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第37話 初恋と一生分の恋

「ここは」

 ジニアが目を覚ましたのは、ももちゃんが出ていってすぐのことだった。まだ完全には覚醒していないのか、ゆったりとした視線で状況を確認している。


「私の家です」

「メラニア嬢?」


 ベッドの隣に座るメラニアを見て、一瞬だけ驚いた顔をする。けれどすぐに何が起きたか理解したようだ。フッと視線を下げる。


「ああ、そうか。君といる時に……迷惑をかけてすまなかった」

「迷惑だなんてそんな。お疲れだったのでしょう。ウィルヴェルン家には連絡済みなので、食後はこのままお休みください」

「何から何まですまない。迷惑ついでに一つ聞いてもいいか?」

「なんでしょう」

「気を失う直前、私達は何を話していたんだ? 馬車に乗り込んでからの記憶がなくて」

「卒業パーティーに関する話です。ジニア様が私を気遣ってファーストダンスに誘ってくださったので、私は卒業パーティーを欠席する予定ですとお伝えしました」


 もっと大切な話もあったが、全てを話す必要はない。どうか思い出してくれるなとの願いを込めて「お気遣いありがとうございます」と頭を下げる。


「気遣いではなく、私が君と踊りたかっただけで……いや、違うな。ドレスを着る君を見たかった?」


 なぜ疑問系なのか。

 ジニア自身、不思議そうに首を捻っている。


「ドレスなら、夜会でいくらでも見られますよ」

「卒業パーティでなければならない気がするんだ。自分でもなぜか分からないが……」


 そこまで話すと頭を押さえ始める。また時間を戻る前のことを思い出そうとしているのか、頭が痛むようだ。よくない傾向だ。


 ジニアの中に何かしらの理由やこだわりがあるのなら、変に断り続けるのは悪手だ。なにより今の彼に妻はいない。下手に遠慮する必要もない。


「ジニア様にとって、卒業パーティーは大事なものなのですね。なら友人として、ご一緒させていただいてもよろしいですか」


 先日のロンのように『友人』部分を強調する。

 線引きは大事だ。深入りして、ジニアを苦しめることはしたくない。


 だがメラニアの回答にジニアの表情は歪む。


「友としてではなく、私は君ともっと近しい仲になりたい」

「私はあなたに相応しくないです。親密な女性と学園最後の思い出を作りたいのであれば」


 今からでも他の令嬢を探してほしい。

 そう続けようとした言葉は遮られる。


「メラニア嬢でなければダメなんだ。メラニア嬢は今も以前も私の初恋で。接する時間が長くなる度、ますます君に惹かれていく」


 ジニアは毛布をギュッと掴む。その手は毛布とは別の何かを掴み取ろうとしているかのよう。


「でも私達が会ったのは去年のことで」

「君は覚えていないかもしれないが、私達は幼い頃に会っているんだ。三歳の頃から二、三年ほど、君に会うために何度も図書館に通っていた」

「もしかしてジニア様が図書館の妖精、だったのですか?」

「妖精? ああ、そういえば大人達がそんな話をしていたような気がするな」


 ジニアは目を細め、当時のことを懐かしむ。

 結婚したジニアはそんなことを言っていなかった。単純に幼い頃のことなど忘れてしまっていたのかもしれない。メラニアだって彼だと気づけなかった。お互い様だ。


 だがジニアが図書館の妖精なら、メラニアをこの時間に戻したのは誰なのか。繋がったつもりでいた点と点がボヤけてしまう。一体何が正解なのか。混乱してしまいそうだ。メラニアの表情は険しいものに変わる。


「いきなりこんなことを言われても、君を困らせるだけだと分かっている。だが今伝えなければ、メラニア嬢は私の手が届かないほど遠くに行ってしまうような気がするんだ」

「それは……」

「答えは今でなくてもいい。だが少しでも希望があるのなら、刺繍入りのネクタイと、君にアクセサリーを贈る許しが欲しい」


 卒業パーティーのパートナーは、それぞれが用意したアイテムを贈るのが習わしである。男性が女性にアクセサリーを、女性が男性に刺繍入りのネクタイを贈るのが一般的だ。


 ネクタイは専門店で布を選び、指定された場所に好きな刺繍を施す。それを店に持ち込むとネクタイに加工してくれるのである。


 上級貴族はお抱えの商人と針子を呼び寄せるらしいが、下級貴族には専門店に足を運ぶデートも含めて人気なのだとか。


 一年生の時に参加したお茶会で聞いた。ジニアもきっと同じ話を耳にしたのだろう。


 当時から自分には縁のないものだと諦めていたが、ジニアに贈るならと考えたことならある。


 結婚してからしばらく経った頃のことだ。もしも卒業前にジニアと会えていたらと。夢のような『もしも』を思い描き、日記の端にひっそりと書き記していた。


 決して陽の目を浴びることはなかったあれらがジニアの手に渡るなら。

 これほど嬉しいことはない。だが形に残るものが時を経て彼を苦しめる要因ともなりかねない。


 悩んでいると、ジニアと目が合った。

 まるで捨てられた子犬のように瞳が揺れている。


 彼を傷つけたいわけではない。むしろ悪夢から掬い上げたいだけなのに。


 一体どうするのが正解なのだろうか。分からない。いっそ光の粒のように弾けて消えてしまえればどんなに楽だろうか。


「すまない。やっぱり忘れてくれ。君を困らせたいわけじゃないんだ」

「それは私も同じで! 私はただあなたに笑っていてほしくて」


 とっさに反論の声が出た。

 悲しげに歪む顔なんて見たくない。なぜ苦しめるようなことしかできないのだろう。メラニアは自分が嫌になる。


「それはつまり、メラニア嬢は私を嫌っているわけではないと捉えていいのだろうか」

「嫌いだなんてそんな! 私があなたを嫌いになることはありません」

「そうか。今はその言葉が聞けただけで嬉しい」


 ジニアは心底ホッとしたように笑った。メラニアがこれ以上気にしないよう、気遣ってくれているのだろう。彼はそういう人だから。だからメラニアは彼に惹かれた。


 夫としてだけでなく、一人の男性として今もなお好意を寄せている。

 この先もジニア以上に素敵な人と巡り合うことはない。そう確信している。


「まだ少し頭がハッキリとしていないようだ。だからどうかさっきの話は一度忘れてくれ」


 おどけたように笑い、ベッドから出るジニア。

 ハンガーにかけておいたジャケットまで羽織り、帰る気満々である。


「もう少し休まれた方が」

「こう見えて身体は丈夫なんだ。後日改めてお礼に伺う」


 最後にポツリと「今日は本当にすまなかったな」と告げ、部屋を後にしたのだった。

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