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第33話 資料と知識

 自然と辺境付近に出没する魔物に関する情報ばかりになってしまったが、辺境以外の広い範囲で出没する魔物に関する記載も多い。父と兄はもちろん、他の司書達も気にしている様子はなかった。


 気付けたのは、目の前の彼が魔物を専門としている人だからだろう。

 そこから一気に結婚まで飛躍してしまうのは恐ろしくもあるが、結婚していたというのもまた事実。


 一体どこまで見透かされているのだろうか。

 メラニアに緊張が走る。


「資料を探すために古書店まで……」

「普段から足を運ぶことがあり、資料集めはそのついでといいますか……」


 死に戻り前の話をするわけにはいかず、適当に誤魔化す。


 とはいえメラニアが古書店に度々足を運んでいるのは事実なのだが。

 他国で出版された専門書や発行から年数が経過しているものなど、なかなか通常の書店では手に入らないものも見つかる。


 児童書も版や翻訳言語によってニュアンスが異なることがあり、掘り出し物が多いのだ。


 嘘と本当をほどよく混ぜたおかげなのか、彼はふむと大きく頷いた。


「なるほど。叔父が話していた通り、あなたは非常に勤勉な方のようですね。広範囲に興味を持つことは研究者にとって大切なことです。素晴らしい。是非とも卒業後は我が研究所で才能を発揮していただきたいものです」


 所長は立ち上がり、右手をメラニアに差し出す。

 認めてもらえたようだ。メラニアも握手に応じる。


 氷水に浸けたような冷たい手だ。直前まで魔魚の世話をしていたのだろうか。


「採用通知は後日、ご自宅の方にお送りいたしますので。今日のところはこちらを。心に熱い情熱を秘めたあなたに似合う花を選びました」

「ありがとうございます」


 メラニアは大きな花束を受け取る。

 その時、ちょうど花束で隠れていた所長のジャケットのボタンが見えた。スパンコールは光の加減で見え方が変わる仕様になっている。赤と銀――まるで魔魚の鱗だ。


「雌だったんですね」

 声に出したと気づいた時には遅かった。所長のキラキラとした目がメラニアに向けられている。


「お分かりですか!」

「すみません。あの、てっきり雄だと思っていたので……擬態に騙されました」

「気づいたのはあなただけですよ、メラニアさん! 私、魔魚の中でもダグラスウィールパックスディヒナが一番好きでして。擬態まで気づいてもらえるなんて……。ああ、嬉しい。ニール叔父さんの言う通り、足を運んでよかった。あなたと会えて本当によかったです! 研究所では魔魚の食用化と養殖化、安定供給を目指していく予定ですので、是非力になっていただければ!」


 花束を支えていたメラニアの左手をグッと掴み、ぶんぶんと上下に振る。

 先程とは熱量がまるで違う。新しい本に出合えた父と兄のよう。おそらくこちらが素なのだろう。一気に親近感を感じる。


「その時は野生の魔魚の地域差を調べるところから頑張らせていただこうかと」


 ダグラスウィールパックスディヒナは大陸各地で生息が確認されている魔魚の一種であり、生息場所によって見た目や匂いが異なるのが特徴だ。


 所長の服のモチーフとなったのはおそらく、水温ゼロ度以下の川で発見されるダグラスウィールパックスディヒナ。出産後は雄に擬態する習性がある。


 また、急激に水温を低下させるもしくは水の流れを緩やかにすることで、赤いラインが増えることが報告されている。


 身が引き締まり、美味しくなる合図だとも言われており、現地では食卓に並ぶこともあるのだとか。


 ただし釣り上げてから半日以内に食さなければならないなどの理由から、他の地方に出回ることはなく、他の地域で発見された同種では同じ味にはならない。

 寒くなってくると、ダグラスウィールパックスディヒナを食べるためだけにこの地に足を運ぶ美食家もいるほどだ。


 だが詳しい生態を調べ、味も供給も安定させることができたら。

 人々の食卓に新たな色どりが加わるだけではなく、魔物研究所というものを身近に感じてもらうことができる。


 それは魔物被害が観測された時、よりクリアな声を届けることへと繋がるだろう。


「美味しいご飯と、人々の平和のために身近なことからコツコツと頑張っていきましょう」

「はい!」


 ニコリと笑う所長の目の端には皺が刻まれる。

 つい派手な服装に目がいってしまったが、彼もまた年と経験を積み重ね、なるべくして所長に選ばれたのだろう。彼の下で働く一員として推薦してもらえたことが誇らしく思える。


 想像していた面談とは全く違うものになったが、研究所でもなんとかやっていけそうだ。


 そんな確信と大きな花束を胸に、メラニアは応接室を後にしたのだった。


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