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第30話 様子のおかしいジニア

「いつも遅い時間まで付き合わせちゃってごめんね。親父、昔から話し出すとなかなか止まらない人で」


 すっかり暗くなった町を歩きながら、ロンはぽつりと呟くように謝った。


 困ったように笑う顔にはうっすらと皺が寄る。教授と一緒にいる時は『息子さん』の雰囲気が強いが、二人でいると父と似た雰囲気を感じる。


 メラニアに注がれる視線も慈愛に満ちている。彼もまた、離れて暮らしているという娘の姿とメラニアを重ねているのかもしれない。


「教授とのお話は楽しくて、私もつい時間を忘れてしまうんです」

「メラニアさんみたいな子と会えて親父は本当に幸せ者だよ。実を言うとメラニアさんに会うまでは、親父が強引に君を手に入れようとしてるんじゃないかって少し心配してたんだ。実際、ジュエルフラワーの種まで買ってたしね」

「それは……」


 困ったように笑う彼だが、すぐに楽しそうな表情に変わる。


「会ってすぐ、親父にとっては君こそが宝石の種なんだと理解したけどね」

「宝石の種、ですか」

「安心できる土壌に植えさえすれば、君が素敵な花を咲かせ、輝いてくれると信じている。親父は自分以外の人にも君の素晴らしさを知らせたかったんだと思う。芸術家にとってのパトロンみたいなのになりたかったんだろうけど、あの人、見守るだけってできないから」

「そうですね」


 メラニアは頑張って見守ろうとする教授を想像する。そして椅子に座りながらうずうずとしてしまっている姿にクスッと笑いが溢れた。


 ジェルケイブス教授はパトロンという風ではない。一緒に話して、一緒に走っていくタイプだ。まさに教授や教師が似合っている。


「でしょ?」


 彼もメラニアの顔を見て、一緒に微笑んでくれる。

 だが和やかな空気は鋭い声によって終わりを告げる。


「メラニア嬢」

「ジニア様?」

「こんな時間に何をしているんだ。そちらの男性は……」


 ジニアだ。買い物の帰りか何かなのだろう。バケットの入った紙袋を抱えている。

 彼から警戒するような視線を向けられ、メラニアは慌てて状況を説明する。


「こちらはロンさん。ジェルケイブス教授の息子さんで、今は家まで送ってもらっているところで」

「君の新たな婚約者か?」


 メラニアの言葉を遮るように放たれた質問に、自然とロンの視線は鋭くなる。


「まさか! ……ところであなたは? メラニアさんの恋人か何かでしょうか」


 妻子がいる身で婚約者だなんて、皮肉に聞こえたのかもしれない。言葉も先程とは違い、冷ややかなものだ。二人の間にピリッとした空気が張り詰める。メラニアの背筋には冷や汗が伝う。


「私はジニア=ウィルヴェルン。メラニア嬢の……学友です」

 途中、ジニアは言葉を詰まらせる。


「いきなり鋭い視線を向けられたから何者かと思いましたが、ウィルヴェルン辺境伯家のご令息でしたか。『学友』を心配なさる気持ちは分かりますが、メラニアさんのことは私が責任を持って送りますから」


 ロンはあえて『学友』の部分を強調する。

 ジニアの眉間の皺が深くなると、威嚇するようにフンッと鼻で笑った。


「メラニアさん、行きましょうか。あまり遅くなってもご両親が心配されますから」


 ロンはメラニアの肩を抱く。

 大きくて温かな手は、娘を守ろうとする父親のそれだった。


「あ、はい。ジニア様、また学校で」

「……ああ」


 ジニアはきっと、こんなに遅くに出歩くメラニアを純粋に心配して声をかけてくれたのだろう。だが今日の彼はいつもとは違う。少し様子がおかしいような……。


 去り際にチラリと見えた彼の顔には、焦りのようなものが浮かんでいるような気がした。


 ロンのことは後日改めて説明させてもらおう。

 少しだけ早足でその場を離れる。そしてジニアが見えなくなると、ロンの足取りはメラニアに合わせた物に戻った。少しでも早くあの場から離れたかったのだろう。


「ロンさん。ジニア様は決して怪しい人ではなく……」

「うん、知ってる。でもさっきの行動はいただけないよね。せめて嫉妬くらい綺麗に隠さないと」

「嫉妬なんて……。彼の目には、私が一度攫われておきながら遅くまで買い物に行くような、考えなしの人間に見えていたのかもしれません」

「だとしたら親子ほど年の離れた僕を見て、婚約者かなんて言わないよ。どちらにせよ、今の彼にはメラニアさんを送る役目は任せられない。彼は少し頭を冷やすべきだ。そう、お父さんは思います」


 ロンはわざとらしく胸を張り、そしてふふっと笑った。メラニアが落ち込まないよう、茶化してくれたのだろう。そんな彼が不名誉な誤解をされてしまったことが申し訳ない。


「ロンさん。私、必ずジニア様の誤解を解きますから!」

「僕のことよりも自分達のことを話し合うのがいいと思うけど……。まぁ、あんまり気負いすぎないようにね」


 ロンは困ったように笑い、メラニアを家まで送ってくれたのだった。

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