第25話 意外な仲
「あ、そうだ。ももちゃん。積み荷にもトロールウッドの匂いは付いてる?」
全て押収するのが一番なのだが、匂いが染み付いた荷物を王都に持ち帰ることで別の被害にも繋がりかねない。場合によっては拘束した者達も一時的に人里離れた場所に隔離しておく必要が出てくる。
メラニアの質問に、ももちゃんはしばらく考える。
「そやつらの匂いが強すぎて、我が輩の鼻では判断がつかん。だが他には何も取らずに帰って行ったということは、目的は果たせたと見て問題なかろう。再び奪うことさえしなければ襲撃してくることはない」
「そっか。なら私も約束は守らないと」
「約束? トロールウッドを返しただけではないのか?」
ももちゃんは目を丸くする。
ジニアも心配そうにメラニアを見ていた。
「返せたのは手元にあった分だけだから。奪った以上に森に返すと約束したの。帰ったらトロールウッドの伐採記録を調べて、新しい木を植えられるように土地の持ち主達と交渉しないと」
アルゲル達は一体どれほどの木を奪ってきたのか。メラニアには想像もつかない。それでも時間はたくさんある。木がゆっくりと育っていくように、気長にコツコツと増やしていこう。
グッと拳を固め、天を見上げる。
「私も手伝おう」
「我が輩も力を貸してやってもいいぞ! 無論、お茶とお菓子は欠かせないがな」
「二人ともありがとうございます」
「今日の分のお礼から待っておるからな! 我が輩は疲れた。山盛りのバタークッキーを所望する!」
ももちゃんは両手を左右いっぱいに広げ「こ~のくらいっ!」とリクエストする。ももちゃんなりにメラニアを気遣ってくれているのだろう。
「帰ったらいっぱい焼いてあげる」
「俺からも礼を言う。お前がいてくれなかったらと思うとゾッとする……」
「そういえばジニア様とももちゃんも知り合いだったんですね」
てっきり父か兄を呼んでくるものだとばかり思っていた。
ジニアとは王都に戻る途中で偶然会ったと思っていたが、それにしては親しげに話す二人の様子が気になった。
「一時期はうちに住んでたんだ。気づいたら別の場所に越して、最近はたまに顔を出す程度だが。私もこいつとメラニア嬢が知り合いだとは思わなかった」
「知り合いではなく家族だ」
すかさず訂正を入れるももちゃん。知り合いと間違われたのが気に入らなかったらしい。メラニアの頭に乗り、言ってやれとばかりにメラニアの額をペチペチと叩く。メラニアはももちゃんを頭から下ろし、胸の前で抱く。
「去年、父と兄が図書館でももちゃんと出会ったようで。それからガルド家の一員として一緒に暮らしています」
「ももちゃんという愛らしい名も、父上に付けてもらったのだ!」
「そうか、いい出会いがあってよかったな。ところでお前、いつから喋れたんだ? メラニア嬢は驚いていないようだが……」
「うちに来た時にはもう普通に喋っていたので、てっきりそういう子なのだと……」
なぜジニア相手には隠していたのだろうか。
ももちゃんの顔を覗き込む。すると渋い柿を食べたような、苦い表情を浮かべていた。
「どうしたの?」
「父上と兄上に初めて出会った時のことを思い出していた」
「あー」
その言葉でメラニアは状況を理解した。
当時の状況を知らないジニアだけは不思議そうに首を傾げている。
「どういうことだ?」
「ももちゃんは以前、お菓子を持った状態で図書館の書物が置いてあるスペースに立ち入ろうとしたことがありまして、父と兄が烈火の如く怒ったとか」
「あれは怒るなんて生優しいものではない! 生命の危機を感じた……」
そう話すももちゃんの毛はほんの少しだけ逆立っている。よほど怖い思いをしたのだろう。メラニアはももちゃんの毛並みを直すように優しく撫でる。
といっても怖い思いをした直後、ももちゃんは平然とガルド家に来ているのだが。
ももちゃんは見た目の可愛らしさに似合わず、意外と肝が据わったモモンガなのだ。
「経緯はともかく、話せるとバレた以上、隠す意味などあるまい。言葉を交わせば好きな本やお菓子のリクエストもできるしな!」
「なら私にも普通に話せばよかっただろう」
「わざわざ知ってる人間を増やす必要もない」
ジニアの呆れたような言葉をバッサリと切り捨てる。仲がいいのか悪いのかよく分からない二人だ。
「ジニア様、ご無事ですか!」
そうこう話している間に、騎士達がやってきた。制服には王家直属騎士を表すバッジが付いている。彼らが王子が派遣すると言ってくれた部隊なのだろう。かなり急いでくれたようだ。
「私もメラニア嬢も無事です。こちらに縛ってあるのが誘拐犯で……」
ジニアは早速状況説明を開始する。
誘拐犯と馬車、荷物の受け渡しについて。トロルとウルフによる襲撃があったことと、軍馬が逃げたことも簡潔に伝える。
「それでは私はメラニア嬢と町に行き、宿を探そうと思います。後のことはよろしくお願いします」
「でしたらこちらの宿をお使いください。王家御用達の宿で、この時間でも部屋を用意してくれるはずだと殿下が」
「ありがとうございます」
ジニアは渡されたメモを確認し、短く礼を告げる。
そしてメラニアを馬に乗せ、二人と一匹で町へと向かったのだった。




