第34話 意外な申し出と申告
「この花どうしよう……」
花束を抱いたまま図書館まで戻ってきたメラニアは、入り口の前で立ち尽くす。
ジニアに声をかけてすぐ出るつもりとはいえ、図書館内に匂いの強い花束を持ち込むのはマナー違反。
所長も面談の後にメラニアが図書館に行くことは想定外だったのだろう。待ち合わせ場所はカフェテラス辺りにしておけばよかった。今さらながらに悔やむ。
かといって入り口に置いておくのも……。
どうしたものかと悩んでいると、ドアが開いた。
「メラニア嬢、さっきからドアの前を行ったりきたりして何かあったのか」
ジニアである。どうやら図書館側からメラニアの様子が見えていたらしい。ウロウロしている様子はさぞ不審に見えたことだろう。恥ずかしい。メラニアの頬はほのかに赤くなる。
するとジニアの視線は花束へと移る。
「……それは?」
「所長さんにいただいたんです。ただこれを持って中には入れないなぁと困っていたので、助かりました」
「そうか。随分と面白い組み合わせの花を贈る人なんだな」
少しだけジニアの声は低くなる。オブラートに包んではいるものの、言葉の棘は薄い膜を貫通してしまっている。といってもこの場に贈り主がいたところでまるで気にする人ではないのだが。
「私のイメージで選んでくれたそうです。華やかで明るいお花ばかりで少し気恥ずかしいですが、自分が紡いできた文字からこれほどの熱量が伝わったんだなって思うと嬉しいです。……ところでエリザとルイは」
「二人なら用事を思い出したとかで、少し前に帰った。メラニア嬢に謝っておいてほしいと」
「そうだったですね。こちらこそお待たせしてしまって、申し訳ありません。二人にも謝らないと」
ジニアがメラニアに話したいことがあると言っていたこともあり、気を遣ってくれたのだろう。彼の顔色も先ほどよりは赤みを取り戻している。
相変わらず花束に向けて何か言いたげな視線を送っているものの、少しは休めたようだ。
「じゃあ帰りましょうか」
「ああ。よければその花束は俺が持とう」
「大丈夫です。あとは帰るだけですし、重くもないですから」
ジニアに他意がないのは分かっている。だが先ほど勘違いされたばかりのメラニアとしては、情熱的な花束を彼に持ってもらうのは申し訳ない。仲を勘違いされる要因になりかねない。
「そうも大きいと階段を下りる時に危ないだろう」
「でも」
両手を伸ばし、花束待ちのジニア。
これ以上遠慮の言葉を重ねたところで返ってくる言葉は変わらなさそうだ。何度も断るのも悪い。
「そう、ですね。お願いしちゃってもいいですか?」
学園内に残る生徒は少ないからと自分に言い訳をして、ジニアに花束を渡した。そのまま学園を出て、ウィルヴェルン家の馬車に乗り込む。馬車が走り出してからすぐメラニアは話を切り出した。
「それでお話とは」
「卒業パーティーのファーストダンスを踊ってもらえないだろうか」
「え」
意外な申し出に思わず固まる。
卒業パーティーでは婚約者と踊ることが多いものの、婚約者や恋人がいない生徒は友人同士で踊っている。だがジニアには妻がいるはず。この学園の生徒ではないのだろうか。
いや、だとしてもファーストダンスは特別なものだ。
舞台が社交界でも卒業パーティーでも意味合いは変わらない。ジニアが自分以外の女性とファーストダンスを踊ったと知れば、彼の奥さんは気を悪くするに違いない。
まだまだ卒業まで時間があるとはいえ、諸々の用意を考えるとギリギリのタイミング。ジニアもギリギリまで悩んだ末、気を遣って誘ってくれたのかもしれない。どうしたものか……。メラニアは視線を彷徨わせる。
するとジニアの表情が暗くなる。メラニアの真意を窺うようにおずおずと次の問いを口にする。
「もしや、すでに相手がいるんだろうか」
そんな相手がいるはずもない。死に戻り前は欠席しており、今回も参加を見送ろうとも考えた。
だが例の摘発後、学園の生徒数も激減した関係で、去年からパートナーを連れ添わずに入場する形式に変わった。男女比のバランスが合わないからと、ファーストダンスも必須ではなくなった。
去年は友達数人で固まって入場した生徒も多かったとか。エリザが教えてくれた。
「いえ。ですが卒業パーティーの出席は必須ではないので、卒業式の後は家族で卒業祝いをしてもいいのかなと思ってます」
エリザとルイがこの場にいたら、一緒に行こうと誘ってくれたことだろう。パートナーとの入場が必須であった死に戻り前もそうだった。
普段から一緒に行動している友人四人で入場すれば、ジニアとメラニアの仲を詮索する者はいないだろう。
だが二人は卒業パーティーのためにずっと前から衣装合わせをしている。卒業パーティーで母親のドレスを着るのがエリザの夢だったから。メラニアも幼い頃から親友と同じ夢を見ていた。
だからこそ、自分のせいでエリザの夢を台無しにしたくはなかった。
会ったことのないジニアの妻の機嫌はもちろん、夫婦の仲を引き裂く要因にはなりたくない。
そう結論づけたメラニアは「お気遣いありがとうございます」と深々と頭を下げる。するとジニアの表情は寂しげなものへと変わる。
「私が君と踊りたいんだ。ダメ、だろうか」
「でもジニア様には奥様がいらっしゃるのでしょう? 私なんかと踊って勘違いされては……」
「君との仲を勘違いする妻はいない。今の彼女はきっと、私のことを知らない。私もあれほど愛した妻のことを忘れてしまった。だがもしもメラニア嬢が彼女の目が気になるというのであれば引き下がろう。私の身勝手な想いで友情を引き裂くつもりはない」
ジニアは一体何の話をしているのだろうか。
夫婦揃って記憶喪失になった、という話でもなさそうだ。
それになぜ、ジニアはメラニアが彼の妻と友人であるかのように話しているのだろうか。一度も会ったこともないどころか、その存在ですら彼の口から聞いただけだというのに……。
話の意味が分からず、首を傾げる。




