第26話 想定外の
国境付近の町までやってきたメラニア達は、騎士から預かったメモを頼りにとある宿までやってきた。
町一番の大きさと立派な外観を誇るその宿は、深夜にも関わらず明かりが灯っている。入り口には警備が立っており、ジニアが腰から下げた剣を見るや否や、すぐに最高責任者が飛んできてくれた。
馬を預かる小屋もあるようで、泊まっている間は宿側で世話をしてくれるようだ。ありがたい。さすがは王子が紹介してくれた宿だ。ホッと胸を撫で下ろす。
だが安心したのも束の間。新たなる問題が二人に立ち塞がる。
「本当に一部屋しか残っていないのか?」
「申し訳ありません……。明日チェックアウト予定のお客様がいらっしゃいますので、昼以降でしたらもう一部屋ご用意できるのですが」
宿の責任者は何度も頭を下げる。
だが少し待てば朝日が昇るような時刻に来る客など稀だ。空いている部屋だってお得意様や上位貴族が来た際、すぐに通せるように空けてある部屋なのだろう。
「それで構いません。部屋の用意をお願いできますか」
「はい!」
メラニアが告げると、責任者のぱあっと明るい表情へと変わる。
気が変わらないうちにと言わんばかりに「こちらです」と案内してくれる。
「だが結婚前の男女が同じ部屋で過ごすなど、不愉快な噂が立ちかねない」
まだ納得いっていない様子のジニア。メラニアはこそっと耳打ちをする。
「ジニア様がご不快に思われるのももっともです。ですがこういう部屋は大抵、他の部屋とはフロアが別になっていて、使用人が控えるための部屋もセットで用意されているものです。私はそちらで寝ますので、同じ部屋で過ごしたことにはならないかと」
「なら私がそちらで休む」
「お疲れでしょうから是非広いベッドの方で」
「女性を差し置いて、一人だけ広い部屋を使う男がいるか」
「性別の問題ではなく、功労者こそ最も労わられるべきだという話です」
「そうなると、モモンガが一匹でロイヤルスイートルームとやらを使うことになるが」
「キュキュッ!?」
いきなり引き合いに出され、驚くももちゃん。他に人がいるせいで話せないのがもどかしいようだ。キュキュ〜と可愛い声で鳴きながら、メラニアの頬をペチペチと叩く。
「そうだね、ももちゃんとジニア様の二人が功労者だから二人に使ってもらおう。広いから二人くらい大丈夫だよ」
話しているうちにスイートルームのフロアに到着したようだ。
「こちらでございます」
部屋の前まで案内され、メラニアとジニアは同時に頭を抱えた。
予想通り、スイートルームは他の部屋とは別のフロアに用意されていた。
だが入り口は一つだけ。使用人が控えるための部屋はスイートルーム内に用意されていた。
王子が紹介するような宿だ。同じフロアなだけでは対応が遅れかねないため、このような構造になっているのだろう。
「こちらがルームキーになります。それではごゆっくりお休みくださいませ~」
案内人はメラニアに鍵を託し、そそくさと去っていく。当然の判断だ。メラニアだって同じ立場ならそうする。
メラニアは受け取った鍵を使い、ドアを開ける。スイートルームなだけあって、中はかなりの広さだ。左手でドアを支え、右手で中を指す。
「私は部屋の外で過ごします。ジニア様はどうか中でお休みください」
「いや、私が外で警備をしよう」
そう言って、ジニアはメラニアの上からドアを支える。まるで胸の中にスッポリと隠されてしまったようで、ドキッとしてしまう。彼に他意はないと分かっているのに……。
メラニアはほんのりと赤らんだ顔が見られないように俯く。
「ジニア様は長距離の移動でお疲れかと思いますので」
「長時間の移動も寝ずの番も慣れている。問題ない」
そうは言われても、メラニアとて簡単に譲る気はない。床に視線を落としたまま、すかさず対抗する。
「私だって本に集中して夜が明けてしまった経験があります! 問題ありません」
