第35話 告白
「それは一体どういうことでしょうか」
「今まで黙っていたが、私はジュエルフラワーの種を使用し、十年後から時間を遡ってきている。その代償として差し出したのは、妻に関する記憶だった。なぜ種を使用したのか、使用する直前に一体何があったのかさえ覚えていない」
「っ!」
「妻を忘れ、妻の友人であった君に惹かれた。なんと薄情な男だと、私も思う。だが好きなんだ。君を失うかと思うと頭が真っ白になる。奪われたくないと、強く思ってしまうんだ」
ジニアの告白は徐々に早口へと変わっていく。
まるで忘れてしまった妻の亡霊から必死で逃げているかのよう。
これは愛の告白ではなく、罪の告白である。
もう一度メラニアを選んだのはきっと、欠けてしまった分の記憶が執着へと変わり、それが恋情だと勘違いしてしまったからだろう。
綺麗に忘れてしまえれば幸せだったのに……。
なぜか妻の友人として記憶に残ってしまったばかりに起きた悲劇である。メラニアがジニアと行動することで、彼を苦しめていたのではないか。冷たい汗が背筋を伝う。
今すぐ謝罪の言葉だけ告げて逃げ出したい。それでもメラニアには確認しなければならないことがある。震える手をぎゅっと固め、太ももに押し付ける。そしてメラニアはジニアに問いかける。
「時間を遡ってきたのは、いつの話ですか」
「メラニア嬢と同じ時間、私は例のモモンガと一緒に十年前に戻ってきた。おそらく君は私が能力を使う際に巻き込まれたのだろう。……すまなかった」
膝に両手をつき、頭を下げるジニア。まさかももちゃんまでもが未来からやってきたとは思ってもいなかった。
だが思い当たる節はある。
以前ももちゃんが劇に登場したサントノーレが食べたいと言った時のこと。父がいくら探してもその劇が見つからなかったのは、単純にまだ上演されていなかったから。そう考えれば納得もいく。
申し訳なさそうにしていたのは、後からそのことに気づいたからか。資格がない云々というのも、時間の遡りと関係があったのかもしれない。
ただ、メラニアも能力によって巻き込まれたかは不明だ。
「私が戻ってきたことにジニア様は関係ないと思います。いいえ、もしかしたらジニア様が戻ってきたのは種の能力ではなく、私の巻き戻りに巻き込まれたせいかもしれません」
ジニアが能力を使用した際、おそらくメラニアはすでに死んでいた。
死者も能力の範囲内に含めることができるのなら話は別だが、能力を使用するにはそれなりの代償が必要となる。実際、ジェルケイブス教授は自分の身を守るために多くの代償を支払っている。
メラニアもいくつかの物語の内容を忘れているとはいえ、十年分の巻き戻りの対価としては明らかに釣り合っていない。もしジニアがメラニアの分の対価まで支払ったとするならば、今度はメラニアの記憶の一部が消えている理由がなくなってしまう。
二組が別々の方法で時間を遡った、もしくはジュエルフラワーの種を使わずに戻ってきたと考える方が納得できる。
だが今度はジニアがメラニアの考えを否定する。
「いや、ジュエルフラワーの種の見た目が変化し、能力が失われたのは確認済みだ」
「ジニア様ではなく、親戚や子孫が使用した可能性はないのでしょうか」
「変化が起きたのは、ちょうど私が戻ってきたのとほぼ同時刻。現在、当時の記憶を持っているのが私とメラニア嬢、そしておそらくモモンガも含めた三人だと考えるとその可能性は薄い。それにメラニア嬢が他の方法で戻って来たとも思えない。当家がこの種を所有している間は、同じ能力を持つ種が見つかることはない。次が見つかったとしても、やはりほとんど同じ時間から帰ってくるのは不可能だ。もっともなぜ君も記憶を所持したまま、時間を巻き戻ったのかは分からないが……」
「ならやはり別の方法で、たまたま同じ時間に飛んできてしまっただけなのでしょう」
「別、というと、もしやメラニア嬢はジュエルフラワーの種の能力以外に時間を戻る方法を知っているのか」
「正解かは分かりません。もう一度戻れと言われても、私にはどうしようもありません。でも」
「君はどうやって時間を戻ってきたんだ。いや、それよりも……なぜ過去に戻る必要があった。君の未来に一体何があった。教えてくれ、メラニア嬢」
言い淀むメラニアの両肩に手を置くジニア。真っ直ぐと向けられた視線は居心地が悪い。エメラルドと同じ色の瞳に嘘をつくことはできない。メラニアは視線を逸らし、言葉を紡ぐ。
「死に戻り」
「は」
「死んだはずが、妖精の気まぐれでやり直す機会をもらいました」
ジニアは今、どんな顔をしているのだろうか。顔を上げることもできない。気まずさに耐えきれず、ペラペラと言葉を付け足す。
「だから、本当にジニア様は関係ないんです。私はジニア様がジュエルフラワーの種を所有していることも知りませんでしたし、そんな重大なことを教えてもらえるような仲でもありませんでした。戻ってきた理由だってそこまで重く捉えなくて大丈夫ですから。見ての通り、ピンピンしていますし! 十年若くなった分、身体も軽いし、体力もあって本も好きなだけ読み放題ですよ!」
自分でも何を言っているか分からなくなるくらい、口がよく回るものだ。両手を横いっぱいに広げ「ほらなんともないでしょう」と胸を張る。その時、ようやく顔面蒼白のジニアが目に入った。
「死ん、だ? そうだ、あの日、君が目の前で刺されて。メラニアの体温が下がって……。俺は……私は……一体何を……ゔゔっ」
両手で頭を押さえ、ブツブツと呟く。
メラニアの言葉で記憶を取り戻したというのか。それにしては様子がおかしい。
「ジニア様、大丈夫ですか」
「違う。メラニアは生きている。じゃあ俺の妻は……なんで、血が流れて……嫌だ、ダメだ。俺はまだ君に……」
突然ジニアの言葉が途切れたかと思うと、次の瞬間、前に倒れ込んできた。
「ジニア様!」
メラニアはとっさに両手を伸ばし、胸の前でキャッチする。どうやら気を失ったようだ。また倒れ込まないよう、彼の隣に移動する。
すると馬車が止まった。
「何かございましたか」
メラニアの叫びを聞き、馬車を止めてくれたようだ。死に戻り前もウィルヴェルン家の御者として働いてくれていた彼とは面識がある。だからこそドア越しに聞こえる声で冷静さを取り戻せる。
「ジニア様の体調がすぐれないみたい。このまま私の家まで馬車を走らせてもらえるかしら。ジニア様が落ち着くまで当家で休んでいってもらおうと思うのだけど」
「かしこまりました。馬車を走らせますが、何かあれば遠慮なくお申し付けください」
「ええ。ありがとう」
屋敷に到着すると、御者がガルド家の使用人に事情を伝えてくれたようだ。すぐに使用人達が来て、ジニアを来客用部屋まで運んでくれた。
それから御者にウィルヴェルン家への伝言を頼み、医師を呼び、とバタバタしたが、日が沈む頃にはすっかり落ち着いた。
ジニアは未だ目を覚まさない。
メラニアは彼がいつ起きてもいいように、ベッドの横で本を読んでいる。
医師曰く、睡眠不足と栄養不足だろうと。
夢見が悪くてろくに寝られていないだけでなく、食事もろくに取れていないようだ。




