップを撫でる。いつの間に飲み干したのだろう。全く気づかなかった。メラニアがおかわりを入れると短く礼を告げた。
「確かにこのお茶も美味しいよな。メラニア嬢にハーブティーの本をもらってから自分でもたまに淹れているが、ここまで美味くはならない」
ジニアはカップを持ち、中を覗き込む。
その瞬間、何か違和感を覚えた。
「あれ」
「どうした?」
「今、ジニア様の頭上で何か動いたような?」
一瞬だが、確かにジニアの頭上の空気が揺らいだ。