「家で過ごすのと、知らない土地の廊下で過ごすのはまるで違う。先ほどの奴らの仲間が来たらどうするつもりだ」
「部屋の中でも外でも条件は変わりません。大声を上げて助けを求めるだけです」
「っ! 休んでくれと言っているだけなのに、なぜ素直に応じない!」
「私はただジニア様に休んでほしいだけです!」
「ふわぁ」
言い合いを続ける二人を遮るように、ももちゃんは欠伸をした。
口をいっぱいに広げて放たれたそれは、ももちゃんの行動限界を示していた。目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「騒がずとも、二人とも部屋で休めばいいだけであろう」
「結婚前に男と同じ部屋で夜を明かしたなど噂になってみろ。メラニア嬢に下賤な男が寄ってきたらどうする」
「ダメよ。私みたいなのと一夜を過ごしたなんて下品な噂が立ったら、ジニア様に迷惑がかかるわ。今が大事な時期なんだから。ジニア様の想い人に勘違いされたら大変だもの」
二人はほぼ同時に答える。
メラニアとてジニアの言いたいことは分かる。だが誘拐された令嬢は汚されてしまったものとして見られることが多い。
特に今回の場合、誘拐犯にはかつての婚約者がいる。メラニアを恨んだ彼が、その腹いせとして尊厳を踏みにじったと考えられることだろう。
まさか他者に売り払うためだとは思うまい。
婚約破棄の時とは比べ物にならないほど、下世話な噂が纏わりつくことだろう。こうなっては普通の結婚は望めない。
ただし今回は王子が動いている。トロールウッドの件は去年の大規模摘発と地続きであることもあり、あからさまにメラニアを非難する者はいないはずだ。
城での雇用は難しいかもしれないが……。
細かいところは追い追い、両親と相談させてもらおう。
「ちょっと待ってくれ。君は一体何のことを……」
「思いを寄せる女性がいらっしゃるのでしょう? 私、応援してますから!」
グッと拳を固め、私は味方ですよとアピールする。
自分の噂は諦めが付いても、ジニアの幸せまで断たれては困る。メラニアにとって彼の幸せが最優先事項なのだから。
「確かに妻への気持ちが消えたわけではない。それでも私は君を……」
「妻?」
予想外の言葉にメラニアは固まる。
妻ということは、つまりジニアはすでに結婚しているということで……。全く気づかなかった。
なにせ死に戻り前は卒業後、メラニアと結婚したのだから。
もしや在学中に結婚していて、メラニアとの結婚は再婚だったのだろうか。学生結婚は珍しいが、全くないわけではない。何か事情があるのかもしれない。
ジニアは、社交界で白い目を向けられていたメラニアを大事にしてくれた。再婚であってもその事実は変わらない。夫に向けた愛情も。
だが過去に妻として迎えた女性がいたのなら、どうして話してくれなかったのだろうかと思ってしまう。
信頼されていなかったのか。はたまた前の妻の存在を受け入れられないほど狭量だと思われたのか。
パニックになっていると、背中を優しく押された。
「……っ!」
「部屋は君が使ってくれ。……頭を冷やしたい」
ドアを閉められ、ジニアの声は板一枚向こう側から聞こえてくる。その声は苦しげに震えていた。
聞きたいことはある。だがドアを押しても開くことはない。背中で押さえつけてしまったのだろう。
まるで今のメラニアには踏み込む権利はないと拒絶されてしまったかのよう。
死に戻る前に夫婦関係だったとはいえ、今は赤の他人。少しばかり彼のことを知っているからと調子に乗っていたのかもしれない。
メラニアは暗い部屋の中で打ちひしがれる。
「そんなところで突っ立っているでない。せっかく広いベッドがあるのだからそちらで寝るぞ」
マイペースなももちゃんはパチリと電気をつける。
そして服の裾を引き「こっちだぞ」と案内してくれる。頭が真っ白になったメラニアは引っ張られるがままにベッドにボフンと倒れ込んだのだった。




