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第36話 代償とルール

「そやつはまだ目を覚まさぬのか」


 窓から入ってきたももちゃんはジニアの枕元に立つ。そして彼の額をペシペシと叩く。触れた部分から黒い粒が浮き上がり、弾けていった。


「何をしたの?」

 不思議な光景にメラニアは目を丸くする。


「悪夢を散らしてやった。だが再び強引に思いだそうとすればすぐに集まるはず。そういうものだ。早くどちらかを諦めればいいのに、馬鹿なやつだ」


 そう呟きながら、ももちゃんはジニアを見下ろす。普段のあどけない表情は消え、苦しげに顔を歪めている。


「ももちゃんは何か知っているの!?」

「我が輩は何もかも知っている。ただし全てを話せるわけではない。我にもまた誓約が存在する」

「誓約?」


 どういう意味だろうか。

 予想外の返事に、メラニアの頭上には大量のハテナマークが浮かぶ。


「強い力には相応の代償を。契約を果たさぬまま、報酬を手にすることは許されぬのだ」

「契約に代償……。それは、ジニア様がジュエルフラワーの種の能力を使う際、支払った代償に何か縛りがあったってこと?」


 ももちゃんは答えない。

 おそらくメラニアの質問もまた『誓約』の一部に含まれてしまっているのだろう。


 メラニアとジニアとももちゃんーー未来からやってきた三人のうち、二人にだけ縛りがあるのはなぜだろうか。


 メラニアも自覚していないだけで、何かしらの誓約の元にいるのか。はたまた彼らとは戻ってきた方法が違うからか。分からない。


 だが目の前のももちゃんがただの愛らしいモモンガではないことは十分理解できた。


「その代償を私が払うことはできるのかしら? 私は彼に恩返しがしたいの。苦しまず、今度こそ幸せに暮らしてほしい」

「主がそれを背負わずとも、あやつが強引に忘れた記憶を思い出そうとする行為を止めるだけでいい。もっとも、我としては契約が果たされた方が嬉しくはあるがな」


 ジニアが思い出そうとしたのは、おそらく妻に関する記憶。強引に記憶の底から思い出そうとすると、メラニアの死の瞬間を思い出すのだろう。そしてまた記憶に蓋をする。


 それがジニアを苦しめていた悪夢の正体。

 思い出そうとする行為がタブーであるなら、それをしなければいい。


 一見筋が通っているように思えるが、ももちゃんの話には一つ気になる点がある。


「でもジェルケイブス教授はとっても元気だよ?」


 対価として支払ったものを取り戻そうとすることがダメなのなら、なぜジェルケイブス教授にはジニアのような症状が出ていないのか。


 彼は今、魔物や妖精に夢中ではあるものの、かつての専門分野に触れる機会はある。メラニアや息子夫婦と以前の様子を話すことだって。


 だが教授はまるで苦しんでいる様子がない。それどころか以前よりもパワフルになっている気さえする。


 活力が満ち溢れていることは素晴らしいが、同じくジュエルフラワーの種を使用したジニアとは状況が違いすぎやしないか。


「あやつの場合、望みがシンプルかつその場で完結するものだったからな。差し出したものを取り戻すことはないが、また一から手にすることは可能だ」


 ジェルケイブス教授が使った能力は絶対防御。


 差し出した代償の大きさに比例して、身を守る能力を授けてくれる。自衛手段としては最強だが、一度しか使えないという欠点があるのだと、教授が教えてくれた。


 教授が使用した力とは違い、時間を巻き戻す能力はその後の行動により未来が書き変わっていく。


 実際、サロンの摘発が早まり、トロールウッドの性質が明らかになったことで、以前は存在しなかった魔物研究所が設立されようとしている。社交界の構図も大きく変わった。


 今はまだ自国内の変化に留まっているが、時間と共に変化の波は他国にも広がっていくはずだ。


 使用する能力によって代償やルールが違っていても不思議ではない。


 ジニアが誰とどんな契約を結んだのか。

 メラニアが知る由はない。だが苦しむ原因が分かっているのなら、ジニアを悪夢から解放することはできる。


「そっか。教えてくれてありがとう、ももちゃん」

「礼はいらん。今の我が輩ではろくな力にもなれんからな」

「そんなことないよ。ももちゃんがいなかったら私、この先も知らず知らずのうちにジニア様を苦しめていたと思う」


 メラニアは手のひらに爪を突き立てる。

 そのままギュッと握った拳で自分の頬を思い切り殴りたいくらい。


 だがそんなことをしたところでジニアの悪夢は晴れない。


 冷静に、最も効果的な方法を考えなければ。

 短く息を吸い、暗くなった外を眺める。


「主のせいではない。他ならぬこやつ自身が望んでやっていることだ」

「でもキッカケを作ったのは私だから」


 元気づけようとしてくれるももちゃんの頭を指で撫でる。

 複雑そうな表情を浮かべつつ、ももちゃんはそれ以上何かを告げることはしない。


「……もう少しでこやつも目を覚ますはずだ。食事の用意を頼んでおこう」

「よろしくね」


 メラニアは立ち上がり、ドアを開く。

 ももちゃんはそのままキッチンに向かって飛んでいったのだった。

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