第29話 思いもよらぬ誘い
「やっぱりメラニアさんのお菓子は美味しいね~」
「ありがとうございます。気に入っていただけて嬉しいです」
今日はジェルケイブス教授の家を訪問する日。
メラニアが手土産に持参したのはお手製の妖精ケーキ。先日言い訳に使ってしまったお詫びも兼ねている。
ももちゃんのアドバイスを受け、手のひらサイズの小さなカップケーキにフルーツやクリームをふんだんにあしらった。中でも砂糖で作った羽や花は力作である。
「見た目も可愛くて、うちの息子はお菓子とももちゃんをいつもデッサンしてるんだ」
「是非見せていただきたいです!」
「息子に伝えておくよ」
ジェルケイブス教授はのほほんと笑いながら、ケーキを手に取る。くるりと回し、よく観察してからもぐもぐと食べ始めた。
「はぁ、美味しい」
お茶を飲んで一服する。そして何かを思い出したようだ。
「そうそう、メラニアさんに伝えたいことがあったんだ。いやぁ~、ケーキが美味しくて忘れるところだったよ~」
よっこらしょと立ち上がり、書き物机に向かう。
前回訪問した時は綺麗に片付いていた机の上には大量の本や紙が積まれている。棚の中もパンパン。
これらは全て精霊と魔物に関する資料だ。息子のロンや友人に頼んで取り寄せてもらっているらしい。
「探すの手伝いましょうか」
「大丈夫大丈夫。メラニアさんは座っていて。ああ、あったあった。これを君に見せたくてね」
引き出しから発見したパンフレットを机の上に載せる。表紙には『王立魔物研究所』というタイトルと共に見慣れない建物が描かれている。
「王立魔物研究所というと、また西の国に新しい研究施設が出来たんですか」
我が国から西側に位置する王国では、魔物研究が盛んである。王都を含めて三か所の施設があり、大陸各地からその道の専門家が集まっている。ジェルケイブス教授の友人も所属していると聞いたことがある。
描かれている建物は三か所のどれにも当てはまらない。背景もどことなく北の国とは一致しないような気がするが……。
「いいや、来年から我が国にも設立することになったんだ。といっても急遽決まったことでね、研究所の建設はどうにもならなかったみたいで、当面は王家所有の屋敷を使うみたいだよ。職員達はかなり幅広い分野の専門家に声をかけているようでね、僕にもお誘いが来たんだ」
「今後、魔物との付き合い方も変わるといいですね」
「そうだね。トロールウッドのような過ちが何度も繰り返されてはいけない。僕は専門分野に関する知識は忘れてしまったけれど、他の分野でなら多少は力になれる。だからその道の専門家が足りないうちは協力しようかなって思ってるんだ。友人も何人か参加するみたいで、元気なら手伝えって言われちゃって」
ジェルケイブス教授はケラケラと笑う。
彼の友人は、ずっと熱心に研究を続けてきた教授の姿を見てきたはずだ。それらを全て忘れ、抜け殻のようになってしまわないか心配したのかもしれない。
実際、記憶を失う前後で話し方にも若干の変化がある。どちらがいいという話ではないが、以前の教授との違いに寂しさを感じてしまうのは仕方のないことだろう。
教授がパンフレットを探している間、引き出しの中からは何通もの手紙が出てきた。大量の資料を送ってくれるのも、研究所に誘うのも教授を心配するが故なのだろう。
「じゃあ来年からはなかなか会えなくなりますね」
「それで、よかったらメラニアさんも一緒にどうかな?」
メラニアの言葉とジェルケイブス教授の言葉はほぼ同時だった。
教授の口から発せられた言葉の意味が理解できず、メラニアはしばらく固まる。
「実はここの所長を務めるのがニール君の親戚なんだ。ニール君に相談してみたらメラニアさんであれば喜んで推薦状も書くって言ってくれたよ。彼もメラニアさんのレポートを気に入っているから~」
「ですが私はただの学生で。新設されたばかりとはいえ、いきなり国立の機関に所属するのは難しいかと」
「経歴も大事だけれど、メラニアさんには単独でトロルを鎮めた実績があるでしょう~。トロールウッドの件ものちのちは論文として大陸中に発信されていく。その時、メラニアさんは筆者として、あるいは発見者や協力者として名前が載るはずだよ。それに君のレポートは個性的で、他とは違う視点も多い。そういうところをニール君は高く評価しているんだ。僕だってそうだ。また記憶を失ったとしても、きっと僕はまた君ともっと話したいってお茶に誘うはずだ」
「教授……」
ハハハと笑う教授はきっと、死に戻る前のメラニアのことも評価してくれていたのだろう。だから数年前に提出したレポートとの関連性に気づけた。いや、気づいてしまったと言った方が正しいかもしれない。
それが教授の人生を大きく左右したことを知るメラニアとしては複雑な気分だ。
そんな想いが顔に出ていたのだろう。教授はしわしわの手でパンフレットを撫でる。
「一緒に働けたら嬉しいけれど無理強いはしないよ。パンフレットに書かれていることが、我々が生きている時代に実現されるとも限らない。メラニアさんはまだ若いけれど、魔物もこの大陸もそれ以上に長く続いていくからね~。僕らの意見より自分がどう思うか、どうしたいかをよく考えて決めるのがいいと思う」
文官採用狙いで勉強は続けているものの、落ちても仕方ないと諦めの気持ちは捨てきれなかった。
ジェルケイブス教授はそんなメラニアの事情を察してくれたのだろう。採用される・されないは抜きにしても、研究所への誘いはメラニアにとってありがたいものだった。
「このパンフレット、お借りしてもよろしいでしょうか。家族と相談したくて」
「それがいい。実はパンフレットと一緒にニール君達がいろいろと用意してくれてね、息子に預けているから帰りがけに運ばせるよ」
「ありがとうございます」
求人情報なども用意してくれたのだろうか。
運ばせるという部分に引っかかりを覚えつつ、言い間違いだろうとさほど気にすることはなかった。
教授の息子であるロンが帰りがけに袋を三つも持って登場するまでは。
メラニアは目を丸くする。
「凄い量、ですね」
「いやぁ、みんな気合い入っちゃったみたいで」
「ケーキ、とっても美味しかったわ。今度娘に会ったら自慢しないと!」
「お口にあってよかったです」
「じゃあ俺、メラニアさんを家まで送ってくるから」
「よろしく頼むよ」
「そんな、私が持っていきますから」
「重いから遠慮しないで。それにこんな時間に女の子一人で帰らせるのは不安だから」
教授に似た柔らかい笑みを向けられ、メラニアは遠慮の言葉を飲み込む。
「せめて一つだけでも……」
「ならこれかな」
ロンは三つの袋から一番軽いものを選び、メラニアに持たせてくれる。
そして二人に見送られながら、教授の家を後にしたのだった。
明日以降、更新頻度が1日1回→1日4回に変更になります。
最終話まで予約投稿済みなので、完結までお付き合いいただけると嬉しいです!




