第32話 面談
「初めまして、メラニアさん。私が魔物研究所の所長に就任する者です。気軽に所長さんと呼んでください」
「はぁ……」
応接室に入ると、個性的な見た目の男性が待ち構えていた。
胸元に抱いた花束や、女性の目を引きそうな甘いマスクよりもまず先に服に目が行く。鮮やかな紫と黄色のまだら模様の上に、貴婦人のルージュを彷彿とさせる赤のラインがいくつも伸びている。
まさか魔魚デザインの服を仕立てる人がいたとは……。
パッと見ただけでもいい生地を使っているのが分かる。さすがは魔物研究所の所長ということか。派手さだけではなく、魔物への愛も伝わってくる。
ついまじまじと見てしまう。
すると所長はクスッと笑った。
「やはりこの花束が気になりますよね。そうですよね。やはり女性に贈るなら花束を、とお返事を頂いた時からメラニアさんの印象に合うものを選んだ渾身の贈り物です。ただ、イメージ重視で決めてしまったもので、普段どのような意味合いで贈られることが多いのかをまるで考慮していないんですよねぇ。まぁ学園長に指摘されるまで全く気付かなかったんですが!」
彼は花束のラッピングを撫でながら、アッハッハ~と豪快に笑い始める。
確かにとても可愛らしい花束だが、薔薇やカーネーション、ガーベラといったプロポーズに用いられるような花がふんだんに含まれている。
だが悪い人ではないのは分かる。
学園長に指摘されてもなお持ってきたのは、純粋にメラニアに喜んでほしかったから。花束に注ぐ視線は優しいものだった。
「私にとってあなたの知識は魅力的ですが、異性としてアプローチをする意図はありませんので、ご安心ください。その後にこんなことを聞くと変な意味に取られそうではありますが、雇用に関わることなのでお答えいただければ」
そう前置きをして、真剣な表情へと変わった。
「ウィルヴェルンのご令息との結婚はいつ頃をお考えでしょうか。この話を受けるにあたって、どのくらいの期間王都に滞在し続けるつもりなど話し合いましたか? 私としてはメラニアさんにはできるだけ長い期間、研究所に所属していただきたいと考えておりまして。ゆくゆくは辺境領付近にも研究所を建設予定なので、そちらに移っていただくこともできるのですが、すぐにというのは難しく……。可能であればウィルヴェルン家も交えてお話できればと思っているのですが、そちらのご予定は」
質問の意味が分からない。メラニアが目をぱちくりとさせている間にどんどん話が進んでしまう。
慌てて「待ってください!」と声を上げた。
「ああ、結婚準備でお忙しい時期でしたか」
「お話を遮ってしまい、大変恐縮ではありますが、今のところ、私は結婚の予定がありません。ウィルヴェルン家の令息と結婚されるのは別の女性ではないかと……」
「恋人なのでは? 普段から行動を共にすることが多いと、学園長から聞きました」
「親しくしている学友の一人です!」
メラニアは断じて違うと、力強く否定する。
一体どこからそんな噂が出てきたのか。ジニアにもジニアの妻にも申し訳が立たない。
所長はメラニアの様子に一瞬驚いたように肩を震わせる。けれどすぐに右手を顎に当て、「なるほど……」と考え事を始めた。
「それは失礼を。いえ、あなたのレポートはどれも完成度は高いのですが、中でも辺境付近に出没する魔物に関する記述は珍しい資料を使っていたので。深い仲なのではないかと勘繰ってしまったのです。差し支えなければ、あれらの本をどこで見つけたのか伺ってもよろしいですか? 学園の蔵書にはありませんでしたし、王立図書館にも最近入ったそうで。確認したところ、申請者は全てガルド侯爵ーーあなたのお父様でした」
「偶然古書店で見つけまして。父にも見せたところ、王立図書館の蔵書には含まれない本だということで、近いものをいくつか取り寄せたようです」
実際は死に戻り前、少しでもジニアの力になりたくて読み漁っていた本だ。
ジェルケイブス教授との会話を通して、これらの本をもう一度読みたいと思ったのだ。
とはいえ、どれもウィルヴェルン家にあった本。タイトルを覚えているとはいえ、書店で取り寄せられる本ばかりではなく、古書店をいくつも巡ったものだ。
せっかく手に入れられたのだからと、その本を資料として、いくつかのレポートを書いた。
王立図書館の蔵書に加わったのは偶然だ。
どうもトロルの一件があって以降、図書館では魔物に関する書物を積極的に集めていたらしい。父と兄が目を通した後、蔵書として加えることが決まった。
その他にもメラニアが覚えているタイトルを参考にいくつか取り寄せた。王立図書館の蔵書として残せば、誰かの役に立てるかもしれない。そんな想いもあった。
ついでに別のレポートの資料として使わせてもらったというわけだ。




